世界を視野に。大阪大学発ユニコーン誕生への布石 シリコンバレーの戦略的活用
Interview / Writing / Photo: Dialogue Staff
『失われた30年』などと嘆く暇はない。
といわんばかりに、国内でスタートアップ企業を取り巻く動きが活況だ。
2022年の国内スタートアップへの投資額は10年前の10倍で過去最高となる8774億円※1で、右肩あがりだ。新興企業による新たな産業創出の流れを加速させようと政府は2022年度の補正予算で1兆円規模のスタートアップ関連の予算を組んだ※2。
創業10年以内に時価1000億円を超える「ユニコーン」と呼ばれるスタートアップ企業数は、国内で増加傾向にあるとは言え、2023年6月12日時点で14社。アメリカで721社、中国では261社、世界全体では1459社※3と比べると大きな開きがある。
大輪の花、きれいな果実を得ることは一朝一夕ではいかない。
種や芽の数を増やすだけでは不十分で、土壌も肥料も必要だ。
経済産業省などの調査によると、ベンチャーや創業して間もないスタートアップが、大きく育つための条件が示されるがまだ十分満たせてはいない※4。
日本でこれらの醸成を待っていては世界との差は開くばかり。
一気に課題を乗り超えるため、大阪大学は、大阪大学ベンチャーキャピタル(株)(OUVC)とともに、ユニコーン企業が数多く誕生する米国シリコンバレーのエコシステムに飛び込む。
仕掛人のひとり大阪大学共創機構の北岡康夫教授は、今回の狙いについて「若者や子どもたちが夢をみられるように」と話す。その真意とは何か。北岡教授、OUVC水原善史部長にシリコンバレーで大学発スタートアップを大きく育てるための取組を聞いた。
日本が待ち望んでやまないユニコーン企業誕生の布石は、
大阪から着々と進む。
シリコンバレー、いまもなお健在
2023年春、シリコンバレーバンク破綻の報道が世界を駆けめぐり、シリコンバレー凋落という論調の報道も見受けられた。しかし、2023年6月に発表された米国の調査会社の報告によると、「スタートアップ企業が育ちやすい都市」としてシリコンバレーは2012年から継続して首位を維持。英国ロンドンやニューヨークなど他都市をおさえて、シリコンバレーが今なおスタートアップの中心地であることを示した※5。
サンフランシスコの南に広がる地域に、実際にシリコンバレーという地名はない。1950年代のショックレー半導体研究所や、のちにインテル社がスピンオフしたフェアチャイルド・セミコンダクター社の設立、さらに遡り1930年代のヒューレット・パッカード社の設立をシリコンバレーの始まりとする説がある※6。1960年代に半導体を中心にした産業が栄えたことから、いつしか「シリコンバレー」と呼ばれ始めた。創業と成長を支援するベンチャーキャピタル※7などの存在が地域一帯に集積し、スタートアップが大きく育つ環境(エコシステム)が次第に確立されていく。1970年代後半のアップル社の設立とその後の成功、2000年代のテスラ社の台頭など複数の巨大企業の誕生で、世界的に確たる地位を築いた。
シリコンバレーをはじめ、スタートアップの成長に長けた都市に進出しただけで上手くいくのなら、これまでにも大きく成長した事例があってもおかしくはない。今回の取組は、これまでと何が異なり、どこに勝機を見出したのか?
「研究成果からユニコーンへ」。大学発VCと醸成する海外ハブ
研究成果をベースに大学発スタートアップを数多く創出する大阪大学は、技術シーズからスタートアップを設立し支援する仕組み・ノウハウを蓄積し、かつ企業の成長段階にあわせて経営支援を行うベンチャーキャピタルOUVCを子会社にもつ。2023年6月、それぞれの強みを生かし、両者はシリコンバレーに大学発スタートアップの拠点を設け、現地で大学発スタートアップを創出していく。
今回のチャレンジの特徴は、大学やベンチャーキャピタル単体で、海外での活動を展開することとは大きく異なり、大学発ベンチャーキャピタルと大学が緊密な連携を取りながら進めている点にある。スタートアップ創出・成長のための連携事例は、大学発ベンチャーキャピタルでは、シカゴ大学とARCHベンチャーパートナーズ、後述するアクセラレーターでは、カリフォルニア大学バークレー校(以下、UCバークレー)とBerkeley SkyDeckの例など米国をはじめ海外にはいくつもあるが、日本国内では珍しい。
世界と伍する研究成果を生み、気骨のある優秀な人材を輩出する大阪大学と、スタートアップ設立とその成長へと繋げる知見等を有するOUVCは、これまでに相互に協力する体制を築き、国内市場において大阪大学発スタートアップの創出と成長に取り組んできた。この体制を基に、海外で大きく成長するユニコーンの創出に挑む。
世界で育ち、日本発展へ。シリコンバレー拠点、その理由。
日本の大学発スタートアップの設立数は、2022年度に過去最高の3782社※8となった。投資額も増加傾向にある。今回、大阪大学とOUVCは海外での起業と成長にこだわる。その理由とは何か?
北岡教授は進出の目的をこう語る。「日本の中でお金を回すだけでは日本の発展は望めない。人口が減少に転じ、今後国内の市場は縮小傾向になることが予想されている。世界が成長していく中で日本も発展するためには、グローバルに成長する企業を作り出して、世界から日本に資本を呼び込むことが必要になる。だから大学発スタートアップも日本に閉じず、海外で投資を得て商品開発を行い、世界中の人々に薬や商品やサービスを提供し、社会課題を解決する。そして、そのリターンを日本に返す。その仕組みを回すためには、『最初から世界に出ていきましょう』というのが、今回の取組の前提にあります」。
また、国内で成長してから海外展開することが難しいことも指摘されており、その理由とあわせてOUVCの水原部長は「スピードがとにかく速いです。それに米国は投資額も文字通り桁違い。国内でスタートアップへの投資額は増えてきたとは言え、米国とは二桁違います。また、人種も文化も多様な国に、日本で成功したモデルをそのまま持ち込んでも、そのままフィットすることはほぼ無い。現地の制度やニーズ等を踏まえたものにするには時間がかかってしまいます。いいアイデアはすぐに模倣されて、現地に受け入れられる別のサービスとして先に始められてしまいます。二番手だと急激な成長はまず難しい。だから最初から市場規模も大きい米国で、かつスタートアップの好循環が構築されているシリコンバレーに飛び込むことが合理的だと考えました」と現地での実感を込めて話す。
スタートアップが成長する都市の4条件
実際に、経済産業省や内閣府などのスタートアップに関する報告※9でも、シリコンバレーやボストン、ロンドンなど、世界にいくつかあるスタートアップ企業が大きく育つ環境(=スタートアップエコシステム)を有する都市には、4点の共通要素があることが示されている。①起業家を目指す人材、②潤沢な資金、③サポート・インフラ、そして④コミュニティの存在だ。
シリコンバレーでは、スタンフォード大学やUCバークレーを始めとした大学、企業、研究所から、起業家や新しい技術・アイデアをもった開発者などの人材が供給され、海外からも優秀で野心ある人材が集まる。エンジェル投資家※10、ベンチャーキャピタル、スタートアップに特化した法律事務所や会計事務所、コンサルタント、インベストメント・バンク※11、アクセラレーター※12、メンターとなってくれる経営者、M&A※13を行う大企業など、ベンチャーの創業や成長を支え、起業家をつなぐ役割を担う人材や組織が整う。さらにそれらが有機的に繋がることで、より大きな投資を呼び込む相乗効果を生んでいる。
日本でも、起業家育成のためのアントレプレナー教育の拡充、投資額の伸長、融資先となり経営支援なども行ってくれるベンチャーキャピタルなどは徐々に増加傾向にあり、大都市圏での人的ネットワーク構築も進む。グローバルに投資を呼び込む環境を構築するためには、すべての要素を拡大する必要があり、特にサポート・インフラの充実は喫緊の課題となっている。事業の急成長に欠かせないアクセラレーターは少なく※14、シリコンバレーなどのように、アクセラレーションプログラムの採択や受講そのものが、海外を含め投資家との関係構築、その後の大きな支援には繋がっていないのが実情だ。
さらに、日本の大学発スタートアップの課題として挙げられるのは、経営人材の不足だ。事業の根幹となる技術面は、大学の研究者が担えるが、事業を拡大し成長させるための経営能力を有した人材を獲得するルートは限られている※15。
OUVCがBerkeley SkyDeckと提携。スタートアップ急成長のためのプログラム。
大阪大学とOUVCによる新たな挑戦に話を戻そう。2023年6月にシリコンバレーに大学発スタートアップ創出のための連携拠点を設け、すでに現地コミュニティに人脈をもつ人材を配置した。さらに、OUVCは世界有数のアクセラレーションプログラムを提供するUCバークレー発の団体「Berkeley SkyDeck」とのパートナー契約も締結。Berkeley SkyDeckは、ユニコーンへと成長を遂げた数々の大学発のテクノロジースタートアップを育てた実績を有し、日本の国立大学および関連会社との提携は初めてだ。Berkeley SkyDeckのプログラムを受けたスタートアップは、投資家などから一目置かれる存在となり、他の受講生とのネットワーク形成や現地コミュニティに入りやすくなるなど利点は計り知れない。プログラム受講は、成功へのプラチナチケットとなる。
大阪大学とOUVCは、この拠点をベースに、現地コミュニティに入り込み、大阪大学発スタートアップや、起業を計画する大阪大学の学生や研究者に対して、アクセラレーションプログラムを始めシリコンバレーで醸成されたサポート・インフラ等との関係を築き、早く大きく育てる方針だ。また、グローバルな社会課題を解決したいと高い志をもった阪大生を現地の協力企業にインターンシップのような形で送り込み、シリコンバレーならではの起業マインドを肌感覚で経験させ、現地でのネットワーク構築や、将来の起業へとつなげていくことも計画する。今秋には博士課程の学生が現地に赴く予定だ。
また水原部長は「大学発スタートアップが得意とするディープテックという分野は世界で戦えると信じている。今回の拠点では、私たちもシリコンバレーコミュニティに属すことで、米国市場のニーズ等を把握した現地の経営人材とのマッチングを行えるようになり、シリコンバレーならではのノウハウ等を蓄積していくことで、大阪大学のスタートアップエコシステムをグローバル目線で発展に繋げていきたいと考えています」と将来を見据える。
When are you going back to Japan?
北岡教授は、コミュニティに飛び込む重要性を、現地での逸話とともに教えてくれた。「シリコンバレーを訪れて体感したのは、コミュニティの強さ。例えば、シリコンバレーでは、テスラ車(EV車)が行きかう様を多く見かける。一歩シリコンバレーの外に出れば、途端にガソリン車が多くなる。何が言いたいかというと、シリコンバレーに住んでいる人たちは、新しい商品やコンセプトを応援して、『ここから世界を制覇するものをお互い作り合っている』という文化だということ。そこに、いきなり日本人がやってきて『すみません。これ買ってください』と言っても、まず相手にはしてもらえない。彼ら彼女らにこの技術は面白いねと言ってもらい、引っ張ってもらわない限り、シリコンバレーでの成功はない。もうひとつ衝撃だったのは、知人が米国に渡った際に挨拶したら、返す言葉で『お前はいつ帰るんだ?』と言われたらしい。その人は、当てはなかったけれど『5年はいます』って答えたんだそう(笑)。骨を埋めるぐらいの気概があるかを問われたんですよね。シリコンバレーに10年以上住まわれて現地で活躍されている方々に話を伺っても、全員、同じことをおっしゃる。コミュニティで認められれば『じゃあ応援してやるよ』となる。挑戦する気概があって、一緒に頑張れる人なら応援してもらえる」。
「世界を、日本を、変えたいのなら阪大に来い」
「今回の取組は、シリコンバレーエコシステムに飛びこんで、世界で勝負できるユニコーンになるような大学発スタートアップの創出と成長を、大阪大学とOUVCが一緒になってめざすもの。一般的にスタートアップのゴールは、IPO※16や大企業からのM&Aがあげられる。でも、大阪大学が目指しているのはそこではなくて、社会の役に立つことをしなくちゃいけない。研究した成果が、例えば薬や製品、何らかのサービスになって、社会の中の困っている人を助ける、人を笑わせる。大阪大学はそれを目指さないといけない」と北岡教授は決意を語る。
続けて「大学は、科学や学術等を学び、究める場所という基本は変わらない。それに加えて、社会課題の解決を本気で目指して、在学中から海外に挑戦して向こうに行きっぱなしという学生が居てもいい。『こんなことを実現したいんだ』と夢を思い描く若者を応援し背中を押してあげられる大学、子どもたちが夢を見られる場所になれればいい。今回の取り組みは、そこに繋がっていくと思う」。
「地域に生き世界に伸びる」
そう、大阪大学の40年以上続くスローガンだ。
※1 https://initial.inc/enterprise/resources/japanstartupfinance2022
※2 出典:「スタートアップ育成に向けた政府の取り組み」経済産業省
※3 https://news.crunchbase.com/unicorn-company-list/
※4 出典:「事務局説明資料 (スタートアップについて)」経済産業省経済産業政策局
※5 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN1603B0W3A610C2000000/
※6 出典:「米国シリコンバレーの発展」郵政研究所月報2002.6
※7 ベンチャーキャピタル:ベンチャー企業やスタートアップ企業など、高い成長が予想される未上場企業に対して出資を行う投資会社のこと。未上場時に投資を行い、投資先の企業が上場や成長した後に株式もしくは事業を売却しキャピタルゲイン※を得ることを目的に活動する。また、資金投下と同時に、ハンズオンと呼ばれる経営支援を行うことで融資した企業の価値向上につながる支援も行う。
https://www.smbcnikko.co.jp/terms/japan/he/J0278.html
※キャピタルゲイン:株式や債券など、保有している資産を売却することによって得られる売買差益のことを指す。
※8 出典:https://www.meti.go.jp/press/2023/05/20230516003/20230516003.html
※9 出典:「スタートアップ・エコシステムの現状と課題」内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局(R4.2.21)
※10 エンジェル投資家:起業して間もない企業に資金を出資する投資家のことを指す。
https://www.smbcnikko.co.jp/terms/japan/e/J0772.html
※11 インベストメント・バンク:英語表記は「Investment Bank」で、日本語訳は「投資銀行」。事業法人や機関投資家、政府などといった大口顧客を相手に、証券の引き受け業務を主体とする仲介業務を行う金融機関のことを指す。
https://www.daiwa.jp/glossary/YST0104.html
※12 アクセラレーター:スタートアップ企業や起業家をサポートし、事業成長を促進する支援事業者を指す。
https://creww.me/tips/accelerator-program
※13 M&A:M&Aは企業(組織)の合併(Mergers)・買収(Acquisitions)の頭文字を並べたもの。買収方法の選択・実行だけではなく、買収先企業の経営者や株主との折衝などの下準備、買収資金の調達方法の選択なども含めた、一連のプロセスを指す広義の用語として使われるのが一般的。
https://www.smbcnikko.co.jp/terms/eng/m/E0023.html
※14 出典:「スタートアップ・エコシステムの現状と課題」内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局(R4.2.21)
※15 出典:「スタートアップ・エコシステムの現状と課題」内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局(R4.2.21)
※16 IPO:Initial Public Offering(イニシャル パブリック オファリング)の各頭文字を取ったもので、一般に、株式等を新規公開する、もしくはその際に行われる株式等の公募による募集や売出しを指す。
https://www.smbcnikko.co.jp/terms/eng/i/E0001.html