StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

社会と呼応できる研究者を育成

社会実装視点をもつ博士人材

 「研究成果を社会に出すことで、揉まれてさらに課題が見つかる。すると、またアカデミアで課題解決を研究するという良いスパイラルが生まれるのでは、という研究エコシステムの発想が根幹にある。そのために、社会と呼応できる研究者を育てたい」。制度設計の責任者で、プログラムコーディネーターを務める森井英一教授(医学系研究科)は狙いを語る。

 欧米の大学は、研究成果を実用化し特許収入につなげることに長けている。対照的に、日本の大学は世界的にも高水準な研究成果を挙げながら、社会実装につながらない点が長年、課題として指摘されてきた。森井教授らは、医学系研究科に限らず幅広く生命科学分野での横断的な人材育成プログラムの構想をまとめた。2018年度に文部科学省の卓越大学院プログラム事業に採択され、19年度からスタートした。

研究中心に。じっくりと社会実装力を。

 博士人材がまず磨くべきは、卓越した研究力。所属する研究科でじっくりと腰を据えて研究に取り組む。プラスアルファで涵養するのが、研究成果を社会に還元する力――「社会実装力」だ。独自のカリキュラムは研究と両立できるよう配慮されている。4年または5年の通期で力を伸ばしていく。特徴的な例はこうだ。1年次に学会発表とビジネスプレゼンの両方を経験させ、違いを意識させる。定期的に、参画企業からのフィードバックを受け、どんな社会課題の解決につながるのか、どのような意義があるのか、ターゲットはどこか、シーズを形にするには誰と協力していくのか等の観点から、研究を社会に出すアイデアを修了年次まで磨き続ける。最終的に、社会から協力を得られる形を目指す。噛み砕くと「社会人が聞いてワクワクする話ができること」が「社会実装力」のひとつだ。

 1年次は医歯薬学の入門と「異分野の人にも分かりやすく、効果的な発表方法を実践的に学ぶ」点に主眼を置く。2、3年次は異分野領域実習と研究コミュニケーション力の育成期間。3年終了時には習熟度を測る進級審査があり、成績上位者には奨学金もある。4年次は知的財産戦略や市場調査などの演習を行う。森井教授は「ビジネススクールをしたいのではなく、あくまで研究を世に出すためのツールとして知財戦略などを習得してもらうことが狙いだ」と話す。早期修了生を除き、第1期生が巣立つのは24年春となる。

一人の専門家として。参画企業にメリット

社会実装視点をもつ博士人材

 運営は産官学が協力する体制だ。学内の生命科学分野の研究組織や附属病院、官界からは大阪府や国立医薬品食品衛生研究所などが協力する。産業界からは、ファイザーや塩野義製薬など国内外の医薬品メーカー15社のほか、クォンタムオペレーションなどの異業種からも賛同を得る。参画企業は年々拡大傾向にある。

 企業との講義後のリポートにも特色がある。大学院生たちは、みな各自の研究テーマでは一人の専門家だ。「担任役」を務める本坊恭子准教授(国際共創大学院学位プログラム推進機構)は「リポートは『一研究者として専攻分野の知見から建設的な書簡を書くつもりで、企業側へのフィードバックを』と指導しています。企業からも『有益だ』と好評です」と説明。アカデミアからの気づきをフィードバックすることで、企業側にもメリットのあるカリキュラムとなっている。

悩みにもきめ細かく対応

 これまでも大阪大学は、領域を超えて博士人材の育成に注力してきた。今回の卓越大学院プログラムでは、過去の経験が反映されている。研究に集中できる時間配分が一例だ。「研究で忙しすぎて参加できない」との声を受け、試行錯誤を繰り返したという。

 また、メンター制度を設け学習面以外のフォローも手厚い。本坊准教授は「研究室以外でも話ができる環境があるといい。悩みは抱え込むとつらいので、精神面でのサポートもできれば」と研究生活の悩み相談にも応じる。

 社会と呼応できる博士人材の育成について、森井教授は「長期的な視点が大事だ」と強調する。「社会実装に堪える研究を、ライセンスにつながる成果を、というベクトルの維持が重要。極端にいうと、いまの若い研究者がベテランになった頃、大学が面白く変わっていればいいなと期待している」と語る。

大学に閉じず、社会とともに人を育てる挑戦は続く。


社会実装視点をもつ博士人材
医学系研究科医学専攻(博士課程)2年 森梨沙さん

【受講生の声】医学系研究科医学専攻(博士課程)2年 森梨沙さん
視野広げ「2050年のニーズ」を探る

 「将来の創薬につながるような成果を残したい」。生理学の研究を行いながら、卓越大学院プログラムを履修する。「企業の方の考えに触れたり、別の専攻の人と知り合えて視野が広がった」と前向きだ。

 大阪府出身で6歳から米国育ち。ミズーリ州の大学で細胞生物学を学んだ後、カナダ・カルガリー大学の修士課程でゼブラフィッシュの網膜細胞の研究に没頭した。「細胞が細胞外の刺激を受けてどんな反応するか」への関心は尽きず、引き続き生理学の研究を行うために大阪大学に進学し、岡村康司教授に師事する。

 現在は、興奮や鎮静といった中枢神経のバランスに重要な役割を果たす「GABA受容体」にあるリン脂質の働きの解明に取り組む。朝から晩まで実験する日もあるが、多忙な研究生活の合間を縫って、卓越大学院プログラムの演習にも力を入れる。今は仲間たちと「2050年の医療界に必要となるもの」をテーマに構想を練る。「まったく知らない分野の知識も得ながら、良いアイデアをまとめ上げたい」と意気込む。

社会実装視点をもつ博士人材

(本記事の内容は、2023年2月発行の大阪大学NewsLetterに掲載されたものです。)

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