経営のプロが唸った、量子研究者の野望。 タッグを組んで、量子コンピュータ制御装置の グローバルスタンダードへ!

経営のプロが唸った、量子研究者の野望。 タッグを組んで、量子コンピュータ制御装置の グローバルスタンダードへ!

「スパコンで1万年かかる計算を量子コンピュータがたった200秒で成し遂げた」。グーグルの「量子超越」以来、量子コンピュータの開発競争が加速している。量子コンピュータでは頭脳になる量子ビットというハードウェアやそれに命令をするソフトウェアに注目が集まりがちだが、そのハードとソフトをつなぐ制御装置も不可欠だ。キュエル株式会社代表取締役の伊藤陽介さんと、取締役CSO/量子情報・量子生命研究センター(QIQB)の根来誠准教授らは、大学発のスタートアップの強みを生かし、制御装置のビジネスで世界をリードしようとしている。


制御装置なくして量子コンピュータなし!


量子コンピュータは、量子力学の物理現象を活用することで、古典コンピュータとは桁外れの超高速の計算を可能にする。世界を変えると目される量子コンピュータだが、その実現には最低でも100万量子ビット達成が必要だ。現在、最も進んだマシンでも1000量子ビットのレベルで、実現にはまだまだ課題が多い。

制御装置はソフトウェアからの演算指令をマイクロ波にして量子ビットに出力し、その結果をマイクロ波で読み出し、ソフトウェアに戻す装置だ。決して目立つ存在ではないが、量子コンピュータの稼働には必要不可欠。量子コンピュータ市場が2030年には3000億円になるという予想もある中、全体コストの数十%を占める制御装置の需要も右肩上がりに増加すると予想されている。

研究×経営で目指した「国内製造」



高い需要が見込まれる一方で、制御装置はメンテナンスに労力がかかり、スケールアップも難しい。また、製造は海外メーカーなどに寡占されてきた。これを国内で製造することができれば革命的だ。

量子コンピュータ研究の第一人者である根来准教授は、このことにいち早く気づいていた。2019年頃から独自の制御装置のビジネスプランを作り、資金調達のためにベンチャーキャピタルを回り始めた。しかし、「『プランが甘い』と相手にされませんでした」。経営のプロを求め大阪大学共創機構に相談。そこで紹介されたのが伊藤氏だった。

大学発半導体スタートアップの代表取締役経験もある伊藤氏は、根来准教授の話に「こんなビジネス分野があったのか」と驚いたという。「何より根来さんに勢いがあり、やる気とガッツが伝わった」ため、自ら代表を引き受けることに。実際、製品について研究機関にヒアリングに行き、「製品ができたら買いますよ」と即答されるほどのニーズの高さを実感した。研究者コミュニティで根来准教授が「愛されキャラ」で信頼されていることも確認し、起業の自信を得たと言う。

研究のプロと経営のプロがタッグを組み、量子コンピュータ制御装置の開発・製造に向けての挑戦が始まった。




出会って5カ月で創業 理研マシンへの採用も評価され


2人が意気投合してから5カ月後の2021年7月に「量子コンピュータの実用化を加速させることで、人類の課題解決に貢献する」というミッションのもとキュエルを創業。創業当時は昼夜を忘れて開発を続けた。すべての必要な機能を1つにまとめたオールインワン、メンテナンスが容易、量子ビットのスケールアップに台数を増やすだけで対応できるなど、従来の課題をクリアした装置の開発に成功。翌年には理研に制御装置を納入し、23年3月の国産初量子コンピュータの稼働を支えた。その実績も評価され、順調に売り上げを伸ばし、資金調達も不要な超優良経営を続けている。もちろん、23年12月に大阪大学に設置された超伝導量子コンピュータ国産3号機でも使われている。
キュエルの制御装置は、IBMなど世界の5機関しか達成していない50量子ビット以上の量子コンピュータの中で、唯一販売されている制御装置だ。また、技術仕様の多くを公開する「オープンシステム」の路線を採用している。




お互いの強みを生かした理想的パートナーシップ

現在社員は11人。拠点は東京の開発拠点と大阪大学だ。伊藤氏は「近くに量子コンピュータの実機があるからこそ開発をスムーズに進められる。大阪大学発ベンチャーの強みです。大阪の『やってみなはれ』的なノリの良さも確実にある」と話し、根来准教授も「大学にとっては研究の事業化を間近に見られ、キュエルにとっては最新の知見を持った研究者と議論しながら開発を進められる。理想的なパートナーシップを築けています」と手応えをつかんでいる。

世界のトップランナーに

今後のチャレンジは、急速な量子ビット数の増加にも対応する頼られる存在になることだ。装置の小型化、低消費電力化などを進め、現在有力な超伝導方式だけでなく異なる量子ビット方式にも適応する汎用性を目指す。「国が進める144量子ビット、さらにIBMが開発中の1000量子ビットのレベルに対応する制御装置にも取り組んでいます。その先はまだ誰も描けていない。その先を描くことができるのは、あらゆる知見を持つキュエルと阪大だけだと思っています」と根来准教授は力強く話す。伊藤氏は「国内の足場は固めました。拡大し続ける世界の市場のトップランナーを目指します」と海外展開も視野に入れる。日本に革命をもたらした制御装置が、世界のスタンダードとなる日も近いはずだ。



■ 伊藤 陽介(いとう ようすけ)

東京大学大学院工学系研究科修士課程修了、マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院修了(MBA)。経営コンサルティング会社、ディスプレイ製造会社を経て、大学発半導体スタートアップの代表取締役も務めた。2021年にキュエル株式会社を創業し、代表取締役に就任。

■根来 誠(ねごろ まこと)

大阪大学大学院基礎工学研究科 博士(理学)。現在、大阪大学量子情報・量子生命研究センター副センター長・准教授。株式会社QunaSys共同創業者・技術顧問。キュエル株式会社共同創業者・CSO。専門は量子センシング(超高感度MRI)と量子コンピュータ(スピン、トラップイオン、超伝導量子ビット制御技術)。


■キュエル株式会社 Webサイト  https://quel-inc.com/ja/home/




(※  本記事は、2024年9月発行の大阪大学NewsLetter91号に掲載されたものです。 )

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