「作るべき未来」こそ、人間の責任

「作るべき未来」こそ、人間の責任

知を集め、50年後・1000年後を考えるパビリオンに



今から50年後、人間はどんな社会の中で、どんな生活を送っているのだろう。ロボット工学の第一人者で大阪大学大学院基礎工学研究科の石黒浩教授は、4月に開幕する2025年大阪・関西万博の中核となるシグネチャーパビリオン「いのちの未来」で、2075年の未来社会のさまざまな姿を提示する。万博テーマ事業プロデューサーのひとりとして、大阪大学の研究者をはじめ、協賛企業の若手社員らと議論を重ねて内容を創り上げた。「来場者には、未来の体験を楽しみ、これからどんな未来を作っていくかを考えるきっかけにしてほしい」と呼びかける。


人間らしいアンドロイド

石黒教授が掲げるテーマは「いのちを拡げる」。科学技術の進展に伴って可能性が広がる命のあり方をパビリオンに展示する。研究の代名詞とも言える人間そっくりのアンドロイド約20体を配置。彼らが人間社会に溶け込んでいる想定で、表情を曇らせたり、腰をひねって振り返ったりする「人間らしい動き」に磨きをかけた。「これまでの研究のノウハウを全部注ぎ込みました」。他にも小型ロボット約30体が登場し、未来の学校や病院、高齢者施設などの環境がどう変わり、人々がどんな生活をしているかを見せる。

50年後に加え、1000年後の人間の進化した姿にも出会うことができる。「1970年の大阪万博では科学技術の展示の真ん中に、芸術的な迫力のある太陽の塔がありました。それに少し似ています」。1000年後の人間の姿は想像するほかないが、「もしかしたらこうなるかも、というアート作品として見てもらいたい」と話す。

バーチャルで参加できるシステムも用意している。実際にパビリオンを訪れ、ロボットのアバターに乗り移って見学することも、家庭などに居ながらにして、パソコンなどを使って同じくアバターでバーチャルな会場を見学することもできる。「新しい万博の形態として楽しんでもらいたい」。

テクノロジーで未来を作る、私たちの責任


石黒教授にとって今回の万博はどんな意味を持つのか。「これまでの万博は、科学技術で未来が豊かになる、と人々に希望を持たせるものでした。今回は少し違って、人間が未来に責任を持つための万博だと思います」。一体、どういうことだろうか。

「人間は、遺伝子の技術で人間を作ったり、エネルギーや環境制御の技術で環境を守ったり破壊したりできるようになった。これからもっと強大なテクノロジーを手にするようになる。技術の使い方を自分たちで考え、道徳的にも進化しなければいけない。無目的にテクノロジーを作り、使いまくれば、危険な状態を生む可能性もある。だから、どういう未来を作っていくかを考えておく。これは人間の責任なんです」。

50年後の未来像を創造するにあたって参考にしたのは、大阪大学の研究者たちの意見だった。「『いのちを拡げる』というのは、テクノロジーの力で命の可能性を広げるということ。大学の、特に工学系や医学系の先生がまさにやっていることですから」。

量子、免疫、人工心臓、BMI(ブレインマシンインターフェース)、核融合、人工光合成……。「阪大や日本でもトップクラスの、50年後に使われていそうな技術を研究されている先生たちに話を聴かせてもらいました」。その内容を、パビリオンの協賛企業の若手メンバーと共有し、未来にどんなプロダクトがあるのかを想像しながら議論を重ねた。展示にはその結果が盛り込まれる。

就任前に揺れた思い

実は、プロデューサー就任のオファーを受けた際、石黒教授は「引き受けるかどうか迷った」という。「大阪で開催される万博に貢献したいという思いは少なからずあった。しかし、このタイミングでなぜ万博をやるのか、どういう意義があるのか、自分の中で整理しきれていなかった」からだ。最も悩ましかったのは「現実世界の進化は早く、万博で新しいテクノロジーを展示しても、すぐに錆びて(古びて)しまうのでは」という疑念だったという。

しかし、現実の進化が早いからこそ「それに流されれば、もしかしたら間違った未来を作ってしまうかもしれない。今、想像力を働かせなければ」と思うように。「未来をみんなで考える場」という万博の位置付けが明確になった。 

いのちの議論の場も

同時に、教育や研究を通して未来を作っている大学としても万博に取り組むべきだと考え、総長や理事らにも働きかけた。大阪大学は関西経済3団体とともに23年3月、「いのち会議」を設立。市民や海外の人々も巻きこんで万博のテーマである「いのち輝く未来社会」の実現に向けて議論を深め、万博の会期終盤に「いのち宣言」を世界に向けて発信する。「開催地にある大学の責任として、ちゃんと未来を考える場を設けられたこと、すごく良かったと思います」。新しさや奇抜さの打ち上げ花火ではなく、あくまで「考える」というレガシーに重きをおく。

石黒教授は、ロボット研究の目的は「人とは何かを知るため」と、これまで著書などで繰り返し発信してきた。「ロボットやアンドロイドの研究をしていると、人とは何か、人の命とは何かという問題に直面します。今回の万博のテーマとぴったりかなと思います」。

大阪大学の多様な「知」と、石黒教授自身のこれまでの研究成果、そして社会との共創を結集したパビリオンが、間もなく全容を現す。



■ 石黒 浩(いしぐろ ひろし)プロフィール
1991年、大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程修了。工学博士。2009年より大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻教授。ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。17年から大阪大学栄誉教授。20年、大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーに就任。研究対象は、人とかかわるロボットやアンドロイドサイエンス。

■ いのち会議
「いのち会議」では、議論の成果を2025年10月11日(土)に万博会場内 フェスティバル・ステーションにて「いのち宣言」として世界に発信します。万博後も、「いのち宣言」を理念的な基礎として活動を続けていきます。
[Web] https://inochi-forum.org/

■ 大阪大学2025年日本国際博覧会推進室
「未来社会の構想」「海外の大学とのグローバルな共創」「次代を担う若者や学生の参画」に向けて、学内外の関係者と活動を展開しています。大阪・関西万博への大阪大学の取り組みや出展等の最新情報はWebにて発信中!
[Web] https://sdgs.osaka-u.ac.jp/expo2025/

(※ この記事は、2025年2月発行の大阪大学NewsLetter 92号に掲載したものです)


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