StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

■歴史的結び付き生かし、ASEAN諸国との交流を深化

次世代の架け橋に。ASEANと大阪大学で育む高度人材

 構想の背景には阪大とASEAN諸国との歴史的なつながりがある。藤田教授は「阪大には全方位で各国の有力大学と関係を強化するという国際戦略があります。一方でこれまでの実績を見るとASEAN諸国との結び付きも非常に強い。たとえばタイのマヒドン大学熱帯医学部と阪大の医学系研究科は疫病の共同研究にあたっており、数十年来の関係を築いてきました」と話す。

 それをさらに拡大・深化させ、国際的な産官学連携のロールモデルを創造するのがASEANキャンパス構想の狙い。その拠点としてタイ、ベトナム、インドネシア、ブルネイ、マレーシアの大学や研究機関にジョイント・キャンパスを設置。2020年には大学院生や社会人を対象に、オンライン講義と、2~3カ月間の短期留学を組み合わせたハイブリッド型教育プログラム(OUICP)がスタートした。

■「持続可能な開発目標」(SDGs)を意識した教育プログラム

次世代の架け橋に。ASEANと大阪大学で育む高度人材

 プログラム編成には文理の別なく阪大から多くの部局が加わった。

 「ハラールのためのサイエンス・テクノロジー・イノベーション」(GI機構)、「先端産業バイオテクノロジー」(生物工学国際交流センター)、「ものづくりコアーとしてのナノ科学技術」(エマージングサイエンスデザインR3センター)、「STEM実習による先端科学技術入門」(基礎工学研究科)、「計算機マテリアルデザイン入門」(工学研究科)の5コースあり、各7~50人を受け入れる。細胞工学や分析化学、計算機科学など、プログラムに即した専門科目の履修はもちろんだが、自身の研究を「SDGs(持続可能な開発目標)」に関連付けて考察する科目を全ての学生に必修としたのが特徴だ。

 阪大で学ぶ未来のリーダーたちはSDGsを強く意識すべきという認識からだ。従来ならば、東南アジアの産業界は日本の技術を移転し生産性を上げることを考えていれば済んだ。しかし、急速に経済力・技術力をつけた今、新しい技術や研究成果を社会に還元することが時代の要請となりつつある。環境問題に対する企業の責任も増していく。

 人類学者として人獣共通感染症や食糧廃棄など東南アジアが抱える課題に取り組んできた住村教授は「自然災害や公害を経験し、急激な高齢化に直面している日本は課題先進国でもある。こうした負の側面についても、ASEAN諸国と手を携えていける」と期待を込める。

■ピンチを乗り越え、チャンスをつかむ

次世代の架け橋に。ASEANと大阪大学で育む高度人材

 満を持して船出したプログラムだが、待ち構えていたのがパンデミックの嵐だった。日本人学生はもちろん、準備に教員を派遣することも、留学生の受け入れもできない。しかしカウンターパートの献身的な協力や、リモート授業の柔軟な活用で難局を乗り越えた。藤田教授は「ハイブリッド型プログラムだったことが強みになった。ピンチをチャンスにと言うが、オンラインと実地双方の要素を最大限に生かすことがコロナ後の教育スタイルになるでしょう」と総括する。

 プログラムに参加している留学生の来日は2022年6月からようやく開始。研究室での実習や実験に加え、食品会社や農業生産などの実地見学は海外の学生にとって刺激の連続だったという。ハラールサイエンスの責任者である波山特任教授は「こちらに来て目が覚めるような刺激を受け、『もう一度阪大に来たい』と帰国してから博士課程に進んだ学生がいました」と目を細める。

 農業を考える場合も、収量をどう増やすかだけでなく、それが二酸化炭素の排出抑制にどう関係するのかなど、SDGs全体に広げて考えてみる。ムスリム(イスラム教徒)にとって重要なハラールも、「豚肉を食べてはいけない」などという戒律の問題にとどまらず、「私たちが摂取する食品や薬に何が含まれているかを知りたい」という視点に立てば、非ムスリムも含めた「食の安全」に普遍化できる。日本の食品加工や分析技術が貢献できることも多く、お互いに有益なビジネスチャンスとなりうる。

■「産学連携の実績」に高い関心

 うれしい「想定外」もあった。マレーシアの若手の大学教員が「学生」としてプログラムに参加したことだ。住村教授は「技術の勉強もしたいが、それをどう社会実装していくかという仕組みへの関心が高かった。産学連携での阪大の豊かな実績が評価されたのでしょう」と分析。波山特任教授は「『日本で就職し、職場で学んだことを母国で生かしたい』と希望する学生もいます」と、手応えを口にする。

 現在はASEANからの留学生受け入れが主で、「双方向」とは言い難い。今後は、日本の学生を送り出しやすいように留学期間を1カ月程度に短縮したプログラムも用意するなど、環境を整えていくという。

 日本人学生たちの成長を促すため、海外に挑戦しやすくする環境整備はこれからも大切だ。しかし、日本文化に触れ、日本の機器で最新の知見や技術を学んだ留学生たちは、将来、日本とASEAN諸国との懸け橋として活躍してくれるだろう。

高度グローバル人材育成のため、未来基金では寄付を受け付けております。

寄付金は、学生らの渡航費等の支援や共同研究に用いられます。

(本記事の内容は2023年2月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです。)

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