StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

休学して芸人養成所へ

大阪で生まれ育った加藤さんにとって、お笑いは常に身近にある存在。大学に入っても夢をあきらめられず、4年の時に休学して芸人養成所「吉本総合芸能学院」(NSC)に入った。

「僕は凡人ですが、中学生の頃から『ツッコミおもろいな』と声をかけてもらって友達ができるようになった。他に自信を持てるものがなくて、『芸人しかない。ツッコミで生きていこう』と考えました」

ところが、周囲は誰も賛成してくれない。特に母は大反対。「芸人になりたいです」と土下座しても、「あんたのことおもろいと思ったこと1回もないし、応援できるわけがない」と突き放された。

反対を押し切って好きな道へ進むからには、「絶対に売れたい!」と考えるようになった。「NSCの最後のライブで1位を取れなかったら芸人を諦める」と、自らに厳しい条件を課した。加藤さんは当時を振り返り、「芸人として生きていく覚悟を決めたかったからです」と分析する。

お笑いへの情熱を別の形で

養成所での成績は優秀だった。同期入所者が約400人いる中、最初の「ネタ見せ」で全体のトップ。1年の養成期間を締めくくる最後のライブではトリを務めた。しかし、結果は4位。「へこみました」。自分への約束通り、芸人の道をすっぱりと断った。復学して普通に就職活動をし、商社に就職した。

家と会社の往復ばかり繰り返す毎日に対して、モヤモヤした思いが溜まっていった。「おもんないな、この生活」。商社マンとしてスタートを切ったものの、中途半端でくすぶっている感があった。養成所でコンビを組んでいた同期は芸人としてすごい勢いで売れていった。

「『俺は俺で今、楽しい』という状態に持っていかないと、きついな」。そんな気持ちで就職2年目の12月ごろ、バーテンダーやライブスタッフのアルバイトを始めた。「お笑いのライブハウスを経営したいと思うようになり、準備のためバイトで経験を積むことにしたんです」。翌年には退社を決意し、バイトの時間を増やした。

「毎日何してんのやろ」と自問することがなくなった。

たくさんの応援が原動力

店の基本コンセプトは「お笑い好きが集まるバー」。映画を見た後に楽しく感想を語り合うのと同じように、お笑いのライブの後、お客さんが「このネタが面白かった」と話し、加藤さんが「面白いですよね」と返す。構想をバイト先で話し、SNSでも発信すると、たくさんの人が応援してくれた。オープン前の店舗の改装には知人のほか、SNSで知ったという人も手伝いに駆けつけてくれた。

芸人になることに反対していた母も、今度は応援してくれた。「芸人やるのと一緒じゃないの?」と聞くと、母は「ぜんぜんちゃう。芸人は自分の力ではどうにもならない部分が多すぎる。あんたがやろうとしていることは頑張ればなんとかなる」と言ってくれた。嬉しかった。

2019年の1月に商社を退職し、6月には大阪市浪速区で「舞台袖」をオープンした。「お客さんが飲んでくれたお金は、芸人に回すように」というのが基本姿勢だ。

「芸人の給料が低いのが嫌だったんです。お客さんを呼べば呼ぶほどお金がもらえるという仕組みになっていないから、応援する人がチケットを買っても芸人には届かないのです」。そんな不条理に切り込みたかった。

自らを「飽き性」と評する。でも、この仕事はずっと続けられると実感している。「毎日変化があって、充実しています。次に何をするかアイデアが湧いてくる環境が楽しいですね」。2020年2月には、「舞台袖」を大阪市中央区の難波駅近くに移転した。舞台が広くなり、ライブの開催本数も増えた。

流出を食い止めるために

「舞台袖」を経営する理由の一つが、「大阪から芸人が流出するのを食い止めたい」という思いだ。一般には大阪が「お笑いの本場」で、ライブの場もたくさんあると思われがちだ。しかし、「実際は違う」と加藤さんは訴える。「東京には事務所がたくさんある。芸人もライブを企画する裏方も、ライブハウスも多い。ライブが盛んだから、お笑いの質も大阪より良くなっていきます」。活躍の場を求めて、環境が良い東京に出て行く人が増えているという。

 ライブハウスでさまざまな企画に取り組むのも、若い芸人を大阪につなぎ止め、大阪のお笑いのレベルを下げないという目的があるからだ。会社勤めや学生をしながら活動をする芸人限定のバトルライブ「二足のわらじ」もその企画の一つ。今年4月には、9組18人の芸人ユニット「WEST ANTS」の結成を仕掛けた。事務所に所属しないフリーの芸人や学生芸人も含め、大阪で活動中の“おもろい”人たちが集まった。「舞台袖」2号店の構想も練っている。

加藤さんはあくまで大阪にこだわる。「住んでる人間は大阪の方がおもろいじゃないですか。地元だし、廃れてほしくないですね。大阪で盛り上げたい」。次に何をしようか。“おもろい”ことを求めて、加藤さんの挑戦は続く。

“おもろい”ことに貪欲に。

● 加藤進之介(かとうしんのすけ)

大阪府豊中市出身。2016年大阪大学経済学部卒業。在学中1年間休学し、吉本総合芸能学院(NSC)に通う。芸人にはならずに商社に就職したが、「お笑い好きが集まるバーを経営したい」と考え19年1月に退職。同年6月に大阪市浪速区にバーをオープンした。20年2月、大阪市中央区西心斎橋に移転。学生時代はテニスサークルに所属。

[Twitter]@butaisode_katoh

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