StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

対話により進められるユニークな授業

時代の要請に応える 「新しい人文学」を求めて

 「現代の教養」は5専攻それぞれの特徴や、自然科学など他の学問との接点なども含め、さまざまな研究分野と人文学との関わりを学ぶ。各専攻や専攻外の講師を招いて通常の講義スタイルで進める。

 これに対し「人文学と対話」は、文字通り対話によって授業を進めるユニークな形態を取る。髙橋講師は授業の目標を「人文学に求められる新しい課題や時代背景について紹介し、現代における人文学研究のあり方を考えてもらう。もう一つは、対話する力を身につけてもらい、対話によって人文学とは何かについて考えを深める」と語る。「対話力」は学術的な討議の力ではなく、コミュニケーション力に重なる。「専門領域の異なる人、留学生や社会人など経歴の異なる受講生同士が、対話を通じて互いに違いを理解し、一緒に考えること」をコンセプトにしている。

答えの用意されない「問い」から学ぶ

 では、「人文学と対話」の全8回の授業はどのように進められるのだろうか。

 最初の3回は対話について基本的な態度やスキルを養う。対話の方法などの解説を聞いた上で、自己紹介から始まり、他者の話を聞いて質問し、相手のことを理解する。4回目以降は、事前学習として「人文学の現代的課題」などを解説する動画を見た上で、各回にテーマを設定。「人文学は役に立つのか」「DXと人文学」などのテーマに沿った「問い」を受講生に考えてもらう。問いは、例えば「そもそも役に立つ、の意味は」「AIの発達で自動翻訳技術が進めば、翻訳者は不要になるのか」などの問題提起だ。そうした問いを巡ってグループに分かれて話し合ってもらう。

 これらの問いに、決まった答えは用意されていない。「みんなで考える授業であり、答えを出して収束させることは基本的にない。問いの立て方も人によって異なるので、そんな発想はなかった、など意見の違いから学んでもらいたい」。加えて、学術的な議論のように言語的卓越性や上手に話すことに重きを置かない。「対話は基本的に人ベース。人の話を聞くことを一番にお願いしている。テーマそのものより、相手がどんな考えを持っているのか、つまりは人について知ることが大切」。肝心なのは、日本語の上手下手やさまざまなコミュニケーションの特性を持つ人、さらに考え方や立場の違いを受け入れ、尊重し、ともに話し考える関係を築くことだという。

自らの「聞く力」に気づく受講生も

 授業は1クラス16~20人。各クラスに中国などからの留学生が約4分の1、社会人も1、2人いる。「オンラインでの対話は、対面と違ってどうしても身体性に欠けてしまいます。それを補いスムーズに対話をするために、普通より表情を2倍出すとか、身振り手振りのリアクションを交えるとか、身体的な表出をなるべく多くしてもらうことを授業内での約束事にしています」。表現に慣れてくれば、対面でなくとも大きな支障は感じないという。もちろん、授業の前後に受講生同士で相談ができないなどの制約はあるものの、「今後、授業や就職面接などでオンラインを利用する機会が増えると予想される。オンラインによるコミュニケーションの練習になるかもしれない」と、ちょっとした副産物への期待もある。

 受講生は授業をどう受けとめたのか。留学生からは「専攻以外の問題で日本人がどんなことを考えているか分かった」、人と接する仕事の社会人からは「身につけた対話のスキルは仕事にも活かせそう」などの感想が寄せられた。また、議論で従来あまり他人の意見を聞く姿勢がなかったという受講生は「自分にも聞く力はあると分かった」と記した。髙橋講師は「学生は聞くことが得意でないというより、『聞く力』を磨く機会がなかっただけ。チャンネルと環境さえ用意すれば、ほとんどの人はできると思う」と指摘する

社会や専門家らと結ぶための能力

 髙橋講師の「聞く力」を重視する姿勢は、これまでの研究で培われた。臨床哲学が専門だが、例えば「白熱教室」で知られるハーバード大のマイケル・サンデル教授のような哲学的討論のイメージとは異なり、看護師の集まりや、がん患者と家族の会、少年院などさまざまな現場で対話を実践してきた。その経験を通じて相互のケアやエンパワーメントの重要性を知り、人に寄り添って考える姿勢を身につけた。

 髙橋講師は、人文学の現代的な課題の一つは「社会との接点、そして他分野の専門家との接点をどう結んでいくか」だと考えている。そして、その手段として対話の重要性を説く。「社会との接点は、学生なら研究対象へのインタビューなどフィールドワークや就職活動などがある。また、知識の前提が大きく違う他分野の人などとどう話すのか。議論やディベート能力とは別のコミュニケーション能力として、これから対話力が求められると思う」と語った。


延安美穂さん  (人文学研究科外国学専攻アジア・アフリカ言語文化コース)

時代の要請に応える 「新しい人文学」を求めて

対話を主軸に、人文学を研究する際の具体的な問題を取り上げ、それについて皆の主体的な意見を聞けることが新鮮で興味深かったです。オンラインでも、受講生及び先生がニックネームで呼び合うなどの工夫があり、すぐに仲良くなれました。「人文学研究は役に立つか」というテーマの授業を通じて、社会での位置づけを意識するようになりました。現時点のわたしは「人文学研究は実用的かどうかの物差しでは測れない、AIが取って代われない領域、人間社会の中心にあるものを研究するところ」と考えています。私は外国語専攻で中国語、特に音韻という分野を学んでいます。社会との関連付けを常に考えつつ、今後も勉強を一生続けていきたいです。

■人文学研究科
人文学の知で、変化にしなやかに適応していく。

https://www.hmt.osaka-u.ac.jp/

(本記事の内容は、2022年9月の大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

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