StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

REACHラボで博士人材を育成

精密機器製造の老舗でノーベル化学賞受賞者の田中耕一さんの勤務先としても知られる「島津製作所」(京都市)は2021年4月から、阪大の博士課程に社員を送り込んで育成する「REACHラボプロジェクト」を始動させた。初年度は薬学研究科に若手社員1人が入学し、「核酸医薬品の分析」に取り組んでいる。

島津製作所と阪大は2014年度から「共同研究講座」を設置し、これが5年後に「協働研究所」へと発展。派遣された社員は研究に専念し、成果が得られるよう協働研究所が支援するなど手厚い環境の中で、2~3年後の博士号取得を目指すという。

REACHラボは、特定の研究分野を対象としていない。島津側が今後の成長を期待する事業分野と親和性の高いテーマを持つ研究室を見つけ出し、その分野に挑戦したい、やる気のある社員を派遣する。大学が出来上がった「器」を用意するのでなく、産学の対話と協力によって新たな領域を開拓していく試みだ。

社会実装を見据えた企業の実践的研究で得た知見に、大学の先進的な研究環境を組み合わせ、個人の中での多様性獲得によるイノベーション人材、自ら課題を見つけ解を得る「トランスフェラブルなスキル」を持った高度人材となることを期待している。その上、学会などを通じて国内外の研究者や、世界的に著名な学者と交流の輪が広がり、会社に戻った後もフル活用できる幅広い人脈を手にすることが期待される。

「型」に縛られない協働

阪大の社会人学生の受け入れの歴史は古い。例えばナノサイエンス・ナノテクノロジーの最先端の知識や技術を学ぶ社会人向け教育プログラムは20年に迫る歴史があり、その修了生は約1500人に達している。他分野でも、社会人が学べる制度が複数用意されている。

現在のリカレント教育につながる仕組みは、「インダストリー・オン・キャンパス」を掲げ、2006年度から全国に先駆けて導入した「共同研究講座」をきっかけに充実していく。企業が研究資金と人材を投入して、大学内に研究組織を作り、大学教員と緊密に連携しながら共同研究活動を進めるもの。2011年度からはさらに発展させ、複数の研究科と企業とで包括的かつ長期的な視野で研究に取り組み、高度人材育成も進める「協働研究所」を制度化。研究室や部局の枠を軽々と乗り越え、企業と大学が対話しながら、研究のやり方をカスタマイズできる。阪大では2022年2月時点で、23の協働研究所、79の共同研究講座・共同研究部門が稼働する。

REACHラボによる人材育成は、既存の協働研究所の特徴を生かした大学教育の好例のひとつだ。田中理事は「想像もしていないものがもっと出てきてほしい。新しいフォーマットを作り上げても、その運用が『組織ありき』『規則ありき』では、いつか破綻してしまう。社会変化に柔軟に対応するには、社会全体で『型にはめない』人材育成がこれからの時代に求められている。立ち上げを後押しして、その後は自己増殖に任せるような仕組みづくりを目指したい」と説明する。

産学連携は阪大の「文化」

先進的なリカレント教育の背景には、阪大固有の文化とも呼べる産業界との信頼関係、連携の歴史がある。

江戸時代の医師で蘭学者、緒方洪庵の「適塾」を源流に、大阪帝国大学が誕生したのは1931(昭和6)年のこと。設立の経緯は、国主導で行われた従来の帝大とは大きく異なっている。当時の大阪は東京を上回る大都市。すでに近くに京都帝大がある中、関西財界や大阪府民らが「大阪に総合大学を」と熱望し、民間の財源により設立されたのが阪大なのだ。初代総長、長岡半太郎は「研究第一主義、ことに産業科学の研究に力を入れる機運を作った」と語っている。

開学から90年以上。阪大は文理を問わず幅広い研究分野を擁する総合大学として発展しながら、産業界との相互信頼関係を深めていった。

激変する時代を生き抜く知の力 産学共創でフレキシブルな「リカレント教育」を

人生100年時代を見据えて

現在、阪大のキャンパス内に常駐する企業は100社にのぼる。2021年9月には、人材育成を主目的にした協働研究所も開設。総合人材サービス「パーソルテンプスタッフ」との間で、文理融合型の「パーソル高度バイオDX産業人材育成協働研究所」を設立した。生命科学の進展とバイオ医薬品市場が急拡大し、高度な知識・技能をもった人材の不足が懸念される中で、理系人材のキャリアや能力を正確に可視化できる評価指標の確立を目標に据えている。

今後、リカレント教育を通じて田中理事らは「相互メリット型」の大学と企業の関係を志向している。企業にメリットがあることはわかったが、大学にはどんな恩恵があるのだろう。

先ず、意欲ある優秀な人材と共に活動することで、研究活動や学生への教育効果などで研究室が活性化する。次に、企業から送り込まれた人材が何を求めているのかは、裏返せば、アカデミアだけでは気付きにくい社会課題やニーズに対するアンテナにもなる。

高度な水準でどんなテーマにも対応できる懐の深さは、阪大のような大規模研究型総合大学の強みだ。産学両者が連携のメリットを享受すれば、時間を追うごとに相互の関係を深化・発展させ、「社会も大学も強くする」(田中理事)ことが可能になる。人生100年時代を迎え、時代の変化はさらに加速する。今を生きる私たちと組織には、変化を先取りして、知識を柔軟に更新していく不断の努力が求められている。

ご興味をお持ちの方は、以下からお問い合わせください。
共創機構・問い合わせフォーム
https://www.ccb.osaka-u.ac.jp/contact_form/

(本記事の内容は、2022年2月の大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

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