StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

西洋中心主義だった世界史像を見直す

平野 グローバル化が進む世界の中で、人類社会発展のため大阪大学は「調和ある多様性の創造」を目指しています。一国史の枠組みにとらわれず、グローバルヒストリーという観点から世界の歴史を俯瞰することは、人類に「調和」をもたらすため必須の試みだと思います。まずイギリス帝国史やアジア国際関係史が専門の秋田先生はどんな研究をされているのですか。

秋田 ともすればヨーロッパ中心だった世界史をアジアから見直すことで、どのような新しい歴史像が描けるか。私は主に、近現代の世界史をアジアの政治外交史・経済史などを軸としてとらえ直す研究をしています。従来の近現代史におけるアジアは、ヨーロッパに対して従属的な地位に置かれ、経済的に搾取されてきたという側面が強調されています。しかし私は、欧米との接触のなかで、現代アジアのダイナミズムがどのように生み出されてきたのかを具体的史料で明らかにし、新しい世界史像を構築していきたいと思っています。

平野 世界史の研究がヨーロッパ中心になりがちだったのは、ヨーロッパから生まれた学問体系だからですか。

秋田 ヨーロッパ、特にアングロサクソンによる英語での発信力が強いということもあります。また日本の学問そのものが明治以降の輸入学問であり、ヨーロッパが世界を席巻し現代に至っている枠組みを前提として歴史像を考えてきたという経緯があり、私はそこを克服したい。今の東アジアの経済的躍動を目の当たりにして、ヨーロッパ中心だった世界史像を見直す必要があるのではないかと、良識ある内外の歴史家は考え始めています。

ミクロな社会の動きも世界とつながっている

平野 秋田先生は、一つの地域からの視点ではなく、また経済活動など様々なインタラクション(相互作用)も含めて、世界全体を考えていこうというスタンスのようですね。岡田先生は、18〜20世紀初めの大陸東南アジア山地世界史が専門ですが、具体的にどのような研究に取り組んでおられるのですか。

岡田 現在の国家の枠の中ではマイノリティとなっている東南アジアの民族集団が研究対象です。特にベトナム西北地方で暮らすタイ族の社会変容や、その地域で産出される森林産物の交易などのトピックを、現地の村々に赴いて研究しています。このタイ族の社会は、ベトナムという国家の中では周辺と位置づけられていますが、中国と東南アジア、あるいはタイとラオス、ベトナムとタイといったアジアの国家間を結びつける重要な役割を果たした存在であることがわかってきました。周辺化されたミクロな社会であっても、その存在を中心に置いて研究すると、東南アジアからアジア全体、さらには世界的な動向ともつながっていることがわかってきます。

平野 玄関のドアスコープのような小さな穴から世界をのぞいていくというような研究スタンスですね。なぜ周辺集団を研究しようと思われたのですか。

岡田 もともと隅っこの方が気になる性格で…(笑)。まず中国の南にあるベトナムに興味を持って留学し、その後ベトナムで周辺化されている少数民族のタイ族に興味を持ち研究をスタートさせました。現在のプロジェクトにおいては、アジアの大部分が植民地化され、西洋を中心とした経済システムの周辺に位置づけられていくとされる19世紀後半から20世紀初めの時期について、彼らがどのように主体的に経済開発を行いながら、自らの環境を維持していったのかを明らかにしたいと思っています。秋田先生と同様、現在の躍動するアジアを理解するための実用的な学問分野ではないかと考えています。

秋田 私たちのプロジェクトは、四つのレベルに分かれています。岡田先生の研究のようなローカルなレベル、国民国家のナショナルなレベル、広域なリージョン(地域)のレベル、そして私の研究のようなグローバルなレベル。それら四つのレベルのインタラクションで世界史を考えたい。ヨーロッパ人の歴史家にとって、非ヨーロッパ世界は主たる歴史分析の対象にはなりにくく、そういう意味では、いろいろな地域・国を広範にカバーした研究の蓄積がある日本は、グローバルヒストリーを考えるうえで有利な立場にいると思います。

平野 経済活動という視点は、グローバルヒストリーを考える上で重要な要素になるのですか。

秋田 私はそうだと思っていますし、経済を軸とした分析が最も進んでいると思います。しかし経済史以外にも、思想や宗教の伝播といった他の領域で考えることも可能だと思います。

理系の研究者とも連携し、新しい歴史学を進展

平野 グローバルヒストリーの研究を、大阪大学でどう発展させていきたいですか。

秋田 今後、たとえば大航海時代の国際商業都市・堺や、1930年代の綿業で栄えた大阪と世界のつながりなど、関西・大阪をベースにした世界史を考えていきたい。様々な分野の研究者とも国際的に対話しながら研究成果を発信して、大阪大学のプレゼンスを示し、大阪そして日本の重要性を強調していきたい。またアジアの主要な歴史家と協力して、アジアが主体性を持ち対応してきた世界史を探っていきたいですね。

岡田 私が研究対象としている東南アジアの山地世界では、モノを多く作って売りお金が得られれば良いというだけでなく、自分たちが今生きている環境のなかで、どう社会を維持していくかが非常に重要な要素として考えられてきました。たとえば原始的な農法だと言われていた焼き畑なども、森林の自然な回復力を生かしたエコな農法として見直されています。環境や限られた資源をうまく利用したシステムが、外部の影響で変動しながらも、どのように社会を維持していったのか。これまでと異なる視点を世界に提供できれば、持続可能な開発に関する研究・教育にも生かしていけると考えています。

平野 大阪大学には理系の研究分野も多くありますが、そういった他分野との連携でチャレンジしてみたい研究テーマはありますか。

秋田 感染症などに関するグローバルヒストリーも考えてみたいですね。例えばインフルエンザ、コレラなどが、どう広がり、どう対応してきたのか。もう一つは、気候変動の問題を歴史学の面から調べたいです。たとえば17世紀の大きな気候変動とヨーロッパで起きた様々な革命や暴動などのつながりなどを、理系の研究者と一緒に考えられたら素晴らしい。それこそが本当の意味でのグローバルヒストリーだと思います。

岡田 例えばタイ族の社会の森林産物でもある肉桂(シナモン)は、近世日本で需要が高まるのですが、その背景の一つが寒冷化です。当時、気候変動により病人が増えたこと、経済力が向上し中国からたくさんの医薬書が輸入されたというような様々な要因で、町から村々へと医療の裾野が広がり、肉桂の需要増加につながりました。歴史に関する複合的な要因を理系の研究者と共同研究できれば、歴史学は大きく進展すると思います。


学問を横軸に多文化共生

平野 学問分野を超えたインタラクションで、異なる世界が拓けそうですね。お二人のグローバルな視点で、今後、人類社会はどう動いていくと思われますか。経済の動きなども一瞬で世界に広がり、地球社会は限りなく一つになりつつあるような気がします。一方で世界には紛争が絶えません。人間の心豊かな発展には多様性が大事ですが、多様性ゆえの根深い障壁もあります。しかし共存しないと21世紀に人類は滅びるのではないかとも危惧しています。

秋田 知恵を出し合って多文化共生の方法を考えていくことが大事だと思います。例えば日本と韓国・中国の問題は政治的には非常に厳しい状況ですが、東アジアを含めた世界史の文脈に位置づけることで、学問レベルの対話ができます。二国間だけの歴史認識でなく、それをグローバルに位置づけて相対化すれば客観的な議論ができ、解決の道も開けるのではないかと思います。東南アジアのASEANやアジア太平洋地域での「開かれた地域主義」の試みに見られるように、多文化共生は決して難しいものではないように思います。

岡田 多文化共生は簡単ではなく時間もかかると思いますが、長い歴史を振り返れば、複数の民族が集まり一つの社会を構成するというのは当たり前の状況。一つの民族や国が自分の帰属の全てになってしまうのは、ここ百数十年の話だと思います。これまでは国という縦割りが当たり前だったところに横の軸を通し、それを増やしていくことが重要。その横軸の一つが学問だと考えています。

異なる価値観、海外の空気に触れることが大事

平野 阪大の学生や若い人たちにメッセージはありますか。

岡田 よく言われることですが、とにかく一度外に出てみることが大事ですね。異なる価値観の社会で育ってきた人と触れ合うことで、自身の前提としている価値観がどのようなものなのかが理解でき、お互いの違いをわきまえた上で新しいものを語らっていくことができます。自分の今までの枠を超えて、外の世界と積極的に交流してほしいです。

秋田 短期でも、近隣の台湾・韓国でもいいですから、海外に行ってほしい。閉塞感のある日本と違い、今の韓国や中国では若い人たちが非常に元気です。原因は経済がダイナミックに動き、そして両国が競争社会であること。日本社会とは違う社会が近くにあることを少しでも知ること、そして自分の存在について改めて考えざるを得ないような状況に身を置いてみることが大事です。海外に留学して帰ってきた学生たちの変化は驚くほどです。

平野 自分が何者なのか分からずして、他を理解することはできないですからね。阪大の学生には、グローバルヒストリーのようなスタンス、いろいろな角度から物事を見る姿勢を養ってほしいと思います。今日はありがとうございました。

未来戦略機構にグローバルヒストリー研究部門 ─平野総長 対話をおえて

大阪大学は文学研究科を中心に、従来の枠組みを超える新たな世界史「グローバルヒストリー」の研究・教育に取り組み、イギリスのロンドン大学や、韓国やシンガポール等のアジアの主要大学とも共同研究を通じて緊密な関係を築いてきています。それらを背景に未来戦略機構にグローバルヒストリー研究部門が創設されることで、大阪大学におけるグローバルヒストリーの研究ポテンシャルが一層高まると期待しています。また大阪大学が世界適塾の実現を目指すなかで、新しい世界史像が構築され世界に発信されることは非常に楽しみ。お二人の話を聞いて、「多様性がもたらしているネガティブな側面はきっとオーバーカムできる。人類の将来は明るい」と確信しました。

●秋田 茂(あきた しげる)

1981年広島大学文学部史学科卒業、83年同大文学研究科修了、2003年大阪大学文学研究科で学位取得(文学博士)。85〜03年大阪外国語大学に助手・講師・助教授として在籍。94〜95年ロンドン大学東洋アフリカ研究院・訪問研究員、01〜02年同大政治経済学院・客員教授。03年から大阪大学文学研究科教授。研究テーマはイギリス帝国史、イギリス近現代史、アジア国際関係史、グローバルヒストリー。

●岡田雅志(おかだ まさし)

2000年京都大学文学部卒業、05年大阪大学文学研究科博士前期課程修了、12年大阪大学文学研究科博士後期課程修了。11年から大阪大学文学研究科特任研究員、14年から文学研究科助教。研究テーマは18〜20世紀初めの大陸東南アジア山地世界史。特にベトナム西北地方タイ族の社会変容や森林産物の交易などのトピックをフィールドワーク重視で研究している。

●平野俊夫(ひらの としお)

1972年大阪大学医学部卒業。73〜76年アメリカNIH留学。80年熊本大学助教授、84年大阪大学助教授。89年同教授。2004年同生命機能研究科長。08年同医学系研究科長・医学部長。11年8月、第17代大阪大学総長に就任。05〜06年日本免疫学会会長。日本学術会議会員、総合科学技術・イノベーション会議議員。医学博士。サンド免疫学賞、大阪科学賞、持田記念学術賞、日本医師会医学賞、藤原賞、クラフォード賞、日本国際賞などを受賞。紫綬褒章受章。

(本記事の内容は、2014年9月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

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