“自由闊達”に、学問・研究に没頭できる環境を 縦糸と横糸で織り成す「学問の府」

“自由闊達”に、学問・研究に没頭できる環境を 縦糸と横糸で織り成す「学問の府」

第19代総長予定者 熊ノ郷 淳

2025年4月1日、大阪大学第19代総長に、現医学系研究科長 熊ノ郷淳教授が就任する。任期は6年間。大阪大学医学部医学科を卒業し、医学系研究科にて岸本忠三 大阪大学元総長の研究室で研鑽を積んだ、純粋な“阪大育ち”の総長の誕生だ。微生物病研究所教授や免疫学フロンティア研究センター教授、JST戦略的創造研究推進事業 研究主監(ライフサイエンス系統括)をはじめ内外の要職を歴任し、経営協議会委員や総長参与など大学運営の経験も豊富だ。

重視するのは、大阪大学の精神的源流である適塾で受け継がれてきた「自由闊達」な学風。そしてそこから生まれる多様な人材が、自身の専門領域を究め、またそこに留まらず新しい学問を作り上げていく。そんな大阪大学スピリッツの醸成だ。


■ 総長就任について

――新総長就任についてどう受け止めていますか。

大阪大学の精神的源流である緒方洪庵の適塾は、机を並べて静かに講義を聴くというスタイルではなく、塾生たちが雑魚寝して自由に自分たちのテーマを見つけて議論を深める場所でした。そのような環境の中で、それぞれの得意分野が育ち、巣立っていったのです。「さまざまな夢を持った多様な人材が集う場所であり、それに触発された人々が新しい未来を切り拓く」。これが、大学のあるべき姿です。適塾からの伝統を受け継ぎ、大阪大学を、総合大学としてそれぞれの研究者が専門領域に打ち込めて、学生たちが自由闊達に学べる場にしたいと改めて思っています。


――スローガンはありますか。

私は昔から「縦糸の医学、横糸の医学」という言葉が好きです。「縦糸」は外科、内科、産婦人科などの臓器別の医学で、「横糸」は生化学、遺伝学、免疫学などどの診療科でも共通する医学を指します。専門に特化し「縦糸」だけを極めても、医者はその専門の職人にしかなりません。そこに「横糸」を通すことで、研究や見識、人間関係までもが豊かに広がっていきます。こうして織られた布が、理想の医学になります。これは医学に限った話ではありません。“専門領域を深化させる「縦糸」と、その学際的広がりを実現させる「横糸」とが調和をもって紡がれていることが学問の府としての根幹”です。このアカデミアとしての大前提と基本理念の下、構成員が一体となって大阪大学を次代に向けてさらに発展させていきたいと思います。

――社会において大阪大学をどのような存在にしていきたいですか。

吉田松陰の言葉に「習うは一生」があります。高校を卒業して大学に入学し、大学を卒業した後に大学院に入るという一般的な流れはありますが、本来、人は人生のどの時期でも学び直すことができるもの。リカレントやリスキリングといった学びの場をもっと提供し、社会にさらにオープンで親しまれる大阪大学にしたいですね。中之島に医学部があった時代には、市民の人たちから「阪大はん」と親しまれていました。そんな雰囲気を作り出していきます。

■ 世界に通用する研究こそ発信力に

――大学運営で大切にしたいことはなんですか。

大学はやはり、学問ありきです。それぞれの学問領域で先生方が優れた成果を出すことが、大学の発信力、発言力の源になります。だから良い研究、学問ができる環境を整えることを何より大切にしたいと考えています。さらに、大阪大学で研究を希望する優れた研究者を学外から積極的に招致することにも力を注ぎます。

大阪大学は「実学の阪大」と呼ばれてきました。大学で取り組んだ学問・研究を、企業との協働を通じて価値ある製品として世に送り出してきたという背景があります。これからも、まっとうに、世界でも通用するような研究を進めることで、産学連携をさらに促し、社会に役立つものをもっと生み出していけるようになるはずです。

――そう思われるようになったきっかけがあるそうですね。

私は大学院生時代、岸本忠三教授(当時:医学系研究科教授/第14代総長)の研究室で免疫細胞を活性化させるサイトカインの研究をしていました。その時に目撃した研究成果が、10年後に女性の関節リウマチの治療につながる抗体薬を生み出し、今や世界中の何億人もの患者さんを救い、およそ4000億円の売り上げを生み出しています。その時々の流行や目先の成果にとらわれすぎず、ひたむきに研究に向き合っていれば、それが自然に多くの患者に福音をもたらし、しかも大きな経済的利益を生むということを目の当たりにしたのです。


産学連携の一形態として、昨今、大学発ベンチャーが注目を集めるようになっています。実は、1934年に大阪大学微生物病研究所からスピンアウトして設立された阪大微生物病研究会(BIKEN財団)は、大学発ベンチャーの先駆け的存在です。そこでは、インフルエンザ、水ぼうそう、日本脳炎などに対するワクチンが開発され、今や日本中で使われています。産学連携に積極的に、先駆的に取り組んできた伝統もしっかり守っていきます。

■ 事務の効率化で学問・研究に向き合う時間的余裕を生み出す

――自由な学風を維持するためには働き方改革や財政基盤の確立も必要ですね。

学問、研究に注力できる環境づくりのために、会議の多さや長時間化を改善したいと考えています。トップダウンではなく様々な立場の人が知恵を出し合い、例えばオンライン会議やメールで足りるものはそれらを活用するなどして、会議の数や時間を削減していきたいですね。また、専門性の高い事務職員に業務をある程度任せ、教員が最終判断を行うことで効率化を図るという方法も効果があると思います。さらに、ChatGPTなど生成AIの進化はめざましく、そうした新しいツールを活用することで事務作業の負担軽減に取り組んでいきます。

財政基盤の確立にはやはり、科研費などの競争的資金を取ることが一丁目一番地です。そのためにも、良い研究を継続できる環境が大事ですね。二つ目は大阪大学が強みを持つ産学連携です。企業の研究費はトップレベルの公的資金と比べても桁が違い、企業と連携することで財政的な安定性を大幅に向上させることが期待できます。三つ目は寄付や基金の運用です。その上で、DXの推進やAIの活用により無駄をなくしていくことも大切です。

■ 新入生に一流の師との出会いを

――どんな学生を育てたいですか。

夢やモチベーションを持ち、「社会のために何かしたい」と思う学生を育てたいと考えています。私は毎年100人の学生や若手研究者と教授室で1対1で面談する「100人面談」活動を14年間続けてきました。これまで累計1000人くらい教授室に来てもらっています。来てくれるのは「何かしたい」という熱意を持った方々です。対話の中で、「そういうことをしたいならこういう研究室があるよ。こういう先生がいるよ」と、ロールモデルになるような大阪大学の一流の先生を紹介すると、彼ら、彼女らの課題や目標が明確になっていきます。

「千日の勧学より一日の学匠」という言葉があります。千日間独学するより、たった一日、本当の一流の師との出会いがその後の運命を変えるという意味です。私自身もそうでした。大阪大学には、いろいろな研究に取り組まれている、格好いい先生方がたくさんおられます。総長としてのひとつの夢は、4月に入学してきた全学部の1年生に、すごい先生たちと出会うための講義をつくることです。そこで、ロールモデルになるような「学匠」の姿を見せてあげたいなと企んでいます。

――文理融合についてどう考えますか。

総合大学の強みは文理融合研究でこそ生きると考えています。ところがこれまでは、文理融合のプロジェクトと言っても、どうしても理系の研究が中心となっているものが多かったように思います。しかし、世界の諸課題には理系的アプローチだけでは立ち向かえません。例えば、「健康」には、体の機能が正常であることだけでなく、心が健康であること、気持ちが生き生きとしていることが必要ですよね。「文学」だったり、「お笑い」だったり、「誰かとのおしゃべり」だったり、その人にとって心の健康の支えになるものは様々で、医学を含む理系のアプローチだけでは提供できないものがたくさんあります。

大阪大学では、文理が対等に、持続的に、一緒に取り組めるような、本当の意味での文理融合型テーマのプロジェクトを始めたいと考えています。


■ 音楽やお笑いを楽しむ

――趣味を教えてください。

音楽やお笑いが好きですね。音楽は分野を問わず、いろいろなものを聴いています。お笑いは、毎年M-1グランプリを楽しみにしていますし、放送後の有料配信まで必ずチェックします。最近では明石家さんまさんの芝居の舞台も見に行きました。

■ 学生さん、一般の方に向けて

――学生さんに向けてのメッセージをお願いします。

大阪大学の精神的源流である適塾には、緒方洪庵を慕って、日本中から意欲に満ち溢れた若者が集いました。当時、適塾では、教える者と学ぶ者が互いに切磋琢磨し合うという制度で学問がなされており、ただ師の教えを受けるだけではなく、互いに競い合い高めあっていました。「師を目指すなかれ、師が目指すものを目指せ」の言葉がありますが、適塾の精神は、現在の大阪大学全体に受け継がれています。

現代社会において、新たな技術革新や解決策が生み出されていますが、依然として多くの課題が私たちの前に立ちはだかっています。自然科学、人文社会科学や工学、経済学、芸術といった多岐にわたる領域で、未知の問いに挑み、「なぜか?」を問い続ける姿勢を身につけることが、大学で学ぶことの意義です。

学生生活においては、ぼんやりとでも、手探りでもいいので、自分自身の目標や夢を探し求め、その目標を共有する仲間と出会い互いに高め合うことが大切です。大阪大学には、皆さんの将来のロールモデルとなる素晴らしい先生方がおられます。加えて、総合大学である大阪大学では、多様なバックグラウンドを持つ人々と交流し、その輪の中に飛び込む勇気を持つことが、学びをより充実したものにしてくれるはずです。

大学で学ぶということは、単なる知識の習得ではありません。主体的に自らを高め、学びを通じて社会に貢献する力を身につけることです。「実学の阪大」として、研究や学問の知識と成果を、是非、地域や社会に還元し、人々の生活をより良いものにしていきましょう。その過程で、大阪大学の一員としての誇りを持ち、大きく羽ばたいていかれることを願っています。

――一般の方に向けてのメッセージをお願いします。

現代社会において、大学はもはや「学問のための学問」にとどまる存在ではありません。新しい知識を生み出し、社会に還元することはもちろん、人生100年時代を迎えた今、すべての人々の学びにとって重要な役割を果たす必要があります。「習うは一生」という言葉のとおり、学び直したい、新しいスキルや知見を身につけたい、これまでの経験を再構築したい、あるいは純粋に知的好奇心を満たしたいといった、さまざまな目的に応えることも、大学の大切な使命と考えます。大阪大学では、専門教育や研究活動を通じて未来を築く若者を支えるとともに、リカレント教育を通じて一般の方々にも「学び続けること」の大切さを伝えていきます。

大学がその役割を果たし続けるためには、地域や社会の皆さまからの理解と支援が欠かせません。「実学の阪大」の伝統を継承しつつ、教育と研究を通じて得た成果を社会へ還元し、未来を切り拓いていく力を次世代に繋いでいきます。「地域に生き世界に伸びる」~これからも大阪大学は、地域とともに歩み、社会とともに成長してまいります。





■ 熊ノ郷 淳(くまのごう あつし)

大阪大学大学院医学系研究科 研究科長・医学部長、総長参与、医歯薬生命系戦略会議 議長。専門は免疫学・内科学。
1966年生まれ。91年大阪大学医学部医学科卒業。97年同大学院医学系研究科博士課程修了(医学博士)。大阪大学微生物病研究所 教授を経て、2011年医学系研究科 教授(免疫学フロンティアセンター 教授を兼務)。15年同 副研究科長、副理事(~17年)。19年同 副研究科長(~21年)。21年より現職。
日本免疫学会賞、大阪科学賞など受賞多数。また、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 研究主監(ライフサイエンス系統括)、日本医学会連合 理事など学外の役職も歴任。
セマフォリンの免疫系における役割の解明など、内科学・免疫学の分野で研究成果を重ね、新型コロナの研究でも最前線に立ってきた。



【大阪大学NewsLetter 92号(2025年2月発行)】

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