
「聖地」は脈動し続ける。再生医療細胞も、未来医療ディープテックも育てる “Nakanoshima”
大阪大学 名誉教授/大学院医学系研究科 特任教授 / クオリプス株式会社 取締役最高医療科学責任者 / 一般財団法人未来医療推進機構 理事長 澤 芳樹
2025年大阪・関西万博で公開され、薄いシートが自ら拍動する姿が注目を集めた「心筋シート」。澤芳樹・大阪大学名誉教授らがiPS細胞(人工多能性幹細胞)を使って開発したもので、重症心不全患者への移植によって心機能を回復させる効果が期待されている。厚生労働省は今年、製造販売を条件付き承認。公的医療保険適用も決まり、今秋にも「リハート」の名で販売が予定される。iPS細胞を用いた治療製品の実用化は、世界で初めてとなる。製造・販売する大阪大学発スタートアップ「クオリプス」が拠点を置く大阪市北区の「Nakanoshima Qross」は、再生医療関連企業・機関の一大集積地。クオリプスの取締役最高医療科学責任者であり、Nakanoshima Qrossを運営する未来医療推進機構の理事長も務める澤名誉教授に、大阪大学医学部ゆかりの地でもある中之島で世界とコラボレーションする未来医療について聞いた。
研究成果の心筋シートを 世界中に届ける
「死ぬほど苦労してるけど、ここは『当たり前』の通過点やから」と笑いながら、心筋シート実用化の最新の状況を語ってくれた。澤名誉教授らは2020年、虚血性心筋症による重症心不全患者8人の心臓に、シートを貼り付けて移植する治験を開始した。半数以上に心機能や運動能力の改善がみられたことから、クオリプスは25年4月に製造販売承認を申請。26年3月、一定数の患者に使用しながら有効性や安全性を確認する、条件・期限付き承認を受けた。
澤名誉教授は感慨にふける間もなく、世界展開に向けた準備を進める。既に米国スタンフォード大学との共同研究や、英国の細胞治療の産業化支援組織などと連携を始めているという。自身の研究が結実した国産製品が、国内外の心臓病患者を救う日は遠くない。しかし澤名誉教授の動きはそこにとどまらない。医療と産業の未来像の話題が深まるにつれ、語り口は熱量を増していった。
再生医療を実用化する細胞製造拠点も
地上16階と11階の2棟で構成されるNakanoshima Qrossは24年6月、大阪大学中之島センターと大阪中之島美術館に隣接する堂島川のほとりにオープンした。「一つ屋根の下で開発と臨床応用がワンストップでできる」というコンセプトの下、大阪府が取り組む未来医療国際拠点だ。再生医療の新技術開発を目指す企業や医療機関、スタートアップを支援する企業など、約60法人が入居し、ほぼ満床である。
「同じ建物に集まってるから、連携も研究も速いし、やりやすい」。例えば、再生医療の実用化に際して不可欠となる細胞の安定的な大量製造。治験を終え、これから製造・出荷を控えている企業が複数あることから、再生医療細胞を量産化するパイロットプラントをクオリプスがNakanoshima Qrossの15階に設けた。このプラントは細胞の安定供給の確立を目指すコンソーシアム「VMaCS(ビーマックス)」の活動拠点にもなる。既にNakanoshima Qrossに入居している約20社が参画し、各社の知見や技術を集積して製造装置やシステムの構築に取り組む。将来的には、細胞を自動で大量製造するCDMO(医薬品受託製造)事業へとつなげる方針だ。
高まる国際的評価から、 グローバルエコシステムの確立へ
再生医療産業の大がかりな拠点は世界にほとんどないという。澤名誉教授によると、デンマークの大手製薬企業ノボノルディスク関連の財団は再生医療クラスター(産業集積)の国際分析で、Nakanoshima Qrossを含む「関西クラスター」をボストンやサンフランシスコに次ぐ世界トップレベルの集積地と評価した。「iPS細胞由来の技術の実用化を目指すスタートアップ企業の集積が評価された」という。
「海外企業のほうが目ざとくコンタクトを取ってくる。日本の方にももっと注目してほしいんやけど」と冗談めかす澤名誉教授は、世界からの視線を日々感じている。24年6月のNakanoshima Qrossオープン前後に、十数カ国の在阪総領事らを招いて施設を紹介。25年大阪・関西万博の開催期間中は各国政府の高官らも訪れた。「彼らはトップセールスマン。この拠点にビジネスチャンスを感じたようです」と語る。
今も、施設を訪れる在日大使や総領事ら要人は引きも切らない。自国の製薬会社や関連組織の紹介なども含め、国や企業の橋渡し役を担ってくれるという。その積極性は、「初めは国際展開どころか、国内での展開も難しいと思っていた」澤名誉教授が驚くほどだ。
「海外では新規の治療薬などに早い段階から関与する意識が強く、成功経験を持つインキュベーター(支援組織)と組むチャンスもある。ここは投資を呼び込む場です。国内のみなさんにこそ、どんどん活用してほしい」。澤名誉教授が掲げるのは、再生医療のイノベーションを世界の産学官が共創する「グローバルエコシステム」の確立。その舞台がNakanoshima Qross、そして大阪・関西だ。
縦横の白いラインが印象的なNakanoshima Qross。 2階には大阪ヘルスケアパビリオン展示物の一部も移設されている。
中之島の歴史は続く
澤名誉教授にとって、中之島はひときわ思い入れの深い土地だ。かつて大阪大学医学部があり、自らが学んだ場というだけではない。「古く江戸時代には諸藩の米屋敷が建ち並び、大阪の中心地として日本の経済を支えた。医学部の前身の大阪医学校時代から、多くの医者や医療技術を生んできた、いわば聖地です」。
そうした歴史背景があるからこそ、「この場所に未来の医療を形作る拠点ができた意義は大きい。大阪の新たな代表産業の拠点として、海外との連携も進んでいることを、広く知ってほしい」と語る。
昨年、経済産業省等が大阪・関西万博にて始動した「Global Startup EXPO」が、今年も大阪で10月5日から開催される。国内外から革新的技術を持つディープテック・スタートアップが一堂に会し、世界中から集まる投資家・事業会社などと未来を語り合い、関係を築く場だ。Nakanoshima Qrossは初日の「ライフサイエンスプログラム」のメイン会場。この場所が、さまざまな未来医療が社会実装に挑戦するスタートの舞台となる。「イベントは日本発スタートアップと世界のベンチャーキャピタルやグローバル企業が出会うチャンスだが、より大切なのは企業を手塩にかけて育てていくこと。そのきっかけになるようにしたい」と期待を込める澤名誉教授。中之島の地はこれからも、産業といのちの拠点であり続ける。
■澤 芳樹(さわ よしき)プロフィール
1980年大阪大学医学部卒業。2006年大阪大学大学院医学系研究科外科学講座心臓血管・呼吸器外科主任教授、15年同研究科長・医学部長。21年大阪大学名誉教授。現在、大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻未来医療学寄附講座特任教授、大阪けいさつ病院総長、クオリプス株式会社取締役最高医療科学責任者、一般財団法人未来医療推進機構理事長。25年の大阪・関西万博では、大阪ヘルスケアパビリオン再生医療発信事業 スーパーアドバイザー、パソナグループパビリオン エグゼクティブプロデューサー等を務めた。
(※ 本記事は、2026年10月発行の 大阪大学NewsLetter 95号 に掲載されたものです。 )