StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

夢の代わりを追い求め

 「裸(本音)で言えば、『逃げた』んですよ」。平瀬さんは、大阪大学理学部在学中に友人とデジタルマーケティングの会社を起業したことについて、そう振り返る。

 子どもの頃から、野口英世やキュリー夫人のような、自分の人生を尽くして多くの人を救うヒーローに憧れた。高校生のとき、小惑星の衝突から地球を救う映画「アルマゲドン」の影響で宇宙飛行士を夢見た。宇宙物理学を勉強しようと大阪大学理学部に入学。しかし、難解な宇宙物理学に付いていけず落ちこぼれた。宇宙飛行士を目指す人たちによるインカレサークルにも参加したが、そこでも同様に、トリリンガルや数学オリンピックでの金メダル保持者など、周りは「優秀すぎる」人ばかり。自身が小さく見えた。宇宙飛行士の夢ははかなく散り、夢の代替案は見つからなかった。進路に迷う中、東京の友人らが学生起業する姿を見て「あ、面白そうだな」と思えた。当時、まだ大手広告代理店が扱っていなかったインターネット広告に目を付けた。これがやりたいというよりも、新しい世界なら勝てるんじゃないか、という感覚で始めた事業だった。

 会社は順調に成長したが、ライバルが増え、やがて資本力のある企業が市場を席巻するようになった。身を粉にして働いても、その差は埋めがたい。ついには、心身ともに疲労はピークに達した。「限りある命を自分が納得できるものに使わないと、人生を走りきれないと思うようになりました」。稼ぐ目的だけではない、自分が本当にやりたいことを探し始めた。

社会起業家という生き方

「世のため、人のためになり、自分の才能が一定以上発揮できる何かがあるはずだ」と考える一方で「(資本主義から)逃げたくはなかった」。だから、社会起業家という道を選んだ。人より遅く大学を卒業した後、外資系金融機関に勤めていた友人とともに農業ベンチャーを起こした。理念は「100年先もつづく、農業を」。環境負荷の低い農業を科学し、ノウハウを確立、それをレクチャーすることで環境にやさしい農業を広める事業を構想。当初、農業に携わる人向けの人材育成ビジネスを目指したが、栽培するオーガニック野菜を通販で売るビジネスモデルに落ち着いた。事業は軌道に乗ったが、もともとやりたかった人材育成に注力するため離脱。同様に担い手が不足する介護分野にも拡大し、スクールを運営するようになった。

 「世の中の課題を解決する、という意味では、かなり自分にフィットしていた」と手応えをつかんだ一方、限界も感じるようになっていた。ノウハウを伝えれば、それを出来る人が増えると単純に考えていたが、現実は甘くなかった。ノウハウを得ても活かしきれない人もいれば、別の仕事に就く人もいる。「1人育てるのに10年かかる」と教育事業の難しさを痛感。太陽光発電と農業を組み合わせた「ソーラーシェアリング」等へと活動の幅を広げる中で、多くの「社会起業家」と出会い、ある構想にたどり着く。

日陰の存在からの脱出

 平瀬さんが「強烈な学びだった」と振り返るのが、社会起業家全体が「日陰の存在」となっていることだった。社会の変革に本気で挑む、優秀で熱意のある人材がいるにも関わらず、金と人が供給されない。理由は単純だった。取り組みは評価されても、儲からない、と見なされてしまうからだ。

 ならば、経済的な「強さ」以外にも人や企業を客観的に判断するデータや物差しを提供すれば良いのではないか。人や環境に配慮する「優しさ」という尺度に、価値を持たせるのだ。平瀬さんの歩んできた道、出会った人たちからの学びが結晶となり「データの海から、良い企業を照らす」。そんなコンセプトが生まれた。

 これが、サステナブル・ラボの出発点だ。自分だけが日の目を見るのではなく、社会起業やサステナブル経営というあり方全てに光を当て、社会全体に「インパクトさせていく」。

 やりたいことと、事業内容のフィット感は、ついに「ほぼ100%」になった。

■サステナビリティを第4の評価軸に

 最終的に平瀬さんが目指すのは、何かを経済判断する時に検討する「クオリティー(Q)、コスト(C)、デリバリー(D)のQCD」に対して、第4の評価軸にサステナビリティ(S)を加えることだ。「コスパの良しあしは見えるけれど、世の中に良いかどうかは見えにくい。判断基準の一つとしてサステナブルかどうかということが一定程度、組み込まれる社会にしたい」と訴える。

 例えば、乗用車を選ぶとしてA社とB社のどちらがよりサステナブルかを判断するために、性能、価格などに加えて環境負荷などサステナブル情報も同列に表示し、比較・判断をサポートする。そんな世界が究極のあり方だと考えている。

 かつて夢見た宇宙飛行士というヒーロー。アプローチこそ変わったが、世界を救うため人生を賭けているのは変わらない。道のりは長く、険しい。だけど、いつかサステナブル・ラボの取り組みが人類や地球を救う。

 そう信じて、平瀬さんは走り続ける。 

■平瀬 錬司(ひらせ れんじ)

2008年大阪大学理学部卒。在学中に友人らとデジタルマーケティングの会社を起業。社会起業家として、農業や福祉などの分野でバイアウト(事業売却)を経験。19年に「サステナブル・ラボ」を設立し社会変革を目指して、日々汗を流す。

■サステナブル・ラボ

「データサイエンス」「サステナビリティ」「金融」など国籍問わず集った非財務データサイエンス専門家集団。気候変動やガバナンス、ダイバーシティーなどの非財務情報についてAIを駆使してスコア化する「TERRAST」を開発・提供。金融機関や大手企業中心に導入が進み、23年9月現在、国内市場で国産トップシェアを誇る。

https://suslab.net/

(本記事は、2023年9月発行の大阪大学NewsLetterに掲載されたものです。)


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