■ 大きな危機感
「これまでは研究室で良い研究を続けていれば、自然と優秀な基礎研究者が育ちました。しかし現代の社会環境では、大学院で学位を取り、そのままアカデミアで研究を続けたり、留学したりしてさらに飛躍を目指す若者が減っていることを肌で感じていました」。出発点は、竹田拠点長のそんな危機感だった。人生の選択の中、博士学位を取っても民間企業に就職するなど、アカデミアから離れてしまう人が増えているのだという。
「学生や研究者の質が落ちているのではありません。若い人が大学で研究を続けたいと思える環境が整えられていない状況でした」。そこで竹田拠点長は、意欲のある優秀な若者が最良の環境で研究しながら学位を取得できる新プログラムを提唱し、2023年9月に設置が承認された。IFReCでの世界最先端研究の実践と、国際的な交流ができる環境作りをポイントに、「海外指定連携機関推薦」「ダブル・ディグリープログラム」の2つのコースを用意した。
両コースとも、医学系研究科の大学院生として年間4人までを受け入れる。教育研究を指導するのは、IFReCや微生物病研究所、感染症総合教育研究拠点(CiDER)、先端モダリティ・DDS研究センター(CAMaD)の研究者ら。4年間の学びを修了すると、博士(医学)の学位とプログラムの修了証を取得できる。
■ 世界とつながる2つのコース
「海外指定連携機関推薦」コースでは、アジアの指定研究機関が選抜、推薦した優秀な学生を、大阪大学が現地で面接選考のうえ受け入れる。指定機関はタイのマヒドン大学、インドのトランスレーショナル健康科学・技術研究所(THSTI)。24年10月から受け入れを始めており、現在、タイの3人、インドの2人の計5人がIFReC等の研究室に在籍する。原則として対象者の授業料は免除し、一般財団法人阪大微生物病研究会(BIKEN財団)から支援を得て奨学金も支給する。
「ダブル・ディグリープログラム」は、欧米の世界トップレベルの研究機関との間で院生を相互に派遣・受け入れるコース。26年4月にスタートし、初年度は大阪大学から1人とドイツのボン大学から2人を受け入れる予定だ。学生は2年目以降、海外大学に少なくとも1年間、留学する。ボン大学も免疫学で世界トップクラスの研究実績がある。留学先とのテーマの違いで研究を滞らせることのないよう、両大学の主任研究者同士が協議し、継続的な共同研究ができる枠組みを作ったうえ、学生はその共同研究に参加し、両機関の研究代表者が指導教員になるという。オーストラリアのメルボルン大学とも同様の協議を進めている。
学生選抜の面接をした竹田拠点長は「高い技術や最新機器のある日本で学びたいというモチベーション、ハングリー精神が強い。タイやインドは日本に比べて感染症が身近な問題なので、そういう面で役に立ちたいとの気持ちが強いと感じます」。研究室でともに学ぶ日本人院生への刺激となることも期待している。今後は「いい研究をして学位を取り、日本のアカデミアや地元でさらに研究を進めてもらったり、欧米などへポスドクとして行ったり、思うように羽ばたいてほしい」と願っている 。
■ 国際的な活躍を期待
IFReCのような最先端研究に特化した拠点が中心となって学位プログラムを開設するのは大阪大学では初めて。大学院生を指導する教育の新しい枠組みや相手研究機関との連携体制作りなどに、高木事務部門長が奔走した。元からあった研究者同士の個人的繋がりを、組織的な研究者育成環境として発展させるため、何度も国境を越えたという。
ボン大学との共同研究に向けて調整した高木事務部門長は物理学の研究経験があり、理学博士でもある。「海外留学する人が減っている理由の1つに、ポスドクの場合は留学後のポストが保証されていないという不安があると思います。学生の身分を持ったプログラムの中で留学経験ができれば、帰国後も学生として研究を継続できます。留学によって、 研究者としての自分を客観的に見る機会にもなる。新しい技術を身につけることができれば、キャリアアップにもつながると思います」と利点を語る。
坂口志文特別栄誉教授のノーベル賞受賞により、IFReCは世界的にさらに注目される研究拠点となった。そんな中でスタートした新プログラム。竹田拠点長は「プレッシャーもありますが、優秀な学生が集まって全体の研究レベルが上がり、それを見てまたいい人材が集まるような好循環が生まれるといい」と期待を込める。「日本と世界の免疫学、感染症学を背負って立つ研究者がここから巣立ち、サイエンスを発展させる」。願うのはその一点だ。
○「感染症学・免疫学学位プログラム」の大学院生の声
Priyankaさん(インド)
インドでバイオテクノロジーの修士課程を修了後、THSTIのウェブサイトを通じてプログラムを知り、志願しました。日本の研究文化である精密さや長期的な実験計画などに惹かれ、大阪大学の学術的な卓越性にも魅力を感じました。現在は炎症性腸疾患(IBD)の患者が、なぜ感染症、特に細菌感染症にかかりやすくなるのかを明らかにする研究をしています。
さまざまな国や文化的背景を持つ人々と交流する機会が、私の視野を広げ、コミュニケーション能力を向上させてくれます。研究環境は体系的、自律的に研究へ取り組む姿勢を身につける上で後押しとなっています。
科学的成果を社会へ還元できるよう、産業界や医療機関との連携に関心があります。技術的に優れ、社会的責任を持ち、科学的貢献に尽力できる研究者への成長を目指しています。
(本記事の内容は2026年2月発行の 大阪大学NewsLetter 94号 に掲載されたものです。)