StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

自身の治療体験から医療を志した

平野 今回は、心臓病治療の最前線で活躍しておられる二人の若手医師をお訪ねしました。坂田先生は重症心不全の内科的治療や臨床研究に、戸田先生は心臓弁膜症や心不全など重症心臓病の外科的治療に携わっておられます。まずお二人が医師になり、心臓病の治療に取り組むことになったきっかけからお話しいただけますか。

坂田 私は生まれつき心臓が悪く、2歳の時に手術を受けました。現在は完治していますが、両親は大変な苦労をしたようで、小さい時から医師になり心臓に携わる仕事に就きたいと思っていました。そして阪大医学部に入学し、偶然にも私の心臓手術をしてくださった先生にお会いしました。心臓外科への道を薦められたのですが、自身の適性を考え心臓内科の道を選びました。

平野 命を救ってくれた先生と運命的な出会いがあったわけですね。

坂田 そうですね。また私には今も心に残る症例があります。13歳の男の子ですが、心臓の動きが非常に悪く、強い呼吸困難がある拡張型心筋症でした。懸命に治療し、外科で補助人工心臓を入れて心臓移植を待ちましたが、結局、感染症で亡くなりました。助けられなかったという思いが心に残り、内科医として、やはり何とか薬で治らないかということを、ずっと考え続けてきました。

平野 私自身の経験にも通じる部分がありますね。阪大病院の第3内科に入り、初めて受け持ったのが肺がんの患者さんでした。家族のように感情移入して、最後まで必死に尽くしましたが、結局、半年後に亡くなりました。私も若く、今思えばプロになりきれていなかったんですね。非常に大きなショックを受けて、当時の医療の限界をひしひしと感じて、未来の医療を開発したいと思い、基礎医学研究の道を選びました。戸田先生は、なぜ心臓血管外科を志されたのですか。

戸田 外科に進むつもりでいて麻酔科で研修中に、印象的な症例がありました。整形外科の先生による骨盤腫瘍の手術中、急に患者さんが心停止になりました。腫瘍が肺に飛んだのです。心臓外科の先生が呼ばれ、当時注目され始めていた経皮的心肺補助装置(PCPS)の処置をして血圧を維持して、肺動脈の腫瘍を取り除き、患者さんを救命することができました。残念ながらその患者さんは肺への転移で半年後くらいに亡くなってしまいましたが、半年間生きられたことで、患者さんは幼い娘さんと会うことができたそうです。すごい治療があるのだなと感銘を受け、人工心臓にかかわる医療に取り組みたいと強く思いました。


心不全の研究や人工心臓に取り組む

平野 現在の治療や研究などの取り組みについて教えてください。

坂田 先ほどお話した13歳の男の子の症例もあり、適切な内科的治療を適切な時に行わないと患者さんは救えないのではないかと考え、心不全の進行過程など本質的な部分を把握するための研究を多方向から進めてきました。心臓に遺伝的あるいは後天的要因で負担がかかると、それに打ち勝とうとする代償(バックアップ)機能が働きます。しかし、どこかで代償が効かなくなり、最終的には心不全に陥ります。しかし、その時期が的確に把握できていないため、全ての段階において同じような治療をせざるを得なくなっているのが今の大きな問題です。その時期を解明することで、それぞれの患者さんの病気の段階に合わせた治療ができるよう研究を続けています。

戸田 心臓血管外科としては、三つの方向性を考えています。現在、全国の関連病院に阪大・心臓血管外科出身の若い医師が約160人います。また医局にも、年間平均6人の新人が入局します。我々には彼らを多くの症例で教育していく責務があり、私たちが実施している心臓手術は年間500例以上にのぼっています。また重症心臓病に対する治療では、心臓移植が再開された1999年以降、全国の約3分の1にあたる50例超の移植が実施されています。しかし、心臓移植のドナーが慢性的に足りない状況が続いており、移植の日までポンプ機能を代行する人工心臓の埋め込みを、日本で最も多い200例以上実施しています。今日は最新の補助人工心臓を持参しました。テクノロジーが日進月歩し、日本人の体格にフィットする非常に小型の人工心臓が開発され、故障も少なく、保険適用も可能になり、移植まで生きられる人が多くなっています。

平野 人工心臓は、ご本人の心臓を体内に置いたまま埋め込むのですか。

戸田 そうです。ポンプの中のスクリューが分速1万回転近くで回ることで、心臓のポンプ機能を代行します。またこのような外科手術だけでなく、最近は低侵襲の治療にも力を入れています。超高齢社会になり、例えば80歳以上の大動脈弁膜症の患者さんなども増えています。手術に耐えられるよう胸を開けず、カテーテルを使用した手術なども内科の先生と共同で行っています。

「最後の砦」としてチーム医療を重視

平野 阪大病院は重症心不全の治療において、日本の「最後の砦」だと聞いています。その理由を教えていただけますか。

坂田 心臓移植の認定施設であること。そして日本全国の病院から、治療が困難になった患者さんを多く受け入れてきたことが、理由の一つだと思います。それぞれの病院でも懸命に治療されたと思いますが、内科的に少し見方を変えると、何らかの治療の余地がある患者さんもおられます。「最後の砦」という表現には、患者さんが人工心臓などの機械や移植された心臓に頼らず、自分の心臓で生きる最後のチャンスを見逃さないという意味も含まれます。これは、後に信頼できる心臓外科の先生方がいるからこそ、私たち内科が思い切った治療ができるという背景もあります。

平野 今のお話にも関連しますが、大阪大学のハートセンターほど外科と内科がうまく連携している例は他にないと聞いています。戸田先生は、外科医の立場でどのように感じておられますか。

戸田 外科医は個人の技量をとかく言われがちですが、阪大の心臓血管外科は結構まとまりがあり、ハートセンターでは内科とのコミュニケーションも取れています。これだけの人数が同じ方向を向いてチームプレイに取り組んでいる例は、なかなか他の病院では見られないと思います。語弊がある言い方かもしれませんが、同じ環境で育ったという同属意識がそうさせているのだと思います。

坂田 またハートセンターでは、心臓外科の先生と内科でカンファレンスを行います。話し合いを積み重ねてきたことにより、外科、内科の垣根を越えて患者さんにとって最も良い治療を提供するという意識が非常に強くなってきています。

喜び、落ち込み、日々苦闘

平野 これまでの医療や研究において非常に感動したこと、うれしかったこと、あるいは逆に苦しかったことはありますか。

坂田 患者さんの状態が良くなって感謝していただけることは非常にうれしく、幸せな仕事だと思います。また、現場で解決しえなかった小さな現象などについて、研究の結果、何らかの方法で解決できた時の喜びも大きいですね。循環器内科の若い医師にも、ぜひそのような喜びを伝えていきたいと思います。苦しいのはやはり、「助ける」と言った患者さんを助けられなかった時です。「絶対助ける」という言葉は、本当は言ってはいけないのかもしれませんが……。

戸田 重症心不全外科の場合は日々、喜んだりガックリ来たり、ジェットコースターのような感じです。しかし、長く入院されていた患者さんが人工心臓などをつけて自宅に帰れるようになり、外来などに通って来られる元気な姿を見ると、あの手術は非常に苦労したけれど、やって良かったなと思います。ただ、どうしても強く印象に残るのは、「どうして助けられないのか」と思う患者さんの方ですね。

平野 うまくいかなかった場合の方が、人間の心は引きずりますね。そしてそれが原動力になることもあれば、落ち込んでしまうこともあります。そのような医療や臨床研究を含めて、お二人が医師として研究者として最も心がけておられることは何ですか。

坂田 一般臨床では、できる限り患者さんの気持ちを考えることです。情報提供するにも、患者さんやご家族の気持ちに寄り添い、受け入れていただきやすい話の仕方を考えるようにしています。大学病院では信頼関係が非常に重要です。私たちは、研究をして未来の医療に結びつけていく必要がありますから、普通レベル以上の信頼関係が求められます。そしてそれは、何年もかけて作り上げていくもの。日々の患者さんとのコミュニケーションから積み重ねていく必要があると考えています。

戸田 先進的な医療を行う場合、医師が患者さんと共に前に踏み出すことが非常に大切です。先進的ということは前例があまりないということですから、よほどの信頼関係と、患者さんの深い理解が必要です。また医師だけでなく、看護師や臨床工学の人も含めて同じ理解を共有し、同じ方向性で治療するという、コメディカルスタッフ(医師以外の医療従事者)とのチームワークも大事だと思っています。

情報共有やコメディカルによる発信を

平野 直近の医療や研究における課題や、何か困難な問題はありますか。

坂田 医療の継続性を保ち、かつ先進医療に取り組むための人的環境を整えていただかなければならない、と思っています。また時代と共に、医療や研修システム、医学生などもどんどん変化しつつあります。ですから、循環器内科としても多くの病院と連携し、変化に合わせた医療チームを作っていく必要があります。情報を共有し、支え合えるようなチームを作り、次の医療へと進んでいきたいですね。

戸田 病棟などを見ると、看護師や臨床工学技士の人たちも専門性を持って頑張っていますが、もっと阪大の先進性を表に出しても良いのではないかと思います。医師に付いていくような体制ではなく、最先端医療で経験を積んだコメディカルスタッフがもっと積極的に自由に発信することで、私たち医師にも相乗効果が出てくるはず。またそのような体制ができれば、適塾のようにそれを学ぼうとする人たちが全国から集まり、大学としてのスケールも大きくなると思います。

平野 最後に、おふたりの夢を教えてください。

坂田 最近よく言われていますが、循環器の分野でも、患者さん一人一人に対する個別医療をもっと進めていきたい。そのためには、ゲノムレベルから個々の患者さんを観察していく必要があります。それにより、もっと早く患者さんを治すことができたり、また患者さんが穏やかに最後を迎えることができるような緩和医療にもつながっていくと思います。大阪から新しい循環器医療を、世界の患者さんに届けたいですね。

戸田 人工心臓も、大きさや機能が大きく変わり、患者さんの平均余命が数年も長く期待されるような時代になってきました。治療方法はテクノロジーや材料科学と共に進んでいきますから、今後どうなるかが非常に楽しみです。外科医としては、人工心臓などの埋め込み手術の方法をさらに進歩させて、患者さん自身の心臓が止まっているような場合でも、人工心臓で生きていけるようにしたい。また、このような差し迫った状況の患者さんを何とか救命し、内科の先生方に治療の余地を提供するといった連携もできればと考えています。

阪大の先進医療を世界へ─平野総長 対話をおえて

大阪大学は適塾が原点ですが、創立100周年を迎える2031年には、『GLOBAL UNIVERSITY「世界適塾」』として、世界から多くの人が集まり、その人たちが世界各地で活躍する大学になっていてほしいと思います。このハートセンターでは今後、日本だけでなく、アジアや中東からの重症心不全患者さんを治療する予定と聞いております。循環器内科・心臓血管外科が連携して提供する大阪大学医学部附属病院の先進医療が、世界最高水準として認められるよう、ぜひお二人のような若い力に頑張っていただきたい。今日、お話をうかがい、私も元気が出てきました。

●坂田泰史(さかた やすし)

1993年大阪大学医学部卒業。95年7月大阪警察病院循環器科医員、2002年大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了(医学博士)、同年米国テキサス州ベイラー医科大学循環器内科ポスドク、04年大阪大学医学部附属病院総合診療部医員、06年大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学助教、12年同講師・診療局長、13年12月から現職。心不全、特に拡張心不全の発症メカニズムの診断・治療が専門。現在の楽しみはベースを弾くことで、目標は娘さんとのセッション。

●戸田宏一(とだ こういち)

1989年大阪大学医学部卒業。91年日生病院外科医員、93年国立循環器病センター研究所人工臓器部研究員、96年米国コロンビア大学心臓外科リサーチフェロー、98年米国オクシュナークリニック胸部心臓血管外科レジデント、2000年米国ブラウン大学心臓血管外科クリニカルフェロー、01年桜橋渡辺病院心臓血管外科医長・部長、03年大阪大学大学院医学系研究科心臓血管外科助手、05年大阪労災病院心臓血管外科副部長、08年国立循環器病センター心臓血管外科医長、12年4月から現職。重症心不全に対する再生治療・外科治療、補助人工心臓、心臓移植などが専門。趣味はテニスと自転車(ロードバイク)で、六甲山に登ったり、近くの海で釣りをしたりもする。

●平野俊夫(ひらの としお)

1947年大阪府生まれ。72年大阪大学医学部卒業。73〜76年アメリカNIH留学。80年熊本大学助教授、84年大阪大学助教授。89年同教授。2004年同大学院生命機能研究科長。08年同大学院医学系研究科長・医学部長。11年8月、第17代大阪大学総長に就任。05〜06年日本免疫学会会長。日本学術会議会員、総合科学技術会議議員。医学博士。サンド免疫学賞、大阪科学賞、持田記念学術賞、日本医師会医学賞、藤原賞、クラフォード賞、日本国際賞などを受賞。紫綬褒章受章。

重症心不全患者を全国の病院から受け入れています

【北海道】 旭川医大附属病院

【東 北】 東北大学病院

【関 東】 埼玉国際医療センター/東京女子医大病院/東京大学病院

【中 部】 岐阜県立多治見病院/大垣市民病院/佐久総合病院/安城更生病院/名古屋徳洲会病院/藤田衛生保健大学病院/名古屋大学病院/富山県射水市民病院/富山大学病院/金沢循環器病院/金沢大学病院/市立敦賀病院/福井県立循環器病センター

【近 畿】 神鋼病院/神戸大学病院/西宮市民病院/協立病院/尼崎中央病院/神戸赤十字病院/市立川西病院/姫路循環器病センター/加古川東市民病院/神戸労災病院/県立尼崎病院/近畿大学附属病院/国立循環器病センター/大阪労災病院/三島救命救急センター/友紘会病院/大阪警察病院/住友病院/市立豊中病院/済生会千里病院/博愛茨木病院/大手前病院/大阪府立急性期総合医療センター/松原徳洲会病院/中津済生会病院/箕面市立病院/市立池田病院/大阪医療センター/大阪市大病院/関西医大病院/石切生喜病院/加納総合病院/八尾徳洲会病院/桜橋渡辺病院/市立奈良病院/天理よろづ相談所病院/近畿大学奈良病院/京都第一赤十字病院/京都医療センター/三重大学病院/市立四日市病院

【中 国】 広島市民病院/広島大学病院/呉医療センター/山口大学病院/鳥取大学医学部附属病院/岡山大学病院/倉敷中央病院

【四 国】 香川大学病院/愛媛大学病院/愛媛県立中央病院

【九 州】 久留米大学医学部附属病院/宮崎市郡医師会病院/鹿児島大学病院/鹿児島医療センター

(本記事の内容は、2014年3月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

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