StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

生物の形や模様は「波」からできている

平野 お二人とも、これまで研究者が気づかなかった生物の不思議に着目して研究成果を上げておられ、また研究そのものを楽しんでおられる様子がうかがえます。まず近藤先生から自己紹介を兼ねて、ご自身の研究内容をお話しいただけますか。

近藤 私は、生物の複雑な形や模様ができる仕組みに興味があり、この20年間、魚の皮膚模様を対象に研究を進めています。いきなり答えを言ってしまいますが、生物の模様は「波」なのです。自然界には水紋や風紋など、波による模様は至るところにできています。生物のカラダにおいても、細胞間の化学反応によって周期的な振動が起こり、それが周辺に伝わって波が起きるのです。それを証明した論文を英科学誌「Nature」に発表したら教授になれちゃった、というのが私の経歴の全てと言っても良いです。

平野 生物の模様は遺伝子ではなく化学反応でできているのですか。

近藤 そうなんです。それを数学をつかって予見したのが、アラン・チューリング(1912〜1954年)という英国の科学者です。ちょっと、難しい話になりますが、二つの化学物質が、互いに反応しあいながら拡散して行くと、そこに物質の濃度差による波ができることがあります。チューリングは、その波が生物の形や模様を作り出すと考え、その波を数式で表現し、それが動物の模様とそっくりのパターンを作る可能性があることを示しました。この数式で作り出される模様は「チューリング・パターン」と呼ばれ、コンピュータ・シミュレーションで描くと、縞、斑点、豹紋、キリン紋などが簡単に作れます。しかし、残念ながら証拠がなかった。私がやったのは、魚の縞模様がチューリング理論の予測のとおりに「動く」ことを発見し、チューリング・パターンの実在を世界で初めて実証したことです。

自律的に模様をつくる理論を魚で実証

平野 縞模様が動くというのは、どういうことですか。

近藤 タテジマキンチャクダイのストライプ模様は、体が大きくなると、縞がだんだん増えていきます。一方で縞の間隔は変わりません。どうやって増えるのか? 実は、1本の線が2本に枝分かれして、少しずつジッパーのように開いていくのです。魚の専門家ですら、この秘密は知りませんでした。3カ月で1㎝ほどしか動かないので、意識して見ていないとわかりません。しかし、チューリングの理論を知っていれば、計算機シミュレーションで、その変化は正確に予見できます。あとは、カメラを持って水槽の前に陣取り、ひたすら待てばよい。本当に動くことを確認した時は、人生で一番うれしかったです。

平野 そもそもなぜ、形や模様に興味を持つようになったのですか。

近藤 一言で言うと、「わけがわからない」からです。高校の頃に、Scientific American(日本版は日経サイエンス)で、イモリなどの肢が、どんなに切っても元に戻ることを知り、興味を持ちました。ちょうど遺伝子のことが分かり始めた時代で、「遺伝子が解れば何でも分かる」という時代の始まりでした。でも、私は、あまのじゃくだったのか、「全ての遺伝子が解読されても解けない問題をやりたい」と直感的に思いました。発生は、そういう類の問題なのです。だって、遺伝子はひとつのたんぱく質分子の性質を決めることしかできません。それで、個体という巨大で複雑で精巧な構造物の「形」を決めるには無理がありすぎますから。ただ、何をどうやって研究したら良いのか分からないので、とりあえず生物学を大学で学び、チャンスを待ちました。約15年経って、動物の模様が化学反応で起きるというチューリング理論に出合い、これだ!と思いました。この理論は、当時、全く受け入れられていませんでしたが、逆にチャンスだと思いました。

「まばたき」の研究を通して脳の仕組みを解明

平野 中野先生は、まばたき(瞬目)を制御する神経機構の解明や、自閉症の認知行動システムを解析しておられるのですね。

中野 まばたきの研究を通して脳の仕組みや活動を解明したいと思っています。私たちは3秒に1回、1分間に平均20回ものまばたきをしています。そしてまばたきには、音や光、風などの刺激をきっかけに起こる反射性瞬目、意図的にまぶたを閉じる随意性瞬目、特に要因なく生じる自発性瞬目の3種類があり、私たちのまばたきの大半は自発性瞬目にあたります。この自発性瞬目は眼球を潤すために生じると言われますが、目の表面を調べた結果から、湿潤のためだけなら1分間に3回ほどのまばたきで十分と分かっています。なぜ私たちはこんなにもまばたきをするのか。その仕組みを解明するため、音声のない2種類の映像を見てもらい、まばたきのタイミングを調べる実験を行いました。

まばたきで「情報のまとまり」をつくっている

平野 なぜ、まばたきのタイミングに注目したのですか。

中野 まばたきが脳の情報処理に関わっていると予想し、「同じ映像を見ている時には、皆が同じタイミングでまばたきをするのではないか」と考えました。そこでストーリーが次々に展開する映像(イギリスのコメディ映画「Mr.ビーン」)を見ている時の人々のまばたきのタイミングを計測しました。その結果、主人公の動作の終了や繰り返しの場面など暗黙の情報の切れ目で人々のまばたきが同期して生じていることが分かりました。つまり、私たちは無意識に「情報のまとまり」を見つけて、その切れ目でまばたきをしているのです。つぎに、このまばたきをしている時の脳の活動を f MRIという脳血流の計測装置を使って調べると、外部に注意を向ける神経ネットワークの活動が一過性に低下する一方で、内的な情報処理に関連しているとされるデフォルト・モード・ネットワーク領域の脳活動が上昇していました。このことから、まばたきの役割は、脳の拮抗する神経ネットワークの活動を交替させることで、見ているものから注意を解除し、情報のまとまりをつくることではないか、と考えています。

平野 中野先生は自閉症の人の認知行動システムも研究しておられますが、まばたきとの関連は?

中野 自閉症の人は同じ映像を見ていても、まばたきが他の人と同期しないのです。その人なりの情報処理パターンはあっても、「世界の捉え方」が違うので同期しないのだと思います。

平野 中野先生は一般企業に就職した後、研究の世界に戻ってこられたと聞いています。

中野 卒論で研究が面白くなったのですが、すでに就職を決めてしまっていたので、大手酒造メーカーに入社しマーケティングの仕事に就きました。でも研究のように自分自身で何かを発見した時の喜びを超えるものがなく、また、とんがっていても成果を上げれば認められるという、研究の楽しさが忘れられず母校の大学院に戻りました。

学問や研究は知的エンターテインメント

平野 お二人の場合、研究に対する情熱の原動力は何ですか。

近藤 動物の模様が「波」からできるなんてビックリではないですか。これまでのイメージとのギャップが大きく、誰も知らなかった真実を発見することに興奮します。何かが分かるというのは、非常に楽しい知的エンターテインメントだと思っています。

中野 私は人が着目していないけれども、じつは重要な研究をしたいと思っています。

平野 まだまだ女性研究者の数が少ないことについて、どう思われますか。

中野 ユニークであることは男女を超えた強みです。私のように子どもを育てていて時間が限られていても、研究がユニークなら居場所があると思います。

近藤 女性研究者は、もっと増えたほうがいいですね。ただ全ての分野に一律にということではなく、自然なバランスで増加するのが良いと思います。

平野 今、科学研究が、社会で役立つかどうかという出口志向に傾く傾向がありますが、どう感じておられますか。

近藤 このような研究で潤沢な研究費をいただいているので、基礎研究が軽んじられているという認識は特にありません。しかし大学は、成果が出るのに何年かかっても、基礎研究は最終的には社会に貢献できるのだという明確なスタンスを持つべきだと思います。

中野 自身のような王道ではない研究にもお金を付けていただいているので、科研費などの制度に不満はありません。どの分野で大変な発見があるか事前には分かりませんから、研究には多様性が必要で、出口志向のみになると日本は逆に世界に負けてしまうのではないかと思います。

謎や意味をさらに深く解明

平野 最後にお二人の夢を教えてください。

近藤 現在、形の一環として「骨」の研究も始めています。チューリング理論に迫るような独自の理論を発見できるとうれしいですね。そして将来、骨の形を自由自在に変えることができればいいなと思います。例えば鹿をキリン(の形)に変えたり。長い進化の過程で生物がしてきたことの謎を解けば、形も操れるはず。すでに今、ゼブラフィッシュをヒョウ柄にするなど、模様であれば自由自在に変えられます。

中野 まばたきに伴って脳の中ではダイナミックな変化が起きていることが分かったので、次は何のために3秒に1回という高い頻度で常に脳の活動を変化させないといけないのかを明らかにしていきたいと思っています。それにより、まばたきの機能を超えた、脳の情報処理機構の新たな律動原理の発見につながることを夢みています。

平野 お二人の話を聞いていると頼もしい限りです このような個性の強い研究者がいないと学問は進みません 今日はありがとうございました。

研究や学問には夢やロマンがある ─平野総長 対話をおえて

私たちが抱いている「知らないものを知りたい」という気持ちは、人間の本質でもあります。研究や学問には夢やロマンがあり、世の中をハッピーに心豊かにしてくれます。大阪大学は、創立100周年となる2031年に向けて、世界トップ10の大学を目指しています。研究や学問のレベルを上げることで、多くの課題を抱える地球社会に貢献したい。

また地球上には民族・文化・宗教などの多様性があり、それらはイノベーションの源泉である一方、多様性ゆえの衝突や紛争も起きています。そのような多様性のネガティブな側面をオーバーカムできるのが、人類の共通言語である学問です。大阪大学が「学問による調和ある多様性」を実現し22世紀に輝くことが、総長としての私の大きな夢です。

●近藤滋(こんどう しげる)

1982年、東京大学理学部卒業。84年大阪大学医学系研究科修了。88年京都大学医学研究科修了。88年東京大学医学部第1生化学教室研究員。90年バーゼル大学バイオセンター細胞生物学研究員。93年京都大学遺伝子実験施設助手。95年京都大学医学部医科学1講座・講師。97年徳島大学総合科学部教授。02年、理化学研究所発生再生科学総合研究センター位置情報研究チーム・チームリーダー。03年、名古屋大学理学研究科教授。09年8月から現職。研究テーマは「生体パターン形成原理の実験的・数理解析的解明」、「動物の皮膚模様形成原理の分子レベルでの全容解明」。

●中野珠実(なかの たまみ)

1999年東京大学教育学部卒業。09年東京大学教育学研究科修了。07年日本学術振興会特別研究員DC。09年日本学術振興会特別研究員RPD。10年順天堂大学医学部助教。11年から大阪大学生命機能研究科助教。12年から現職。研究テーマは「視線・瞬目の制御神経機構の解明」「自閉症の認知行動システム解析」。

●平野俊夫(ひらの としお)

1972年大阪大学医学部卒業。73〜76年アメリカNIH留学。80年熊本大学助教授、84年大阪大学助教授。89年同教授。2004年同生命機能研究科長。08年同医学系研究科長・医学部長。11年8月、第17代大阪大学総長に就任。05〜06年日本免疫学会会長。日本学術会議会員、総合科学技術・イノベーション会議議員。医学博士。サンド免疫学賞、大阪科学賞、持田記念学術賞、日本医師会医学賞、藤原賞、クラフォード賞、日本国際賞などを受賞。紫綬褒章受章。

(本記事の内容は、2014年12月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

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