StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

■大学時代の失敗と気づきから、アイデアが生まれた。

2001年に発生したアメリカ同時多発テロ事件。その影響を受けて、菊池さんは国際平和や紛争解決などのテーマに興味を持ち、大阪外国語大学へ入学。当時としてはまだ珍しい、現在でいうSDGsについて学ぶ「開発・環境専攻」へ進んだ。同時に、JICA(独立行政法人国際協力機構)のボランティアに登録し、海外からの研修生のアテンドや日本語指導などの活動をスタートした。

サウジアラビアから訪れたムスリムの人々を担当した時のこと。日本食を食べようと料理店を探すも、豚肉とアルコールが使われていないことが証明できる料理店を探すのに一苦労。寿司やそばを勧めるも、「厨房を見るまでは何が入っているか確認できないので食べられない」という厳格さだった。結果、たどり着いたのはファストフードの世界チェーン店。「日本食が食べたいというリクエストを受けていたのに、実際に食べたのはフィッシュバーガー。おもてなしができなかったというショックと、禁忌を厳格に守る人の姿に気づきがありました。日本に住む外国人や留学生はどんな食生活を送っているんだろうと気になって」。そうした疑問から、同じ大学に通う留学生の実状をヒアリングしたところ、「食材が分からない」ことが日常生活に不便をもたらしていることを知った。

どうすれば食材をスムーズに伝えられるだろう?まずは多言語表記から始めた。大学祭の模擬店で実験的に、日本語・英語・中国語・韓国語で書かれた食材表示の看板を制作し掲示した。取り組みは好評を博したが、その4言語以外を母国語とする人もたくさんいる。言語の限界を感じ、たどり着いたのが「イラスト」だった。翌年の大学祭で、食材をイラストにして掲示し、大好評に。この取り組みが、現在の事業の原型になっている。

■ボランティアではなく、社会的企業として。

食材イラストの取り組みは教員の目にも止まった。教員から誘いを受け、ビジネスコンテストに出場。審査員からの賞に加え、観客からの「オーディエンス賞」も受賞し、食材表記は多様化する社会で多くの人々から求められている取り組みだと実感した。活動をボランティアではなく、ビジネスとして展開する意識が生まれたのもこの時だ。菊池さんは「ビジネスにするつもりなんて全くなかったのに。先生にうまく乗せられちゃったんですよね」と笑う。

大学卒業後、広告代理店に就職するも、個人事業で活動を続行。NPO法人インターナショクナルも立ち上げた。2010年、横浜でAPEC(アジア太平洋経済協力)会合が開催されるにあたり、食材イラストを会場で使ってもらいたいと提案したところ、取り組みの面白さが評価され会場とオフィシャルホテルで採用されることになった。それに合わせ、イラストも国際規格に準拠したピクトグラムとしてリニューアル。世界1,500名への理解度・視認性・必要品目の国際調査を行い、現在のフードピクトの形に整えた。

その実績を踏み台に、関西国際空港、成田、羽田など国内主要空港、ホテル、飲食店など次々に導入施設や企業が増えていく。17年に株式会社フードピクトを創業し、より多面的な事業展開に踏み出した。

■おいしい・楽しい・安心できる食体験を、すべての人へ。

フードピクトをきっかけに、食に関する事業はどんどん広がっている。根幹にあるのがリサーチ事業だ。菊池さん自ら国内外に赴き、新しい食や課題解決に取り組む事例を調査。その学びをブログやガイドブック、講演で発信している。丹念なリサーチを土台に、現在3つの事業が会社を支える。

フードピクト事業では、フードピクトのライセンス提供と、研修や講演、コンサルティングなどを行う。フードピクトは現在、全国1,600店を超える飲食店をはじめ、防災ツールや教科書でも利用されている。さらに、食材表示から一歩踏み込み、食の制限がある方でもおいしく、安心して食事を楽しめる機会を広げたいという思いから、プラントベース食材を用いた商品開発のサポートも手がけている。

また、食の新しい体験や価値づくりにも貢献するべく、食そのものだけでなく、食体験を含めたプログラムを企画、提供している。たとえば淡路島産小麦。商品を知ってもらうため、淡路島内で小麦をピザ生地にし、道の駅でピザ作り体験として売り出そうというプログラムを企画中だ。

教育事業にも挑戦。NPO法人インターナショクナルや旅行会社と連携し、修学旅行生などを対象に、食から地域の多様性を知るフィールドワークなどを提案している。

「フードピクトは食に関する障害をなくすという意味で、マイナスをゼロにするもの。でも、食にはもっといろんな価値がある。ゼロからプラスを生む事業を作りたいんです」。

今後のビジョンは、“より良い食体験を、すべての人に届けること”。「食の制限があっても食材表示があることで安心して食べられたり、食の制限がない人も、その土地や地域、人とのつながりを感じられる食体験ができたりする。今後、海外へも取り組みを広げていきながら、より多くの人たちのおいしい笑顔に寄り添っていきたいです」。


■プロフィール

菊池 信孝
株式会社フードピクト代表取締役。2005年、大阪外国語大学国際文化学科 開発・環境専攻に入学。09年卒業。09年、NPO法人インターナショクナルを設立。17年、株式会社フードピクトを創業。受賞歴に、経済産業省近畿経済産業局「関西インバウンド大賞」特別賞、日本経済新聞社「日経優秀製品・サービス賞2019」優秀賞 日経MJ賞、三井住友銀行・日本総合研究所「未来2017」協賛イベント推薦 最優秀賞などがある。

(本記事は、2024年9月発行の大阪大学NewsLetterに掲載されたものです。)


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