StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

環境調和型のクロスカップリング反応へ

クロスカップリング反応を環境調和型の工業技術として発展・普及させるには、高効率化、廃棄物の低減、反応工程の単純化などの課題が残されている。三浦特別教授の研究室では、ハロゲン化あるいは金属化という段階を踏まずに工程を進められる新たな方法を開発した。多くの段階を介さずに反応を進められるようになったことで、工程が短縮でき、標的となる分子を一挙に合成できる。しかも、従来は構築が困難とされていた分子群の合成も可能となった。

さらに、「クロスカップリングには高価な金属触媒が必須」というこれまでの常識を打ち破り、安価な銅を触媒に用いる反応の研究にも取り組んできた。この反応では副生成物が水のみとなるため、経済、環境にも大きなインパクトを与える研究として、内外で高く評価されている。

三浦教授グループの一連の環境調和型クロスカップリングについての研究論文は、過去5年間で8,000回以上引用、今年上半期だけでも1,000回以上の論文引用が確認され、世界からの注目度は上昇の一途だ。2014年からは、民間企業との共同研究講座を大阪大学工学研究科に設置。さらに革新的かつ有用な反応の開発をめざす取り組みを続けている。

トライ&エラーから宝物を発見

三浦教授は、触媒化学や錯体化学などの既存知識、情報を検討し、そこからアイデアやヒントを得て研究を進める。情報の組み合わせから出発して目標に近づいていくポイントは、「何ができるかを自分なりにじっくり考えること」。しかし、新たなクロスカップリング反応の確立までは、平坦な道のりではなかった。「しっかりとした予想を立て、実証実験に臨んでも、予想外の結果が出ることが多いのです。でも実は、思った通りにいかない反応が生じたときの方が、その後よい結果につながりますね」と語る。研究が飛躍的に進むターニングポイントは、当事者の思惑の外にあるものかもしれない。

人々に支えられ、歩んできた

工学部では理論有機化学を研究する研究室に進んだ。ところが、「卒業研究用に入手した実験材料の純度がたまたま低かったために、思わぬ反応を起こしたのです。その面白さに魅せられ、大学院博士課程まで進み、合成研究で学位を得ました」。その後、民間企業で働いていた時代は、農薬の研究に従事。短期間ではあるが、その頃培った薬品の合成に関する基礎知識は、現在の研究にも大いに役立っている。

世界が注目する研究を進めていける理由を聞くと、「私がやってこられたのは多くの先輩たちや仲間に恵まれたからですよ」と言う。特に、トムソン・ロイターの「リサーチフロントアワード」をともに受賞した佐藤哲也・大阪市立大学教授(受賞時は大阪大学准教授)のことは「彼なしでは、ここまで成し遂げられなかった」と賞賛する。

「大阪大学には、長きにわたるクロスカップリング研究の土壌があり、その成果の上に現在の研究があるのです。例えば、工学研究科の村井眞二名誉教授や基礎工学研究科の村橋俊一名誉教授などの名前を挙げることができます。特に村井先生には研究のアイデアを聞いてもらい『三浦君、それ面白そうやん』と言われ、大いに力づけられました」村井名誉教授の合成化学研究は今では後継の茶谷直人研究室に受け継がれ、三浦教授とともに大阪大学のカップリング研究の歴史を未来へとつなげている。

かつて、諸先輩に支えられてこの道を歩み始めた三浦教授。今では「学生がメインプレーヤー」という考えに基づいて、熱心に研究を続ける学生たちを応援する。「やる気がある学生は空振りもする。しかし数多く空振りする人は時にはヒットも打てるし、ホームランも飛ばせる」と、後進の指導を心から楽しんでいる。

●三浦 雅博(みうら まさひろ)

1978年大阪大学工学部応用化学科卒業。同工学研究科プロセス工学専攻修了、同大学助手、助教授を経て2005年から工学研究科応用化学専攻教授。12年、「炭素-水素結合切断を経る酸化的カップリングの新手法開発」により、トムソン・ロイターの「リサーチフロントアワード」受賞。14年には「環境調和型脱水素クロスカップリングの新手法開発」により、GSC(グリーン・サステイナブル ケミストリー)賞 文部科学大臣賞を受賞。

(本記事の内容は、2015年9月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

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