StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

「なぜ」を突き止めたい

がんは、早期から中期までは多くの場合、手術だけで治せる。現在では、大腸がんなどは、へその部分を3センチほど切って管を入れ、内部をモニターに映しながら手術できるようになった。しかし、がんが大きくなると転移や再発が多くなる。そういう患者さんに提示される治療の選択肢のうち、一番多いのは抗がん剤による治療である。

「抗がん剤で治療すると、がんは小さくなり、場合によっては消えてなくなります。しかし9割以上の方は、数カ月から数年後に再発します。そして抗がん剤が効かなくなっていくケースが多いです」と語る森正樹教授。「外科医として治せる範囲は治すが、手術をしても再発する。進行するに従って再発率が高くなる。抗がん剤、放射線治療は、一旦は効き目があるが、根本的な治癒が、なかなかできません」。臨床の場での経験が「なぜ再発するのか」を突きとめたいという思いとなり、森教授はがん幹細胞研究の道に入っていった。

がん幹細胞の恐るべき威力

がん細胞の中には、抗がん剤にやられやすい細胞と、やられにくい細胞があることが分かっている。やられにくいがん細胞は最近「がん幹細胞」と呼称され、注目されている。がんの中に数%含まれており、分裂して普通のがん細胞(娘細胞)をつくる。「手術をしても、がん幹細胞が残っていると転移・再発する」と森教授は言う。

「がん幹細胞は非常に手ごわいです。まず、自分を守る仕組みが強い。抗がん剤が血液で運ばれてきて細胞に作用すると、細胞内に入っていく。けれども細胞は、それを外に出す仕組みをもっており、がん幹細胞の場合には、その力が圧倒的に強いのです」(図1)。また、さまざまなストレスにも強い。「ストレスですぐへばってしまう細胞は、活性酸素をたくさん出していることが分かっています。生体がストレスに反応しようとする時に、エネルギーを必要とする。その時に、娘細胞の場合は活性酸素をたくさん出してしまうため、自分自身がやられてしまうが、がん幹細胞は活性酸素をほとんど出さずにきちんと対応でるのでストレスに強いのです」

根治への道を開く物質発見

森教授たちはがん幹細胞を集め、それらをやっつける物質を見つけようと、数万種類もの化合物を調べている。すると、中に効くものがあった がん幹細胞に効き目がありそうな 新しい抗がん剤が発見されたのである。画像で見ると、新しい抗がん剤が効いてがん幹細胞が破裂する様子が分かる ただこの物質は、娘細胞には効き目がない。そこで普通の抗がん剤と新しい抗がん剤を両方投与してはどうかと考えた。

2種類の抗がん剤をうまく組み合わせることで、がんの根本的治療ができるのではないか、という希望をもって研究を続けている。

副作用のないがん治療を求めて

森教授は今、がん細胞をより穏やかな性質をもった細胞に作り替える「細胞リプログラミング」という研究を進めている。きっかけは2006年、京大の山中伸弥教授の研究室でiPS細胞が発見されたことに触発されたそうだ。「山中先生は、多分化能 ※1 をもつiPS細胞を作るために、正常細胞に4つの遺伝子を導入しました。それを見て私たちは『同じ遺伝子をがん細胞に入れたらどうなるだろう』と考えて、やってみたのです。ちょっとした遊び心でした」

「性質が悪いがんができるのではないか」と予測したが、実験結果は違った。大腸がん、肝臓がん、膵臓がん、どれも山中4遺伝子を導入して30日くらい経つと球状の塊ができ、作られた細胞では、元の遺伝子異常が治っているわけではないようだが、ふるまい方は正常細胞に近づいていた。

「マウスに山中遺伝子を入れた細胞を移植しても、全くしこりが出なかった(図2)。押さえつけられていたがん抑制遺伝子が跳ね起きていたのです。20種類くらいのがんで調べたが、どれでもこういう現象が起きる。そこで、治療に生かせるのではという発想になりました」

※1多分化能
幹細胞が有するとされる複数系統の細胞に分化できる能力のこと。

がん細胞にだけ届くドラッグ・デリバリー・システム(DDS) ※2 を共同で

森教授たちは、当時から生体内での安全性がほぼ確認されていたマイクロRNAを使って、正常細胞からiPS細胞を作成する方法を研究した。そして膨大な数の遺伝子を「力仕事で」調べた結果、特定の3つのマイクロRNAの組み合わせで、最も効率よくiPS細胞ができることを突きとめた。

次に、その3マイクロRNAをがん細胞に導入してみた。すると「3週間目まで全然大きくならない。それを過ぎると少しずつ大きくなり始めるが、それでも、1〜2週間おきに追加すれば抑制できる。対照群との差は明らかでした。今は薬学部の小比賀聡教授のグループ、東大でDDSを研究されている片岡一則教授のグループとチームを作り、マイクロRNAを効率よく、良い形でがんに取り込ませ、おとなしくさせる方法を開発しようとしています」

※2ドラッグ・デリバリー・システム(DDS)
目標とする患部(臓器や組織、細胞、病原体など)に、薬物を効果的かつ集中的に送り込む技術。薬剤を膜などで包むことにより、途中で吸収・分解されることなく患部に到達させ、患部で薬剤を放出して治療効果を高める手法。「薬物送達システム」、「薬物輸送システム」などとも呼ばれる。


新たな治療の選択肢が生まれる

第1の「新たな抗がん剤と従来の抗がん剤の組み合わせ」という方法をとると、完治する可能性があるが、副作用も出ると予測される。一方、第2の治療法は、がんを根本的に治すというよりは、ある意味、人とがんを共存させようというもの。どの治療法を選ぶかは最終的には本人の選択だが、森教授たちは60代までの人には第1の方法を優先させ、70代以上の人には第2の方法を優先したらどうかと考えている。がんを克服し、がんを恐れずにすむ日が来ることを信じて、森教授は多忙な研究と診療に明け暮れている。


森 正樹(もり まさき)

1956年生まれ、鹿児島県出身。86年、九州大学医学系大学院修了。以来、外科医として診療に携わる一方、外科学の立場からがん研究を続けている。2005年、世界で初めて肝臓のがん幹細胞を発見。08年から大阪大学医学系研究科教授。日本医師会医学賞(10年)、高松宮妃癌研究基金学術賞(13年)、小林がん学術振興会革新的研究表彰(09年)、佐川がん研究振興財団佐川特別賞(13年)などを受賞。

(本記事の内容は、2014年3月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

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