医療現場の「近未来」が実現する 「AIホスピタル」

医療現場の「近未来」が実現する 「AIホスピタル」

 患者の表情を読み取り、理解度を判定しながら外科手術の事前説明を自動で行うアバター。電子カルテに音声で文字を入力する医師。患者を診察室まで運ぶ自動運転の車椅子――。一昔前ならばフィクションだった近未来的な技術だが、いずれも実証実験が進んでおり、近い将来、医療現場に導入される見込みだ。

 実現のキーワードとなるのが「AI」。教育やビジネスなど多分野での利用が進み、医療分野においても活用に注目が集まっている。そんな中、大阪大学医学部附属病院では、内閣府が主導する「AIホスピタル」を目指し、院内のさまざまな場所にAIを実装するため一般企業と連携して20を超えるテーマの試験や検証を実施中だ。

 昨年度まで病院長としてAI導入の旗振り役を務めた土岐祐一郎教授と、2018年に新設され病院内で中核的な役割を担っている「AI医療センター」の川崎良特任教授(常勤)※の2人に、医療現場でのAIのあり方について話を聞いた。

※以下、特任教授

 ▽医療においては「拡張機能」

 「AI」と聞くと、何を連想するだろうか? 機械が大量のデータから学習し、まるで優れた人間のように判断を下す……。そんなイメージを抱く人もいるだろう。これは、AI=Artificial Intelligence。「人工知能」と呼ばれる。一方、医療の文脈で語られる際には「AI=Augmented Intelligence拡張機能・拡張知能」としても使われる。AIは、あくまでも人を補助するために使うという思想に基づいているからだ。19年に世界医師会(WMA)が声明を発表しており、日本でも主流の考え方だ。土岐教授は「医師・看護師も働き方改革の時代を迎える中で、AIの導入で重要なのは多忙な業務を改善すること」だと強調する。

 阪大病院で進められている研究、開発についても、AIが医師や看護師をサポートする内容だ。大別すると、業務支援と診療高度化に分けられる。

 一例として業務支援では、眼科などで電子カルテへの音声入力の試験運用が始まっている。現在はフットペダルを踏み込むことで入力を開始。所見はもちろん「右15」などと、眼圧の数値も記入できる。眼科は診察の際に器具を操作するため医師の両手が塞がっており、手を使わず記入することで患者とのコミュニケーションに時間を割くことができるメリットが大きいという。

 一方、診療高度化の例では外科手術の事前説明に主治医を模したアバターを利用することを始めた。患者がAIのアバターとの対話で「手術について予習」することで、その後の人間の医師とのやり取りがスムーズになる効果が期待されている。


医療現場の「近未来」が実現する 「AIホスピタル」

▽日本のAI実証研究のパイオニアとしての阪大病院

 一般的にAIの導入には、医療従事者の負担軽減▽医療の質確保▽増加する医療費の抑制――などの大きな期待が寄せられており、超高齢化社会となる中で国としても積極的に取り組みを進めている。内閣府は18年~22年度の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の中で「AIホスピタル」の構築を計画。日本のパイオニアとして阪大病院を含む国内有数の5医療機関が採択された。

 阪大病院は、年間約58万人の外来患者が訪れ、手術数も約11000件と診察規模の大きさでデータの数が重要となるAIとの親和性が高いと判断された。加えて、阪大病院は関西圏の27医療機関とのネットワーク「OCR―net」をすでに構築しており、医療情報を生かす横のつながりも強く、AIが得意とする情報解析にも有利だと国から高く評価されている。

 データの蓄積に関しては日本でもいち早く診療情報の電子化に取り組んできた。現在はこの基盤を基に、病院を受診される外来患者を対象に、企業との「開発」を含めたAI研究に医療情報を利活用することへの協力のお願いを始めた。2022年7月中旬時点で8000人分近くを収集。80%ほどと想定していた同意率も97%を記録するなど順調に推移しており、患者としてもAIの研究開発に好意的であるという感触を得ている。いずれは病院全体に取り組みを広げるという。川崎特任教授は「これまで院内での研究には使えても、企業と一緒に行う『開発』には利用が難しかった。すべての患者さんに対して事前に同意を得ることで、幅の広い活用が見込める。今後は、外部への提供も可能になっていく」と利点を挙げる。

▽理想は気が付かないところに「AI」

 医療の「ブレークスルー」だとされるAIについて、現場の医師が最も期待するのは何かを尋ねると、土岐教授から意外な言葉が返ってきた。

 「患者さんとのコミュニケーションの時間を取り戻したい」。

 背景にあるのは医療の高度化にともなって安全性の確保が重要となり、医師や看護師が煩雑な事務作業に追われている現状だ。患者の顔を見て、患部を触って診断する時間が減ったという危機感があるという。だからこそ「書類作成や安全性のチェックなど機械のほうが得意な分野を任せることで、人でしかできないことに集中できるようになれば素晴らしい」と、理想のあり方を語る。

 川崎特任教授も「自然な形でAIが業務をサポートすることで、ふと気が付いた時に『ああ、あの時AIがあったから良かった』と分かるくらいが理想の近未来」と同意する。

10年以上前。新たな技術として電子カルテが導入された時の評判は、非常に悪かったという。当時は、まだまだ利便性が悪く「紙に書いたほうが早い」という評価でしかなかった。だが、それが少しずつ改良され、今や電子カルテは主流になっているという。

AIも現状では万能の技術ではない。だが、土岐教授は「何かが劇的に変わるというよりも『これ使ったら、便利だよね』という積み重ねが現場を変えていく」と指摘する。インターネットの検索機能やお掃除ロボット、自動車の運転サポートなど、いつの間にか我々の生活に身近な存在になったAIだが、その存在を意識することは少ない。医療の現場でも「実はAIが使われて、よりよい医療になっている」という世の中は、すぐそこまで来ている。

阪大病院で検証が進められている主なAI関連事業

▽業務支援

AI顔認証による電子カルテ利用

 電子カルテへの音声入力

 タブレットを使った入院患者向けの問診支援AI

 小児病棟への入室における顔認証システム

 患者の転倒防止アラートAI

 自動運転モビリティー(車椅子)

▽診療高度化

 外科手術患者への医師アバターを使った事前説明

 病理画像診断支援AI

 高齢者のフレイル(虚弱)診断

▽情報解析

 患者の同意を得た上でカルテなど医療情報を二次利用する「阪大データバンク」

AI医療センターのリンク:https://www.hosp.med.osaka-u.ac.jp/departments/ai.html

◆大阪大学医学部附属病院

1000床を超える国内有数の大学病院。内科系科、外科系科、感覚・皮膚・運動系科、脳神経精神科、女性・母子・泌尿生殖科、放射線科の診療部門のほか、専門外来や高度救命救急センターなどを構えた関西地域の中核病院。医療人の育成と共に高度で先進的な医療の研究・開発にも力を注ぐ。2015年に全国初「臨床研究中核病院」の承認を受け、18年には「がんゲノム医療中核拠点病院」にも指定。再開発事業の「総合診療棟」は、25年春の稼働を目指す。

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