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阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

微小物 質・ 微量元素から太陽系の進化を明らかに

平野 今日は40代という若さで大きな可能性を秘めたお二人に、宇宙の話をうかがえるのを楽しみにしてきました。寺田先生は、1971年に「アポロ15号」が持ち帰った月の砂や2010年に地球に帰還した「はやぶさ」から回収したイトカワの微粒子を解析するなど、NASAやJAXA、ドイツ・ミュンスター惑星学研究所とも共同研究を行っておられますね。

寺田 私は「同位体顕微鏡」を用いて、太陽系や地球・月を含む惑星が、いつどのように誕生したのか、その起源や進化を明らかにする年代学的考察に取り組んでいます。同位体顕微鏡とは、隕石やアポロ試料など地球外物質中にある同位体(同位元素)の組成分布を、3次元的に観察できる装置。実は1970年代の阪大理学部の成果で開発されたものです。微小物質中の微量元素の同位体の比率を調べることで、その物質の起源がわかります。例えば、私たちの周辺にある石の中には必ず微量のウラン(放射性元素)が含まれていて、鉛という元素に変化(放射壊変)していきます。同位体顕微鏡によりウランと鉛の比率を解析することで、その石が固まって何億年経ったかなどの年代が明らかになります。

平野 同位体顕微鏡による隕石などの解析で、太陽系の進化をさかのぼれるのですか。

寺田 太陽系の形成は約46億年前に始まったと推定されています。しかし始原隕石などには、太陽系形成前の超新星爆発などで元素合成された非常に微小の星周ダストが残されています。現在よりも高い空間分解能を持つ同位体顕微鏡を開発できれば、太陽系の誕生よりもさらに10億~20億年 つまり今から60億~70億年は宇宙の進化をさかのぼれると思います 望遠鏡ではなく 顕微鏡を用いて小さな物質の微量元素から宇宙を観るのが私の研究スタイル 隕石などの組成を分析することで、私たちの体を作っている元素の起源と太陽系の化学進化を解明し、物質科学的な立場から「宇宙の年表」を構築したいと思っています。

平野 寺田先生は、なぜそのような研究をしたいと思われたのですか。

寺田 実は小さい時から天文少年だったわけではないんです。ある日の高校の物理の授業で「重さも大きさも組成も異なる惑星達の運動が、F=maという万有引力の数式一つで表す事ができる(ケプラーの法則)」という太陽系の普遍性と多様性に非常に感動し、ぜひとも物理学を学びたいと思いました。

宇宙の構造形成をシミュレーションで理解

平野 長峯先生は、米国のプリンストン大学やハーバード大学などで17年間、宇宙論的視点から宇宙物理学の研究を続けてこられ、巨大ブラックホールや銀河などの構造形成について調べていらっしゃるのですね。

長峯 138億年前のビッグバンの直後に、宇宙の急激な膨張(インフレーション)が起き、数億年ほどを経て最初の星、銀河が誕生します。そして超新星の爆発、元素の進化、ブラックホールの形成など極限状態での物理現象が起き、現在まで構造形成が続いています。私は宇宙論的な視点から、その138億年にわたる構造形成・銀河形成の歴史を「宇宙の考古学」のようなイメージでさかのぼって見ていく研究をしています。宇宙全体を扱うという意味で、極小元素に注目する寺田先生の研究とは対極にあると思います。ビッグバン膨張宇宙論の根拠である宇宙背景放射(宇宙のあらゆる方向からやってくるマイクロ波)の密度を見ると、ほとんど一様な中に微妙な揺らぎがあります。この揺らぎを統計的に解析することで宇宙論パラメーターが決定でき、さらに宇宙の大規模構造・銀河・巨大ブラックホールなどの種ができた過程がわかります。

平野 宇宙背景放射の揺らぎには、どのような意味があるのですか。

長峯 ビッグバン直後の宇宙は、超高密度・超高温のプラズマで満たされていました。そこから宇宙全体が冷えていき、いろいろな構造が生まれていきました。あるとき、バラバラだった電子が陽子と合体し、宇宙が中性になるため、光が電子に行く手を遮られずにまっすぐ飛ぶ事 が出来るようになります。我々はこのビッグバンから38万年後の宇宙の姿を背景放射に見ています。統計的観測からわかっているのですが、宇宙のエネルギーの分配は、全エネルギーを100とした時、約70%が未知の「ダークエネルギー(暗黒エネルギー)」です。残りの30%は物質で、その物質密度の多くがまた「ダークマター(暗黒物質)」という、周囲の物質との重力的な相互作用でしか存在が確認できない不思議な物質であることが、間接的にわかっています。寺田先生が研究されている、宇宙の組成の4%ほどの物質(元素)だけでなく、ダークマターが寄与しないと銀河などが形成されないということもわかってきています。現在、ハッブル宇宙望遠鏡(地上約600km上空の軌道上を周回)により宇宙の一部分を奥深く見つめ、宇宙が誕生して数億年後に初めて作られたはるか遠方の銀河も観測できるようになりました。どんどん深い宇宙(若い宇宙)を見ていくことで、タイムマシーンのように時間をさかのぼって宇宙の進化を追い、統一的な枠組みのなかで宇宙の構造を理解していきたいと思います。

平野 銀河は、ダークマターの密な場所に生まれるのですか?

長峯 宇宙の構造の骨組みをダークマターが作っていると思われます。私は、ダークマターによる宇宙全体の構造形成や銀河の形成を、スーパーコンピュータを使って重力と流体力学の法則を解きながら、シミュレーションで再現しようと試みています。初期には、比較的のっぺりした状態なのですが、どんどん時間発展させていくと密度のムラがダークマターの重力で引っ張られて成長し、凝縮されて、構造が出来上がっていきます。つまりダークマターの重力相互作用とガスの流体力学を計算することで、宇宙の大規模構造や銀河の形成を追うことができます。実際に宇宙で観測されるような銀河の構造がコンピュータで再現できるようになってきていますから、渦巻き銀河や楕円銀河などの多様な構造を持った銀河がいろいろな時間に形成される、その多様性を統一的に理解しようと取り組んでいるところです。

平野 ダークマターやガスなどによって、異なった形態の銀河ができたりするきっかけは何ですか。

長峯 超新星爆発によるフィードバックなど、いろいろな効果のバランスがあり、そのあたりは、まだよくわかっていません。また一つ一つの銀河のなかに、非常に質量の高い超巨大ブラックホールが存在し、銀河と相互作用しながら成長しています。この銀河とブラックホールが「共進化」するというシナリオを、平成25年度に採択された「大阪大学国際共同研究促進プログラム(p.7〜10で特集しています)」で追究しようとしています。またこれらの研究により、理論を使って未来を予言できるようになります。今の宇宙論のモデルが正しいなら、宇宙はどんどん膨張しているため、近くの銀河がどんどん離れていき、数百億年ほど経つと、我々のまわりには一つも銀河がなくなり、「島宇宙」として孤立する時代が来るかもしれません。

平野 長峯先生が、このような研究に携わることになったきっかけは何ですか。

長峯 小・中学校時代から宇宙に興味があり、最初は宇宙開発や宇宙飛行士などに憧れていました。高校でアインシュタインの相対性理論に出合い、宇宙全体を実証科学として理論で考えることができるのだと知り、理論物理にのめり込みました。大学院に入ってから非常に多様な宇宙の構造が理論的に理解できることに気づき、天文学と物理学の学際領域に取り組み始めました。

人類の好奇心を代表して宇宙の研究に取り組む

平野 お二人が研究で喜びや面白みを感じるのは どのような時ですか。

寺田 私は、地球に落ちてきた月隕石の解析で、日本人にはウサギの姿に見える月の黒っぽい部分が、アポロ月試料の研究から考えられていた月の火山活動の定説を4億年以上さかのぼる43.5億年前に火山活動で出来たものだったことを突きとめました。2007年に英国の科学誌ネイチャーに論文が掲載されましたが、その時の新聞記事の見出しには、各国の「月に対する文化」が反映され非常に面白かったですね。日本では「月のウサギは43.5億歳?!」と紹介されましたが、フランスでは「月の男は40億歳」、ルーマニアでは「43.5億歳の月の顔」と紙面を飾りました。文化、国境を越え、「月」は万人に愛されているんですね。

長峯 論文を書いていて「宇宙のどこかでこういう事が起きているかもしれない」という事実を、今は世界で私だけしか知らないのだと思う時があります。ささやかですが、科学者になって良かったと思える瞬間で、非常に嬉しいです。また、理論物理はハードサイエンスで数式ばかりだと思われている傾向がありますが、アインシュタインが相対性理論を提唱するまでの苦労などのように、裏には人間のドラマがあると思います。

平野 最近は、社会にダイレクトに還元できる科学技術が優先される風潮がありますが、お二人はご自身の研究に、どのような思いで取り組んでいらっしゃいますか。

寺田 私の研究を支えているのは好奇心ですね。しかし「人間などの生命が、どこから来て、どこに行くのか」は人類全体の好奇心でもあるので、皆さんの興味・関心を代表して研究させていただいていると考えています。社会に必ずしも実質的な形で還元しなくてもよいのではないかと思いますし、それが許されるのも総合大学の強みではないかと考えています。もちろん、中学や高校、科学館や公民館などから声がかかれば、できる限り足を運んで、宇宙はどこまで解ってきたか、一般の皆さんに直接、お話をするようにしています。

長峯 私も、現時点では役に立たないように見える学問を、もっと認めてほしいと思います。相対性理論も当時は、何の役に立つのかわかりませんでした。しかし約100年を経た今、あの理論は、例えばGPS による位置検出に応用されています。私たちの研究も、すぐに役立つかどうかはわかりませんが、100年も経てば大変な価値が生まれる可能性もあると思います。

平野 私もお二人に同感ですね。人類の発展にすぐに役立つ科学技術の推進も、国策としては非常に重要です。一方で人間には衣食住だけに終始しない知的好奇心があり、それが満たされないと心豊かな生活はできません。音楽や絵画などと同じように学問も、人に夢を与えるロマンだと思います。はやぶさがイトカワの微粒子を持ち帰ったことには学術的な意味もありますが、国民はそれだけで大騒ぎしたわけではなく、はやぶさのロマンに感動したのだと思います。そういう意味で、自分の好奇心を追求しながら周りを幸せにできるというのは、研究者冥利に尽きますね。

長峯 寺田先生の研究などは将来、人類の利益に直結するかもしれません。人類が資源を得るため月に行った時、求める元素が掘削できる場所を特定できる可能性もあります。もしかしたらダークマターからエネルギーを取り出せるような技術も発見できるかもしれません。宇宙地球科学も地道に一つ一つ成果を積み重ねていくことで、いつか人類全体の利益や恩恵につながるかもしれないと信じています。

「国際共同」と「国際競合」のなかで研究を推進

平野 お二人は、それぞれの立場でグローバルに活躍されていますが、世界を相手に研究する意味をどのように感じていらっしゃいますか。

寺田 私たちの研究は、アポロ計画や「はやぶさ計画」の採取試料を研究対象とするので、必然的にグローバル化せざるを得ません。そのスタイルには、世界の研究機関との「国際共同」もあれば「国際競合」もあります。前任大学における私の研究室は、独自の装置を開発したことで世界中から研究者が集まってきました。それをこの宇宙地球科学専攻の研究室で再現したい。そして、そのような国際共同・国際競合の環境下で切磋琢磨することで、学生にもグローバルな感覚が必然的に身に付くのではないかと思います。

長峯 私は、バランスが難しいなと感じています。最先端の研究に取り組もうとすると、世界中の研究者と競合することになり、研究の潮流を見る必要性が生じます。しかし、日本は世界から少し距離のある島国で、地理的に不利な点があります。そのディスアドバンテージをアドバンテージに変換して独創的な研究をするのか、それとも世界の流れに沿う中で頑張っていくのか。グローバル化することで世界の潮流に沿った陳腐な研究になってしまわないよう、独創性も追求しながら道を見いだし、活躍していきたいと思っています。

平野 寺田先生の場合は、同位体顕微鏡の精度を上げるという独自の研究で世界との競争に勝てますが、長峯先生の場合は自分の独創性をどう出すのかが難しいかもしれませんね。私がいるバイオロジーの世界は、研究対象が生き物ですし、人により研究方法も異なりますから、ある意味でユニークさを発揮しやすい。そのかわり、普遍的に素晴らしいと言ってもらえる結果を出せる確率は低いという難しさもあります。では、少し視点を変えて、人材育成の観点で、指導しておられる学生に対してアドバイスやメッセージなどはありますか。

寺田 阪大生には、もっと元気を出してほしいと思います。集団の中で目立ちたくないのでしょうか、自ら壁を作ってしまってもったいないような気がします。私たち教員も、研究や学問の楽しさや開拓精神をもっとアピールしていく必要があるのかもしれませんね。

長峯 もっと積極的になり、能動的に行動してほしいと思います。90分間の授業をしていて一度も質問が出ないことがあり、とても残念です。しかし、学生たちは教員をしっかりと観察していますから、お手本を見せれば理解して付いてきてくれるのではないかと感じています。良い方向に持って行けるよう努力したいですね。

平野 さて、いろいろ意義深いお話をうかがってきましたが、最後に、お二人の夢や目標を教えてください。

長峯 20世紀の科学は「要素還元主義」で、複雑な事象を理解しようとする時、素粒子の統一理論のように、その事象を構成する要素に極限まで分解し、個別の要素を理解することで、元の複雑な事象を統一的に理解しようという考え方をしていました。しかし21世紀の科学は、逆の方向に目を向け始めていて、複雑系や宇宙物理の世界においても多様な惑星・銀河の存在がわかってきています。その統一的な論理を用いつつ、多様性をどこまで理解できるか。それが今後の重要な論点ではないかと思っています。

寺田 私は元素という物質を扱っているので、元素の合成から太陽系と地球の形成、生命の誕生という流れを追い、時間軸を決めてシームレスにつなげていきたいですね。生命の誕生は人類の究極の研究課題であり、私の人生の時間内に解明するのは無理だと思いますが、そこに向けた大きな潮流を作りたいです。

平野 お二人のお話は非常に力強く、世界トップレベルの研究をしている強い自信を感じます。大阪大学は創立100周年を迎える2031年に世界トップ10の大学を目指していますが、十分に達成できるだろうと思い、嬉しくなりました。一層のご活躍を期待しています。

知的好奇心と人類に役立つ可能性のために ─平野総長 対話をおえて

学問は、本人だけでなく世界の人々の知的好奇心を満たし、また遠い将来に役立つ大きな可能性も秘めています。大阪大学が創立100周年を迎える2031年に向けて世界トップ10の大学を目指すのも、人類の未来への強い信念があるからです。地球における民族・言語・政治などの多様性は、社会が発展し人間が心豊かに暮らすために必須です。しかし時に、その多様性が衝突し合って争いが起き、人類の未来に暗い影をもたらすこともあります。学問は、スポーツや芸術などと同じように人類の共通言語です。学問を介して、考え方・宗教の違いを超えて世界から人々が集まってコミュニケーションをできる大きな力を持っています。それが21世紀の大学の大きな役割だと思っています。

●寺田健太郎(てらだ けんたろう)

1966年生まれ。89年大阪大学理学部物理卒業。94年大阪大学理学研究科物理学専攻修了、同年広島大学理学部助手、2006年同大学理学研究科准教授、10年同研究科教授。12年4月から現職。2011年に文部科学大臣表彰「科学技術賞 研究部門」を受賞。

●長峯健太郎(ながみね けんたろう)

1973年生まれ。96年東京大学理学部物理学科卒業。2001年プリンストン大学理学研究科物理学科修了、同年ハーバード大学天文学科ポスドク研究員、04年カリフォルニア大学サンディエゴ校ポスドク研究員、06年ネバダ大学ラスベガス校物理天文学科Assistant Professor、11年同大Associate Professor。13年6月から現職。

●平野俊夫(ひらの としお)

1947年大阪府生まれ。72年大阪大学医学部卒業。73〜76年アメリカNIH留学。80年熊本大学助教授、84年大阪大学助教授。89年同教授。2004年同大学院生命機能研究科長。08年同大学院医学系研究科長・医学部長。11年8月、第17代大阪大学総長に就任。05〜06年日本免疫学会会長。日本学術会議会員、総合科学技術会議議員。医学博士。サンド免疫学賞、大阪科学賞、持田記念学術賞、日本医師会医学賞、藤原賞、クラフォード賞、日本国際賞などを受賞。紫綬褒章受章。

(本記事の内容は、2014年6月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

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