StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

阪大を光科学の世界的研究拠点に

ファエノフ教授が大阪大学にやってきた理由は二つある。一つは人とのつながり。大阪大学に来ないかと声をかけたのは、旧知の兒玉了祐工学研究科教授(光量子科学研究部門長・未来戦略光科学センター長)。ファエノフ教授は、大阪大学を光科学の一大研究拠点にしたいという平野俊夫総長の考え、兒玉部門長の熱意に共感して来阪を決めたという。

もう一つの理由は、理化学研究所放射光科学総合研究センター(兵庫県佐用町)にある世界最先端のX線自由電子レーザー施設「SACLA(サクラ)」と関係がある。SACLAは、原子から自由な状態にした電子を高エネルギー加速技術を使って加速し、その電子を用いて非常に強いX線レーザーを作る装置。2012年の供用開始以降、大阪大学の光科学研究をすすめる研究室や各研究機関が、このSACLAを活用してさまざまな取り組みを進めている。SACLAを用いて、専門領域であるX線分光装置をさらに発展させたいと考えていたファエノフ教授を引きつけた。

SACLAの力で特殊な原子を観察

ファエノフ教授は自身で開発した高精度なX線分光装置により、複雑な物質変化を超微細なレベルで観測する研究に携わっている。その成果が多くの国々で注目され、これまで日、英、米などの研究機関で共同研究を行ってきた。しかし「SACLAほどの性能をもったX線自由電子レーザー施設は、世界中を探しても、米国のスタンフォード大学に一つ類例があるだけです。SACLAを用いれば、これまでのX線レーザー装置の限界を超えて、微細な世界を観測できます。原子内のある特定の電子をはがし、ユニークな原子を作ることもできるし、その原子の振る舞いをくわしく観察することだってできます」

そのユニークな原子は、地球上になく宇宙に存在しているような物質かもしれない。それが作れる可能性があるのだ。

またSACLAなら、10のマイナス15乗秒という非常に短いシャッタースピードで、X線撮影ができる。分子が変化するスピードより速いので、さまざまな物質の「変化のはじまり」、例えば細胞の代謝が始まる瞬間を撮ることができるという。

阪大生のチームワークに感心

ファエノフ教授は未来戦略機構光量子科学研究部門(第8部門)に所属する一方で、兒玉教授の研究室の研究者や学生とも交流を続けている。ファエノフ教授に兒玉研究室や学生の印象について聞くと、「兒玉研究室には、私の故国であるロシアや欧州出身のメンバーも所属しています。とても国際的でフレンドリーな環境です。学生たちは研究レベルが高いだけでなく、プレゼンテーション能力もとても高い。学部生でも、研究内容を簡潔に分かりやすく説明する能力を身につけています」と賞賛した。

また、学生たちのチームワークの良さにも感心しているという。SACLAを用いた研究は、3〜4日間、毎日24時間連続で行われるためシフトを組み対応する。その間、誰が何をして、引き継ぎはどうするかなどは、学生たちが自発的に考えて行動する。「学生たちは常に、限られた時間の中で最大の成果を上げることを考え、思いを共有しています」

この点については、SACLAを使った研究活動のリーダーである兒玉研究室の尾崎典雅准教授が「大阪大学は大型実験設備を用いた研究が多いので、学生たちは自然にチームワークを学んでいるのでしょう。大阪大学の文化だと思います」と補足してくれた。

多様な文化を持つ日本にひかれ

ファエノフ教授に日本の印象についても聞いてみた。前職の日本原子力研究開発機構・関西光科学研究所に勤務していた時代を合わせると、日本在住は8年になる。「日本は自然が美しいですね。そして人々が親切です。また、多様な文化が根付いていることにも心ひかれます。各地の特色を生かした博物館に行くのは楽しいですね」

また日本人は暮らしの中でイノベーションを成し遂げるのが得意だと感じている。「初めて来日した20年前に比べ、フランスパンが非常においしくなりましたよ。今では関西にも、本場フランス以上のパンを焼くパン屋さんがあります(笑)」と、うれしそうに語る。

ロシアと日本の研究者の懸け橋になりたいというファエノフ教授に、若い研究者へのメッセージを語ってもらった。

「大切なのは好奇心。好奇心に従って行動してほしい。そして常に創造的であってほしい。先人から受け継いだ知識の上に何を積み上げるかは、その人次第。たくさんのことを学び、それを柔軟かつクリエイティブに積み上げてほしいですね」

●Anatoly Faenov (ファエノフ・アナトリー)

1973年、モスクワ大学在学中にロシア科学アカデミー・レベデフ物理研究所に研究員として勤務。77年物理・数理科学における博士号取得。79年全ロシア物理技術・無線計測科学研究所研究員。84年ロシアの最高学位である上級科学研究者の称号を授与。同年、同研究所レーザー度量衡学部門長就任。90年多価イオンスペクトル・データベース研究所長就任。2007年日本原子力研究開発機構・関西光科学研究所研究員。14年大阪大学未来戦略機構教授。

(本記事の内容は、2015年3月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

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