StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

■“文学を虚心に読む”ことで生身の中国青年の姿を浮き彫りに。


文学研究科 中国文学専門分野 博士課程3年生  小川主税(ちから)さん

「清少納言が死ぬほど好き」と語り始めた小川さん。文学にのめり込んだきっかけは、彼女の綴る文章の潔さや、彼女自身の生き様への憧れだったという。大学では日本古典から中国近現代文学へと興味が広がり、何百回にもわたる「中国文学を読む」という研究の中で、小川さんは中国が抱える「近代化のひずみ」を見つめてきた。

主な研究対象は、中華民国の時代に活躍した女性作家「張愛玲(ちょうあいれい)」の作品。近代化を強力に推し進める当時の中国では、青年や男子学生はこうあるべきだという“理想像”がプロパガンダ的に社会を取り巻いていたが、彼女が描くのはそうした理想からこぼれ落ちるリアルな青年・男子学生の心の揺れや恋愛模様だった。それらを単なる物語として表面的に読み過ごすのではなく、表現や描かれていることの一つ一つを拾い上げ、分析することで、当時の中国社会が不可視化していたジェンダーの様相や、生身の中国青年らしさを見出していった。

9年におよぶ研究を通じて、「 “虚心に読む”という態度が磨かれました」と語る。一言一句おろそかにせず、ちょっとした疑問も無視しない。そうした姿勢で文学と向き合うことによって、一つの作品において多様な読み方ができることを学んだ。博士課程修了後は北京に渡り、現地の大学で文学の講師として活動しながら文学研究を続ける。「文学は、『こうあるべき』『こうではない』という二項対立を時に崩してくれる。そんな生き方もあるんだ、という発見は、自分自身や社会を見つめ直す機会にもなる。研究を通して、“読み方”の多様性を提示することができれば、ある種の社会貢献になるんじゃないかと考えています」と将来への期待を語った。

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■被災地が抱える土壌問題に“磁気”でアプローチ



工学研究科 環境工学エネルギー専攻 修士課程2年生  三浦日菜さん 

2011年の東京電力・福島第一原発事故の後、除染作業にともない発生した「除去土壌」。その最終処分量の低減は、国をあげた大きな課題だ。三浦さんはこの問題に対して、技術開発の側面から立ち向かっている。

ミッションは、環境負荷を極力抑えつつ、除去土壌の中から汚染された土とクリーンな土を分離させること。そこで確立を試みているのが「磁気分離技術」だ。汚染物質を吸着しやすい土は磁性を帯びていることから、磁気を施した独自の装置を開発。そこに除去土壌を流し通すと汚染土壌だけ装置に吸着され、クリーンな土と分離させることができる。現在、フィルターを用いる方法と、遠心力を用いるサイクロン式の実験に取り組むが、精度を上げるための壁は高い。「失敗しても解決方法を考える時間が好き。壁が高いほど燃えますね」とタフな笑顔を見せる。

高校生の時、原発事故現場で活躍できるロボットの開発に取り組む企業の方の講演を聞いた。被災地で奮闘している人のことを知り、遠い場所で起きた事故というイメージが変わった。自分にも何かできないか。そう思ったことがこの分野に進んだきっかけだと話す三浦さんからは、研究への熱量だけでなく、「人」に向き合うあたたかな姿勢が感じられる。その姿勢は、学内での活動にも現れる。自然科学系女子学生による組織「asiam(アザイム)」に所属し、大学入学を目指す高校生へアドバイスを行うなど、後輩たちの進路形成にも積極的に関わった。「知らない後輩のためでも、何かできることがあればやりたいなと思って」。人に寄り添う姿勢を原動力に、この春からは社会人として新たな舞台へ歩みを進める。

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■ 最期までその人らしくいられるように。「緩和ケア」をサイエンスと臨床現場から


薬学研究科 医療薬学専攻 博士課程4年生  竹村美穂さん

従来のがん治療や、緩和ケアの概念が変わるかもしれない。竹村さんの研究は、現在の医療や薬学の世界に大きなインパクトをもたらした。着目したのは、がんの初期段階から多くの患者が悩まされている「痛み」や「しびれ」。がん患者の苦痛を緩和し、最期までその人らしくいられるようにサポートする上で、痛みやしびれの治療は欠かせない。しかし、緩和ケア領域では、薬の使い分けが治療のガイドラインなどで明確に定められておらず、医師や施設の経験頼りというのが実状だ。

そこで竹村さんが挑んだのが、科学的な根拠に基づいた治療基準の創出。毎日病院に通い、患者とコミュニケーションを重ねながら、痛みやしびれの状態、薬の効果などを直接聞き取った。また、医師や看護師にも協力してもらい、薬の使い分けの状況をデータ収集し、分析を積み重ねた。その結果、がんによる痛みの中で特に治療効果が得られにくい「神経障害性疼痛」に対し、数ある治療薬の中でも「タペンタドール」に画期的な効果があることを発見。知名度が低く、臨床現場であまり用いられてこなかったこの薬は、2021年の竹村さんらの研究成果※をきっかけに、新規治療薬として徐々に現場に広がってきているという。

「研究成果を臨床に還元できる社会実装力を持ったファーマシスト・サイエンティストになりたい」。薬剤師として臨床現場に立ちながら、研究者として、現場で得た声やデータを研究にいかし、その成果を患者の治療に役立てていく。「自分の研究が実際の現場で生かされている」のを見たときの喜びはひとしおだ。「想像していた未来を超えました」と語る竹村さん。さらにまだ見ぬ未来へ、期待に目を輝かせた。

※論文名:『Tapentadol in Cancer Patients with Neuropathic Pain: A Comparison of Methadone, Oxycodone, Fentanyl, and Hydromorphone』

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(本記事の内容は、2024年2月発行の大阪大学NewsLetter90号に掲載されたものです)

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