StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

イノベーションにつながる新タイプの錯体創製

錯体とは金属を含む化合物で、「金属イオンは水中・鉱物中・生体内に単体で存在することはなく、無機物あるいは有機物と結合して錯体になります」と今野教授。「身近な例では、血液中のヘモグロビン。鉄の周りにたんぱく質が結合した錯体です。また、数多くのがんに有効性が認められているシスプラチンも白金の錯体です」。金属イオンあるところに錯体あり。金属錯体は、医療から有機ELなどの化学工業まで、幅広い分野の機能性材料として応用されている。金属イオンに何を組み合わせるかにより機能が変化することから、イノベーションを起こすには、錯体化学の基礎研究が必要不可欠となる。

今野教授が取り組むのは、「錯体分子技術で物質科学の常識を打ち破る」研究。金属錯体の結合状態を調べ、その性質などを把握したうえで、これまでにない新しい機能を持つ錯体を創製しようとしている。実験対象となるのは、周期表の全ての元素。「錯体化学は全元素の化学。『周期表を旅する』が私のキャッチフレーズです」

目標は「未知の物質概念を創りあげること」

錯体化学は多様な分野と密接に結びついており、「未知の物質概念を創りあげる」ことが今野教授の研究目標。「例えば、自然界に存在するイオン性固体は、+イオンと−イオンが引きつけ合って交互に配列され密に結合しています。そのようなクーロン力(静電気力)に支配されない新しいタイプのイオン性固体を金属錯体をベースとして世界に先駆けて創製したい」

提唱している配列パターンは、+イオン同士と−イオン同士で集まる「電荷分離型」、内部に大きな空隙を持つ「低充填型」、イオンが自由に動き回る「イオン流動型」の3種類。

イノベーションにもつながる錯体構造を追究するきっかけは、2010年の偶然の出来事だった。「別の目的で学生が合成した錯体をX線解析して、全体構造を何げなく確認してみると、今まで見たことのない結晶構造が目の前に。その時、従来の概念とは真逆のイオン性固体を創製できると確信しました」

独自研究を続けていけば時代が追いつく


研究の難しさは、複数の金属イオンをどう組み合わせ、デザインするか。「金属が1個入った錯体から116個が結合した錯体まで、段階的に構造を広げてきましたが、学生時代から約30年かかりました」。また、研究生活で大事なのは「流行に流されず、注意深く地道にコツコツと続けること。自身の独自分野を極めると、時代の流れに合うテーマになることも」と語る。

今野研究室の特徴は、情報共有と学生を含む構成員間のコミュニケーション。1日2回の研究室ショートミーティングは欠かさない。「社員旅行感覚の年2回の旅行やボーリング大会も定番。懇親を深めるいい機会です」

日本の錯体化学は、故槌田龍太郎教授が大阪大学で始めたのが最初だという。孫弟子にあたる今野教授は、「当時は実利的な応用からは縁遠い研究でも、いずれ本当の花が咲くことも。それが、基礎研究の魅力です」と楽しそうに目を細めた。

●今野巧(こんの たくみ)
1980年筑波大学第一学群卒業。85年筑波大学化学研究科修了、理学博士。85年筑波大学研究協力課文部技官(化学系準研究員)、86年米国シンシナチ大学化学科博士研究員、87年筑波大学化学研究科助手、94年同講師、97年群馬大学工学部助教授、98年同教授を経て、2000年から現職。

(本記事の内容は、2017年6月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

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