社会課題解決へ向け、新価値を共創 大阪大学の「知」を生かす新会社

社会課題解決へ向け、新価値を共創 大阪大学の「知」を生かす新会社

Interviewee:大阪大学フォーサイト株式会社 松波晴人 代表取締役社長

社会課題解決へ向け、新価値を共創 大阪大学の「知」を生かす新会社

 日本経済の低成長が続き、「新しい価値(新商品、新サービス、新規事業)」を求める企業が増えている。そんな中、大阪大学は2022年8月1日、100%出資の子会社「大阪大学フォーサイト株式会社」を設立した。新規事業などをクライアント企業と共に創出し、社会課題の解決に貢献することを目標としている。代表取締役社長に就任した松波晴人氏は、「行動観察」をベースとする新価値創造の方法論「フォーサイト・クリエーション」を確立・実践し、さまざまな新価値創出に携わってきた第一人者だ。「未来への展望」を意味するフォーサイトの目指すものを、松波氏に聞いた。

 大阪大学出資の子会社は「大阪大学ベンチャーキャピタル」に次ぎ2社目。フォーサイトは大学の「学術的な知」、すなわち約6000人に及ぶ教職員の知見を活用して新しい価値を生み出す点に大きな特徴がある。
 松波氏は長らく勤めた大阪ガスを退社後、大阪大学共創機構特任教授(常勤)に就任した。大学から子会社設立の計画を聞き、「やらせてほしい」と手を上げた。前職時代から、イノベーションを起こすための思考法をビジネスマンらに伝え、企業から計1600件もの依頼を受けた実績を生かして成功例を作れると確信したからだ。

◆クライアントと共に、もがきつつ

 フォーサイトが手がける事業は主に二つ。一つは個別の企業からの依頼に基づき新しい事業、新商品、サービスを共に生み出す「新価値共創事業」、もう一つは「新価値創造人材育成事業」だ。
 新価値共創事業では、新価値の発想のために「行動観察」を実践する。「場」に足を運び、その「場」において起こっている人々の行動などの「事実」を観察し、潜在的なニーズを見出すための方法論が行動観察であり、松波氏が日本に持ち込んだものである。例えば、新商品やサービスを考える際に、顧客の日常的な行動はもちろん、意外に思えるような場(お寺など)にも赴くなど、この方法論は奥が深い。「『場の情報』にいかに気づき、良い仮説を出せるかが重要。前職ではいろいろな場に観察に行きました。1カ月間出社しないこともあったほど」と笑う。

 行動観察で得た気づきや事実を、知見を交えて解釈した先に、新しい価値が見えてくる。松波氏はこの理論的に整理したプロセスを「フォーサイト・クリエーション」と呼ぶ。
 もちろん、新価値の創造は容易なことではない。新しい取り組みはなかなか組織で理解されにくい。「楽しいが、苦しい旅でもある。しかし、クライアント企業のみなさんと一緒に葛藤しながら、共創していきます」。大切にするのは、クライアント企業に一方的に答えを提供することではなく、常にクライアントに寄り添い、伴走を続ける姿勢だ。「『コンサル』という言葉はあまり好きではない。本当にお客さんのためになること、『カスタマー・サクセス』を目指していきたい」と言う。
 そんな松波氏の人柄も後押しし、開業4カ月で、新カテゴリーを作りたいというメーカーなど7社から14案件を受注する好スタートを切った。「ありがたいことに1年目から黒字の見込みです」と喜ぶ。
 一方、人材育成事業では、MBA等とは異なった観点から新価値を生む人材の育成に取り組む。既に大学や個別の企業向けに方法論の講義をしているが、さらに体系的に整備し教える計画だ。2023年度後半の本格始動を目指す。

◆「行動観察」に欠かせない「大阪大学のアカデミックな知見」

 方法論の原点は、米国コーネル大学のデザイン環境分析学科へ留学した経験に遡る。「幼稚園児の何らかの能力を伸ばすおもちゃをつくれ」という課題に対し、遊ぶ園児をじっくり観察したうえで、図書館でその時期の幼児が伸ばすべき能力について学術的知見を集めた。「幼児期は手先の器用さを伸ばす必要があるが、そのような機会が少ない」との仮説から、遊びながら手先の器用さを伸ばせるおもちゃを考案した。
 「観察した事実とアカデミックな知見を統合すると、新しい発想が生まれる」。留学中に教え込まれた思考法を日本に持ち込んで「行動観察」と名付け、新価値創造の方法論として確立させた。今や多くの企業が採用するが、「いい仮説を生み出せている会社はとても少ない」と言う。
 「理由は単純で、知見を駆使していないから」。いくら観察しても、幅広い知見、引き出しがないと、よい解釈はできない。顔色や血液など患者の医療データをいろいろ集めても、医学的知識がなければ、正しい診療ができないのに似ている。
 そこで重要な役割を果たすのが「大阪大学の学術的な知」である。研究型総合大学の大阪大学は11学部、15研究科、6研究所を持ち、ありとあらゆる分野の専門家がいる。その膨大で最先端の知見を活かして初めて「行動観察」が完成する。
 既に恩恵を十分に感じている。受注した案件に関する知見について尋ね、協力を依頼した教員は、みな快諾してくれた。「阪大の先生はとても協力的で、知見を実社会に役立てたいとの気持ちを持った先生が多い。こんなところは他にないと思う」と感謝する。

◆世界に広がる「価値」を目指す

 目指すのは「世界にスケールする価値を日本から生み出すこと」。「日本で生み出した価値を世界の人が使ってくれる、そういったアウトバウンドがあってはじめて国が栄える」と思うからだ。
 具体的には「社会課題を解決することが重要」だと言う。例えば、「心の平穏がこれからの大きな市場になる」と予想する。「WHO(世界保健機関)が、2030年にはうつ病が世界中の人の寿命を縮める要因の1位になると予測しており、メンタルの問題は重要性を増す」と見込む。
 「人間のことを知りたい。人間を理解することに一生を捧げよう」。就職活動時の想いを胸に歩んできた松波氏。時を経て舞台こそ変わったが、人間への興味は尽きることなく、着想の根源には常に人間の存在がある。

(※ この記事は、2023年2月発行の大阪大学NewsLetter88号に掲載したものです)

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