StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

隙間をなくせば紙も透明に

平野 本日は、お二人の研究に共通する「すける・すきとおる」をキーワードにお話をうかがいます。まず能木先生から、ご自身の研究内容をご説明ください。

能木 私はガラスのような透過性を持ちながら、軽く、折りたたむこともでき、印刷技術でさまざまな分野に活用できる「透明な紙」を開発しました。ガラスやプラスチック製品には白いものと透明なものがあります。顕微鏡で拡大すると、白い方は繊維の間に隙間つまり空気が存在します。繊維間に空気があると光散乱して白く見えるんです。しかし透明な方には隙間がありません。それなら紙も、繊維間を密にすれば透明になるのではないかと考えました。

平野 空気は透明ですから隙間があっても透明になるように思えますが…。

能木 ガラスやプラスチックと空気では光の屈折率が違うため、白くなってしまうんです。そこで隙間をなくすため、一般的な紙の繊維(15ミクロン)をほぐして15ナノミクロンのセルロースナノファイバーを作ってみると透明な紙ができあがりました。15ナノミクロンの繊維なら、光散乱しない隙間しかできないため透明になります。

2000年の紙の歴史変える

平野 透明なプラスチックなどと、機能面ではどう違うのですか。

能木 見た感じは食品用ラップフィルムにも似ていますが、防弾チョッキに使用される素材と同程度の強度と弾性を持っています。また石英ガラスと同様に、熱膨張率も小さい( 0.1 ppm )のです。繊維をそのまま編み込んで作るため結晶性が高く、ガラスのように透明で、プラスチックよりはるかに耐熱性に優れています。

平野 透明な紙の開発には、どのような意味・意義があるのですか。

能木 紙が発明されてから2000年以上を経て、ずっと同じ方法で作られてきた紙の歴史を変えることができました。次はこの透明な紙にプリントエレクトロニクスによって電子部品を搭載する技術を確立して、軽くてしなやかな電子デバイスを開発し、デバイスの歴史も変えたいと考えています。また最近、この透明な紙で太陽電池も作りました。フレキシブルに折りたたんで持ち運べる、小型の太陽電池の開発をめざしています。


撮影技術と演算で透ける画像が

平野 向川先生の研究も非常にユニークですね。

向川 私は、透かして「見えないものを見る」技術を開発しました。カメラ単体では撮影できない情報を可視化するため、専門である情報科学分野からアプローチしました。カメラを「見たものを記録する装置」でなく、「レンズを通して入ってくる全ての光線を記録する装置」と考え、記録した光線をコンピュータで演算して画像を作ろうというものです。そして開発したのが、この多面鏡です。カメラのレンズの前に置いて撮影しますが、亀の甲羅のような形をしているので、私たちは亀甲多面鏡と呼んでいます。

平野 それは、どういう仕組みになっているのですか。

向川 鏡を切り出してフレームに貼り付けたものです。合成開口という撮影法がありますが、撮影する対象物体のまわりに密に等間隔にカメラを配置するのは難しく、そのための最適な形をコンピュータで割り出して開発しました。この鏡を通して撮影すると、複数の視点から対象物を見ている状態となり、障害物に隠された奥行きを撮影できます。そして、画像データのわずかなズレから演算によって障害物を消し去り、特定のものだけを透けて見せることができます。


濁った水の中も血管も

平野 濁った水のなかの物体や、手の血管なども透けて見える技術も研究しているそうですね。

向川 濁った液体中に沈んだものや人体内部は、平行な光線を出す特殊なプロジェクタ(平行高周波照明)を光源として使用します。一般的に光は拡散しますが、特殊なレンズを使うと、直進するわずかな光だけを取り出すことができ、そのデータだけで画像を作ると、濁った液体のなかにあるものをクリアに見ることができます。同様に、人間の手のひらの血管を見ることもできます。近赤外光でも血管は見えますが、この方法ではさら鮮明に見たい血管だけを見ることも可能です。X線によるレントゲン撮影と違い安全性と鮮明さの両立が特徴です。

能木 骨は透けて見えないんですか。

向川 骨は完全に光を通すので、この方法では見えません。内臓の可視化も限界があると思います。

能木 コンピュータによる演算には特殊な技術が使われているのですか。

向川 演算はCGを駆使するようなものではなく、ノートパソコンでもできるような非常に簡単な足し算・引き算で、被写体を見ることができます。

好きなこと 面白いことをやろう

平野 お二人はなぜ、そのような研究を始められたのですか。

能木 小さい時から種を発芽させるのが好きで、植物がすくすく育つのを見てはワクワクしていました。そして農学部に入り林産学の分野などから、セルロースファイバーが樹木の主役だとわかり、それを使った研究をしたいと考えるようになりました。その後、どうしても透明な紙を作りたくて、最初はセルロースファイバーにプラスチックを混ぜて透明材料を作る研究をしていました。しかしそれでは、セルロースファイバー本来の優れた性能が低下します。異物を入れると屈折率の違いで白くなるため、セルロースファイバーだけで透明にしてやろうと考えました。

向川 ロボットがカメラで見てシーンを理解するコンピュータビジョンに興味があり、ずっとカメラを使った研究をしてきました。フォーカス時のピントの失敗はよくありますが、最近、写真撮影後にピントの合わせ直しができるカメラが売られていて、その考え方を情報科学の概念で活用できないかと考えました。そして直進する光と斜めに進む光を区別して記録すれば、キレイな画像になるのではと考えました。まず濁った液のなかを、次に人間の中を見る方法を実験してみると非常にうまくいきました。この人体内部の可視化は、医療向けのデバイスを作ろうという動機から始まったものではなく、好奇心と、面白いカメラを作って皆を驚かせたいという気持ちからスタートしています。

膨大な失敗に支えられて

平野 研究は思い通りに進みましたか?うまくいかなかった時には、どういうドライビングフォース(駆動力)で乗り切りましたか。

能木 何としても透明な紙を作ると決めていました。理論的にできるかなと思った時から、完成までに2年ほどかかりました。他の研究をしていても楽しくなくて、透明な紙のことを常にずっと考え続けていました。完成した時は、やることをやったなという大きな達成感を感じました。

向川 今日お見せしたのは、うまくいったものの一例で、裏には膨大な失敗があります。研究で難しいのは、成果が出ないものを続けるのか、やめるのかの見極めです。引き際が難しい。しかし諦めかけていたのに、何かのきっかけでひらめいたアイデアから成果が出ることもあり、そんな時は思わず「キタァー」と叫んでしまいますね。

異分野からの刺激で垣根を越える

平野 確かに研究というのは失敗の連続ですね。研究者の資質として知的好奇心は当然ですが、「失敗は成功のためにある」と思えるような陽気で楽観的な性格も必要です。そして集中力。実験で得られたデータなどについて、寝ても覚めても、夢の中でも、24時間考えていると、ある瞬間にパッとひらめくんですよね。お二人はこの産研に来たことで、研究内容や方向性が大きく変化したようですね。

向川 産業科学研究所ですから、単に自分の知的好奇心を満たすだけではダメで、産業と密接に関わるような、出口を見据えた基礎研究が求められます。いろいろな分野の基礎研究が、ごった煮になっているのが産研の良いところ。顕微鏡を使うような材料工学分野は全くのテリトリー外でしたが、私の研究も、ここで一気に医療分野などへと応用が広がりました。

能木 私も産研での出会いがあって、透明な紙と電子デバイスの開発が結びつきました。多様な研究者が入り交じっているので異なる分野が身近にあり、基礎研究の成果をいろいろな方向に応用・発展できます。自分の垣根を越えてキャパシティが広がっていくのが嬉しいです。

先入観もたず、やりたいことを

平野 研究の面白さはどこにありますか。

能木 透明な紙の材料であるナノファイバーは、人間ではなく植物が作っています。自然が作ったものを尊敬しつつ新しい面を見いだし、上手に再構築してあげることが面白いですね。

向川 光を結像させるのではなく光を記録する撮影装置としてのカメラとコンピュータを組み合わせることで、これまで全く進化していなかったカメラの定義を大きく変えられるところが楽しいです。

平野 究極の夢を教えてください。

向川 ユニークな現在の路線で突き進み、第一人者になりたいですね。他の人が太刀打ちできない、この分野なら向川と言われるような研究者になりたいです。

能木 私は真逆ですね(笑)。私の名前は忘れてもらっていいですが、植物はすごいということを世界中の人に知ってもらいたい。それを言いたくて、木の繊維であるセルロースから作る紙を透明にしたり、その透明な紙を基板としたデバイス開発に取り組んだりしています。

木にはいろいろな可能性があることを未来まで忘れないでほしいと思っています。

平野 最後に研究者としての信念を教えてください。

向川 「先入観が最大の敵」です。一般的にこの問題はそういう方法で解かないけれど、あえてやってみるというような姿勢を大事にしています。

能木 「やりたいことをやる」ですね。やりたいことをして良い結果が出れば、評価は後から付いてくると思っています。

それぞれの夢達成で大阪大学の未来が拓ける─ 平野総長 対話をおえて

お二人の話に共通する「すける・すきとおる」は、子どもたちも憧れるテーマであり、その研究内容に非常に感動しました。それぞれの研究をさらに追究してほしいと思います。

総長としての私の夢は、創立100周年を迎える2031年に、大阪大学が研究型総合大学として世界10指に入っていることです。そのためには今日お話をうかがったお二人のように、やるべきことを着実に続けていくことが大事。大阪大学の全ての学生・院生・教職員が、それぞれの夢に一歩ずつ近づく努力をすれば、その夢はきっと達成できるはずです。今後も研究のための環境・雰囲気づくり、一人ひとりのモチベーションを醸成するための組織的なマネジメントを重視し実現していきたいと思います。

●向川康博(むかいがわ やすひろ)

1997年筑波大学・工学研究科博士後期課程修了(工学博士)。97年岡山大学工学部情報工学科・助手、2003年筑波大学学際領域研究センター講師、04年大阪大学産業科学研究所助教授。07年04月から現職。09〜10年マサチューセッツ工科大学・メディアラボ客員准教授。12年大阪大学総長奨励賞(研究部門)を受賞。研究分野はコンピュータビジョンなど。

●能木雅也(のぎ まさや)

2002年名古屋大学・生命農学研究科博士後期課程修了(農学博士)。02年産業技術総合研究所・非常勤研究員、03年京都大学国際融合創造センター・産学官連携研究員、07年日本学術振興会・特別研究員PD(京都大学生存圏研究所)、09年大阪大学産業科学研究所助教。11年12月から現職。11年大阪大学功績賞を受賞。研究テーマは、ナノマテリアル、セルロース材料、プリンテッド・エレクトロニクスなど。

●平野俊夫(ひらの としお)

1947年大阪府生まれ。72年大阪大学医学部卒業。73〜76年アメリカNIH留学。80年熊本大学助教授、84年大阪大学助教授。89年同教授。2004年同大学院生命機能研究科長。08年同大学院医学系研究科長・医学部長。11年8月、第17代大阪大学総長に就任。05〜06年日本免疫学会会長。日本学術会議会員、総合科学技術会議議員。医学博士。サンド免疫学賞、大阪科学賞、持田記念学術賞、日本医師会医学賞、藤原賞、クラフォード賞、日本国際賞などを受賞。紫綬褒章受章。

(本記事の内容は、2013年6月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

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