StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

材料工学アプローチで骨にかわる材料開発

平野 私はずっと材料科学分野の研究者と対話したいと思っていましたので、今回お二人の研究についてうかがうのを楽しみにしていました。まず中野先生から、ご自身の研究内容についてご説明いただけますか。

中野 私の現在の研究は簡単に言うと、骨の代替材料を骨微細構造に基づき開発することです。そのバックグラウンドになっているのが金属材料研究です。社会基盤を支える金属材料といえば、鉄やアルミニウムなどですが、こうした材料は一般に立方体構造で高い等方性(性質が方向によって異ならないこと)を示すという特徴があります。一方で骨組織など自然界の構成物は極めて強い異方性(性質が方向によって異なること)を示します。そのため、私は、生体内で等方性が高い材料を必ずしも使う必要はないと考えています。代替材料として生体機能を発揮するためには、自然界の異方性を活用すべきであると考え、異方性の材料科学を極めたいと思っています。

最初のきっかけになった航空宇宙材料を研究する中で、高い異方性を持つ六角柱の構造がわずか10%存在するだけで、材料特性を決めていることを見つけたことが、私がマテリアル研究に魅了されるきっかけです。

平野 つまり材料の10%の構造を変えることで全体の特徴が全くかわるということですか。

中野 そうです。等方性は材料が変形するためにこれまでは常識的に利用されてきましたが、異方性は必要な方向に必要なだけ、さらには特定方向に極めて高い機能を発揮させたり、新規な機能を創出させたりもできます。もともとは金属材料研究に没頭していたのですが、異方性材料の可能性に興味をひかれ、研究の主体が異方性を共通項に持つ骨にかわっていったのです。

骨強度発現のメカニズムを知る

平野 なぜ骨に興味を持つようになったのですか。

中野 それまでは主に等方的な材料研究に携わっていましたが、JALのボーイング787に搭載されているチタンとアルミの組み合わせなど、耐熱材の「タービンブレード」を研究し、異方性が非常に重要であることを見出しました。同じように「力を支える材料」ということで、骨自体さらにはその機能を代替する人工関節などの研究に魅かれていきました。

平野 航空機の素材から骨にテーマがかわるとは、大変飛躍しましたね。

中野 実際、骨の治療には金属材料が多く使用されていて、生命科学の分野に材料工学から貢献できないかと考えたのです。骨は成分の9割が、しなやかな線維としてのコラーゲン(タンパク質)と強度を発揮するアパタイト(セラミックス)からできています。これまで骨の強度はアパタイトの密度(骨密度)で決まると信じられていましたが、材料工学が得意とする原子レベルで骨を見ていくと、例えば骨の再生時にはアパタイトの配向性(骨質)が強く支配していることがわかってきました。つまりアパタイトの並び方が非常に重要なのです。

平野 もう少し具体的に説明してください。

中野 私は、このアパタイトが航空機に使われる材料の一部である六角柱状の異方性結晶構造を持つことも知りました。骨は、六角柱のアパタイトと線維状のコラーゲンが一定方向に規則的に並んだ構造をしており、こうした構造が荷重に対する力学的な強さをもたらしています。また骨は、荷重が異なる部位毎にアパタイトの配向性が異なるなど、優れた構造を持っていることも見出しました。私は、骨は一定の構造ができていても荷重をセンシングする細胞によって配向性が柔軟に変化するものと考えています。研究室では、工学研究科では珍しく動物飼養施設も完備し、生体内における骨配向化のメカニズムを原理原則から明らかにしたいと挑戦しています。

平野 そのような研究は生命科学の分野かと思いますが、それをどう材料工学と結びつけていくのですか。

中野 骨に学ぶというか、骨の微細構造が原子レベルで行っている仕組み、さらにそれを模倣した材料を代替材料で実現できないかと考えました。例えば人工関節などは、骨の微細構造に学び、あたかも生体骨として振る舞うような、そして長期に骨となじみ、維持できるような人工材料を作りたいと考えています。

太陽光を化学エネルギーに変換する光触媒

平野 では、同じマテリアル系の森先生、ご自身の研究について説明ください。

学生時代から一貫して、触媒材料の設計・開発を行っています。触媒は、表舞台に出てくるものではないのですが、 「化学反応のあるところに触媒あり」 と言われるように、縁の下の力持ち的な重要な存在です。実際触媒技術は、環境や資源エネルギー分野、化成品製造、医薬・農薬分野など、あらゆる場面で使用されています。私の研究テーマは、太陽エネルギーで駆動し、水から水素エネルギーを製造する人工光合成型の新しい光触媒の開発です。太陽エネルギーの地球表面への供給量は 3.0 × 10 24 /年ですが、人類のエネルギー消費量は 5.5 × 10 20 /年。つまり計算上では地球上に降り注ぐ太陽エネルギーの約0・02%を有効利用できれば、人類が必要とするエネルギーが賄えます。極めてチャレンジングでありますが、実用化レベルにまで発展すれば、人類が直面している地球規模でのエネルギー問題を解決できるような、波及効果の大きな研究成果となります。

平野 光触媒とはどのようなものなのか教えてください。

地球上に無尽蔵に降り注ぐ太陽エネルギーを、有用な化学エネルギーに変換するための材料のことです。光触媒の開発には世界中の研究者が取り組んでいますが、有機材料か無機材料、どちらか一方からのアプローチがほとんどです。私はこの分野でのブレークスルーを達成したいと思い、金属錯体を基盤とした有機材料と多孔質シリカを基盤とした無機材料の特徴を併せ持った光触媒の開発にチャレンジしています。


白金より高活性な触媒を開発

平野 触媒は、自動車の排気ガス処理にも使用されていますね。

日本ではガソリンエンジンが主流ですから、ガソリン用三元触媒を使用して、排気ガス中の炭化水素・一酸化炭素・窒素酸化物を、無害な二酸化炭素と水に分解して排出しています。しかし、触媒に用いられている白金・ロジウム・パラジウムなどの貴金属は非常に希少で高価なので、世界的に確保が難しくなる時代が来るといわれており、脱貴金属が検討されています。一方、ヨーロッパで主流であるディーゼルエンジン用の排ガス処理触媒の開発も重要な研究課題です。ディーゼルエンジンは変換効率が高く、ガソリンより安価で低燃費といった特徴がありますが、窒素酸化物や、最近中国からの飛来が問題になっているPM(粒子状物質)などが発生するデメリットもあります。こちらも現状では高価な白金が触媒として用いられており、私は、これを鉄や銅、ニッケルなどの汎用金属で代替する元素戦略的なアプローチで研究を進めています。日本のような資源の乏しい国では特に重要な研究であります。

平野 ディーゼルエンジン用排ガス処理触媒は実用化されているのですか。

白金触媒に比べて安価で、しかも地球上に豊富に存在する銅触媒にある仕掛けをすることで、白金より高い活性を示す触媒の開発には成功しています。ただ実用化するには、組成や温度が時々刻々と変化していく排ガスを処理し続ける必要があります。また十数年にわたり、メンテナンスフリーで機能する安全性と信頼性も求められます。こういった課題に取り組みながら、実用化を目指しているところです。

「なぜ」という疑問から研究者に

平野 お二人が現在の研究を始められたきっかけを教えてください。

中野 私は岡山出身で、鉄鋼材料大手の川崎製鉄(現在のJFEスチール)などが身近にありました。また当時、超伝導材料や形状記憶合金といった新材料がトピックスとなっていて、材料研究は無限に広がる夢のある世界だと感じました。また阪大で勉強するなか、材料はいろいろな分野でのブレークスルーの根源であることも知りました。さらに、伊丹空港であの様な大きな物体としての飛行機が空を飛び、網ですくい取れるのではないかと思うほどの近距離で滑走路に着陸する姿を目のあたりにし、航空宇宙材料の世界に興味を持ちました。

また、材料は温度が上がると強度が下がるというイメージを持っていたのですが、ある講義で、材料によっては強度が上がる材料があることを知り「なぜなんだろう」と不思議に思ったことが、材料研究の世界に引き込まれるきっかけになりました。

平野 「なぜ」という疑問が、きっかけになったわけですね。

中野 ある程度は説明できても、原理原則を統一的に理解できていないことがまだまだ残されていると強く感じました。また、当時研究していた材料の一つが、層状に並ぶような非常にきれいな組織を持っていました。私は昔から美しいものには意味があって素晴らしい機能があると思っています。金属組織にも規則性があり、その規則性のなかにある欠陥構造などが、いろいろな驚くべき現象の原因になることも知り、研究に没頭するきっかけとなりました。

小さい時からもの作りに関心

私は小さい時から日曜大工をしたり、プラモデルやラジコンに夢中になるなど、もの作りが好きでした。当時から漠然と、もの作りにたずさわる職業に就きたいと思っていました。大学で研究室に配属され触媒研究に出会い、地味な存在なのに我々の生活を支え、奥の深い魅力的な研究対象だなと思うようになりました。その頃に取り組んでいた研究が、先ほどの中野先生の話にも登場した生体アパタイトを触媒材料に使う試みでした。それまで触媒材料としては未開拓であったアパタイトですが、イオン交換能や吸着性を巧みに利用することで、触媒材料としても使えるのではないかと考えました。既存データがなく全くの手探りでしたが、1年後くらいから結果が出始めて非常に優れた触媒が完成し、当時のチャンピオンデータを記録しただけでなく、最終的には薬品会社から市販されるに至りました。その学生時代の経験に興奮し、研究者としてやっていきたいと思ったのが原点です。

平野 光触媒は非常に競争が激しい分野ですよね。何が最も難しいですか。

例えば、光触媒を用いた水分解による水素エネルギーの製造は夢の反応と言われ、30〜50年後に実現できればいいかなというハイレベルな研究です。原理はすでに解明され、水素は発生しますが、十分な水素を出すには光触媒の効率を向上させる必要があります。植物の光合成はほぼ100%の効率であるのに対して、人工的に作った光触媒では数%くらいに留まっています。また、可視光応答性を付与することも重要な課題の一つです。活性を向上させるファクターはたくさんあり、その組み合わせを世界の研究者が試行錯誤している状況です。

平野 自然の光合成の仕組みを人工的に構築するというアプローチも試されているのですか。

生物学的なアプローチで酵素類似の触媒を作るという、自然を模倣するような研究もあるのですが、耐久性に劣るという問題があります。実用化を視野にいれた場合、無機材料を利用したアプローチが有効であると思います。

ブレンドによる可能性は無限

中野 マテリアルの世界では、人工物と自然の構成物との境界が無くなってきているように感じます。さまざまな可能性を、両サイドから融合することで、新しい技術や学術が生まれることを実感しています。特にマテリアルの世界には、100種類以上の元素と80数種類の金属元素があり、ブレンドによる可能性は無限です。といっても経験則だけでは限界がありますから、原理原則に基づいた材料探索が重要になります。

平野 骨の特性からアプローチした人工関節は、骨の実際の仕組みに合わせた金属の特性をうまく引き出したわけですね。自然の仕組みに近づけるのは大変だと思いますが、そのあたりの可能性はどうですか。

中野 これまで生命科学分野の研究者で、骨の異方性を意識して研究している人はほとんどいなかったように思います。しかし、荷重に応じて原子が構造を変えるという同素変態は、材料学では一般的な話です。体の中で行われていることを、別の視点からマテリアル研究に応用・反映させていくことは可能であると思っています。

平野 生体骨は形状が大きく変化しなくとも、配向性は場所によって刻々と変化しているのですね。同様に原子の配列が柔軟に変化するような材料ができれば、素晴らしいですね。森先生にとっては研究の面白さは、どのような部分ですか。

無限にある元素の組み合わせにより、触媒活性が著しく変化するところに魅了されます。まだまだ試行錯誤の部分が多いですが、最近は分析技術が発達して、例えば電子顕微鏡や大型放射光施設 SPring-8などを活用することで、今まで見られなかったものが原子レベルで観測できるようになってきました。どのような局所構造が触媒活性を向上させるかも理解されつつあり、理論に基づいた触媒設計が可能になってきています。また、有機材料と無機材料の長所を併せ持ったハイブリッド触媒の開発では、単なる足し合わせではなく、複合化による新機能が発現するなど予想以上の結果を示す場合があり、研究の醍醐味、面白さを感じることができます。

「悠々として急げ」「3割バッターに」

平野 研究は失敗も多く、なかなかうまくいかないですよね。研究哲学をご紹介ください。

中野 「木を見て森を見ず」でも「森を見て木を見ず」でもなく、「木も森も見ないとダメだ」と普段からスタッフや学生に言っています。複眼的に全体像を見渡しながら深く掘り下げていく必要があると思います。私は芥川賞作家・開高健の「悠々として急げ」という言葉を座右の銘にしています。ジックリと落ち着いてというよりは、知的好奇心に操られながらついつい走り続けてしまうので、慌てて本質を見失うことなく心に余裕を持ち、じっくりと物事を考えながら研究・教育していかなければと、常に自分に言い聞かせています。

平野 よくわかります。研究者としての人生は30〜40年。興味は広く果てしなくありますが、限られた時間で自分に何ができるか。完結する必要はありませんが、やはり急がなくてはならない。しかし何も考えずに走るのではなく、集中力を持って研究に没頭することが大事。少年老い易く学成り難し、一寸の光陰軽んずべからず。「急ぐ」と「じっくり」のメリハリが重要ですね。

私は恩師から、プロ野球に例えて「3割バッター」になれと言われていました。失敗実験も多くありますが、それを糧に3割くらいの割合で重要な実験データを発表できるような研究者になれという意味だと思います。質とスピードの両立を念頭に研究に取り組んでいます。

平野 最後に、究極の夢をお話しください。

私が取り組んでいるのは、元素戦略的アプローチによる新しい材料設計です。地球上には人種や宗教を巡る多くの紛争があり、その中の一つに「資源を巡る紛争」があります。前者が原因の紛争に科学者は関与できませんが、資源問題なら新しい材料を提供することで平和に貢献できます。触媒や光触媒の研究で良いものを作り出し、自分の研究が地球規模の問題解決につながることを期待しています。

中野 生体組織の配向化メカニズムを知り、それを材料科学や生命科学の分野に応用したいです。従来の等方性から異方性へとフィードバックして、異方性をキーワードに私自身の学問を構築していきたい。私は医者ではありませんが、未来型の医療として、骨密度による医療に加えて「配向性医療」へと「かえる」ために少しでも貢献できれば嬉しいです。

平野 今回は、マテリアル系の研究者お二人に、「かえる」「かわる」をキーワードにお話をうかがいました。ありがとうございました。

夢と可能性にあふれるマテリアル研究で未来へ─ 平野総長 対話をおえて

阪大の原点は1838年に開設された適塾で、今年は適塾創設175周年にあたります。今回の先端人「総長と若手研究者との対話」のキーワードは、「かえる」「かわる」でした。大阪大学も未来に向けて、今まさに変わろうとしています。2031年の創立100周年に向けて、ぜひ世界10指に位置する大学として大きく発展させていきたい。

本日うかがった研究も、未来への夢と可能性にあふれていました。このような先生方に頑張っていただくことで、間違いなく大阪大学の未来は拓けると確信しました。お二人には自分たちの夢をぜひ実現させてほしいと思います。私も世界10指の夢を実現させるために頑張ります。

●中野貴由(なかの たかよし)

1990年、大阪大学工学部・金属材料工学科卒業。92年大阪大学工学研究科・金属材料工学専攻を修了。同年、工学部材料物性工学科・助手、99年工学研究科・講師、01年工学研究科・助教授、05年同科・マテリアル生産科学専攻・助教授、07年同科・マテリアル生産科学専攻・准教授。08年から同教授。工学研究科附属構造・機能先進材料デザイン教育・研究センター・教授、臨床医工学融合研究教育センター・教授も兼任。生体・再生・疾患硬組織の結晶学的評価法、アパタイト配向化機構の解明に関する研究や、生体用金属材料の開発と骨基質制御など「異方性の材料科学」をキーワードに取り組んでいる。

●森 浩亮(もり こうすけ)

1999年大阪大学基礎工学部・化学工学科卒業。00年大阪大学基礎工学研究科・化学系専攻修了。03年大阪大学基礎工学研究科・物質創成専攻修了。04年カリフォルニア大学バークレー校博士研究員。05年同科・物質創成専攻・特任助手、05年工学研究科・マテリアル生産科学専攻・助手、07年同専攻・助教。09年同専攻・講師、11年から同専攻・准教授。太陽光で駆動する光機能材料の開発とエネルギー変換反応への利用や、金属ナノクラスター触媒の設計とグリーンケミストリーへの応用、複数機能を有する多機能集積型エコ触媒の創成などに取り組んでいる。

●平野俊夫(ひらの としお)

1947年大阪府生まれ。72年大阪大学医学部卒業。73〜76年アメリカNIH留学。80年熊本大学助教授、84年大阪大学助教授。89年同教授。2004年同大学院生命機能研究科長。08年同大学院医学系研究科長・医学部長。11年8月、第17代大阪大学総長に就任。05〜06年日本免疫学会会長。日本学術会議会員、総合科学技術会議議員。医学博士。サンド免疫学賞、大阪科学賞、持田記念学術賞、日本医師会医学賞、藤原賞、クラフォード賞、日本国際賞などを受賞。紫綬褒章受章。

(本記事の内容は、2013年9月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

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