StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

■ すべての選択肢が「普通」になるように

日本には「女性は理系分野が苦手」という偏見がある。実際、経済開発協力機構(OECD)の加盟38カ国で理工系進学者の女性割合は最下位(2021年)だ。だが、国際的な学習到達度調査「PISA」によると、日本の女子学生は数学や科学分野で優秀な成績を収めており、理工系分野でも当然ながら女性研究者は活躍している。このギャップは何なのか。和田教授は「中高生の親世代に『理工系は女子が行くところじゃない』という先入観が根強く、進路の選択肢に挙がりにくい」と指摘する。

基礎工学部の女性枠の新設は、そのアンコンシャスバイアスを正す働きが期待されている、あくまで過渡的な施策である。基本コンセプトは、基礎工学の研究分野に興味をもつ女性のための環境を用意している、というメッセージ発信だ。

別途、小論文課題の実施や試験の一部免除などは行わない。試験の内容は同じだ。「やり方によっては、逆差別という新たなバイアスや、ロールモデルの押し付けにつながりかねない。優秀な学生を選抜するという目的を守り、できるだけ公平な形で女性枠を新設することで強いメッセージとし、負の連鎖を断ち切りたい」。和田教授は力を込める。


■ 女子学生のウェルビーイング向上を

副学長・D&Iセンター長 島岡まな 教授(法学研究科)

大阪大学では21年に「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)推進宣言」を発表し、全ての学生・教職員が尊重される環境の整備に取り組んでいる。その旗振り役を「男女協働推進センター」から発展し、22年に改組した「D&Iセンター」が担っている。

同センター長であり、D&I推進担当副学長でもある島岡教授は「女性研究者の数を増やす施策から始まり、現在は女子学生のウェルビーイングを向上させることでさらに裾野を広げようとしています」と話す。

設置台数が250台を超えた生理用品のディスペンサーは在学生に限らず、試験で訪れた受験生にも好評だ。このほか各学部とも連携し、ハード・ソフトの両面で支援策を展開している。例を挙げると女性研究者や女性リーダーとしての素養を醸成することを目的に発足した女子学生ネットワーク「asiam(アザイム)」や、女性が安心して使える休憩室や更衣室のほか、社会人女性とのディスカッション、企業等との交流会、女子大学院生を対象にした優秀研究賞、理工系学部へ進学する優秀な女子学生を対象とした入学支援金制度など多種多様だ。

「ダイバーシティ&インクルージョンの世界」と題し生物学、医学、社会学とさまざまな視点から多様性について学ぶ授業も始まっている。島岡教授は「外部講師も招いた質の高い授業ができています。200人の定員は満員で、男女比はほぼ半々。未来の世代の意識改革を着実に進めていきます」と手応えをつかんでいる。


■ 内に秘める強い意志を持って

基礎工学部長・基礎工学研究科長 和田成生 教授

島岡教授自身、過去に「ガラスの天井」を感じた一人だ。「業績では負けていないはずなのに、年下の男性が先に教授になることもあった」と当時を振り返る。だが、悲観はしていない。留学先のフランスで輝く女性研究者を目の当たりにした経験もあり、学術において「男女は平等であり、女性が活躍できる場所」だと信じているからだ。「だって、全員が生き生きしていたほうが、誰だってうれしいはずでしょう?」と屈託のない笑顔を見せる。

一方、和田教授は言う。「誰もが知る常識を発信することは容易です。ですが、大学の役割は『良識』を発信すること。多様な視点からのアイデアを尊重することは、未来において普通の環境になる。その実現をもって『女性枠』を撤廃しなければいけません」。 大阪大学が女子中高生向けに編集した冊子名は「will」。意味は、内に秘める強い意志だ。 信念を持った旗振り役が、「特別な制度のいらない世の中」を目指して奮闘している。


○ 高校時代に「大阪大学SEEDSプログラム」を受講し、大阪大学工学部へと進み、現在は大学院工学研究科に在籍する守實友梨さん(博士前期課程2年)

大学院工学研究科 守實友梨さん(博士前期課程2年)

私は医療に携わりたいと考え、元々は医学部や薬学部を志望していました。でも、SEEDSプログラムでBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)という放射線がん治療の研究が工学分野でもできることを知り、現在の進路を選びました。確かに学部内で女性は1~2割程度と少なかったですが、そのことで困った経験は少ないです。トイレに生理用品を置いてくれていたり、更衣室や休憩室があったりとサポートも充実していますし、女性研究者の方々との交流も良い経験になっています。とても楽しく学ぶことができていますよ。進路に悩んでいる中高生には「女性だから」と考え過ぎずに、自分の好きなこと、やりたいことに挑戦してもらいたいですね。


(本記事の内容は2025年2月発行の大阪大学NewsLetterに掲載されたものです。)

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