【社会と大学の対話】 大学と企業の連携で社会を変革 新しい「価値」と多様な「知」を創造する(2015年11月)
先見性・独創性が大阪大学の特徴
西尾
初めまして、西尾です。本日はよろしくお願いいたします。武内さんは人間科学部のご卒業ですが、どのような学生時代を送られたのですか。
武内
よろしくお願いいたします。総長との対談で緊張しています。人間科学部では文化人類学を専攻し、多様な新しいことを学び経験できた4年間でした。豪州・シドニーでのホームステイや、フランス・シャルトルへの巡礼などを通して異文化も体験しました。フィールドワークなどで初対面の人と会って話を聞くことがとても楽しくて、その経験が今の仕事にもつながっているのかなと思います。人間科学部は学際的な学部で多様な経歴を持っていたり独創的な発想をする同級生も多く、大いに刺激を受けました。
西尾
人間科学部は1972年に新設された比較的新しい学部です。確かに学際的という意味で、開設時、他大学にはない大変ユニークな学部として注目されました。先見性、独創性は創設以来の大阪大学の大きな特徴のひとつです。大阪大学の学生は、指導教員が話したテーマに興味を持つと、「一緒にやりましょう!」と非常に積極的で、実際に行動に移し実現してしまいます。そのような大阪大学の雰囲気が私はとても好きですね。武内さんはどのようなきっかけで起業されたのですか。
企業や大学は社会に対して何ができるか
武内
卒業後は一旦、コンベンション企画運営会社に就職し、4年後の1990年に会社の仲間とコングレを設立しました。まだ20代から30代を中心とした若い集団でしたし、同僚40人での起業は当時、業界内では注目の出来事だったようです。そしてスタート時に3つの経営理念を掲げました。「良い仕事をすること」「地域や社会に貢献すること」「いきいきとした社員の集合体であること」。自分たちが自ら組織を動かすことで、働きがいのある会社にしようと考えました。しかし携わっていた仕事を全て前の会社に置いて出てきているので、ゼロからの出発でした。私たち一人一人を信頼してくださり、「あなただから頼みたい」と仕事を依頼してくださる方々には本当に感謝しましたし、だからこそ失敗できないという緊張もありました。また独立したことで、これまで自分がいかに守られていたかを痛感し、自分の立場というものを客観的に見られるようになったと思います。
西尾
武内さんから経営理念を伺って思ったのは、やはり企業は「社会の公器」であるということ。今、日本の社会は行き詰まりかけています。社会に対して企業や大学は何ができるかを考え貢献することが、資本主義社会において大事だと思います。また、企業と大学が仕事をするうえでお互いの信頼関係が必要ですが、とりわけ「人と人」の視点が非常に重要になります。私自身も研究者として多くの国際会議の企画・運営に関わってきましたが、企業名ではなく、常に相手、つまり信頼する誰々さんと一緒に仕事をしたいという視点で依頼先を選んできました。
武内
私個人としてそのような実績と信頼を持つ社員を育成することが大切と思うと同時に、会社として、組織としても、単に実績だけでなく顧客の満足度などを含め、相手の方ひいては社会全体の信頼を得られるシステムを確立する必要があると思っています。
産学が連携して新しい芽を生み出す
西尾
組織は大きくなればなるほどシステマティックに人材を育てる必要があります。国立大学においても、国立大学への運営費交付金など予算配分が厳しくなるなか、研究分野だけでなく人材育成においても、産業界と連携する考え方が重要だと考えています。大学には最先端の研究に携わる教員はいますが、企業の現場ならではの知見は学生に伝授できません。例えばコンベンションの世界で言うなら、時間的なタイムリミットがあるなかで完璧を期した運営を行っていても、不測の事態は起きます。そのような緊急事態をうまく収拾し、何を最優先させるのかを的確に判断できるスキルを持った人材が必要です。リアルな世界で危機的状況を乗り切っていく能力には汎用性があり、どの分野でも通用します。大学マネジメントにおいても同様で、企業から講師を派遣していただき、関連分野の人材育成プログラムを強化していきたいです。武内さんにも講師をお願いできれば心強いです(笑)。
武内
大阪大学では、これまで医学系学術会議を中心とした企画・運営に携わらせていただいてきました。現在、企業と大学のつながりがクローズアップされるなか、いろいろな分野における産学連携の大きな動きを感じています。歴史に残るようなコンベンションの企画・運営だけでなく、コンベンションを通じて築いてきた人脈・情報などを活かし、いろいろなアプローチや切り口で、異なる分野や人と人をつなぐ機会づくりなど、今後、インターフェイスとしての仕事もぜひ手がけていきたい。まだまだ力不足ではありますが、私たちの仕事は、そのようなチャレンジが可能な社会的ポジションにあると思います。2013年にはグランフロント大阪に、初の民設民営のコンベンションセンター「ナレッジキャピタルコングレコンベンションセンター」を開設しました。センターを利用して、幅広い分野における産学連携の芽を見いだしていくお手伝いができればと思っています。
「5つのオープン」を掲げ、開かれた大学へ
西尾 大阪大学は大阪府・市民や大阪政財界の強い後ろ盾で創立された大学です。源流は江戸時代の懐徳堂と適塾に見いだすことができます。そのような大阪大学だからこそ、産学連携に加えて、社学連携も重視していきたい。大学における最先端の知識や研究成果を市民にわかりやすく説明するなど社会と深く連携する活動を、さらに展開していきます。大学は今まで学術・研究の拠点として、社会とのつながりの面では比較的閉じていました。私は、開かれた大学をめざすため、「5つのオープン」という方針を打ち出しています。「オープンエデュケーション」「オープンサイエンス」「オープンコミュニティ」「オープンガバナンス」、それらを踏まえた「オープンイノベーション」です。これらの開放性「Openness」を基軸として、来る2021年の創立90周年を見据え、大阪大学は、学問の真髄を究める卓越した研究の場であるとともに、公共的課題に取り組み、社会にイノベーションをもたらす「世界屈指の研究型総合大学」でありたいと考えています。
女性のキャリアを支援する社会に
武内
私が社会人になった1986年に男女雇用機会均等法が施行されました。私自身については幸運にも、ガラスの天井(女性の昇進を妨げる見えない障壁)を感じたことがありません。コングレの経営理念である「いきいきした社員の集合体にする」という項目には、女性の活躍を推進するという意味も含まれています。現在、社員数も男女半々で役員も同じ状態。男女を全く区別していません。ある女性経営者に、女性には実際、伸びなくなる年代があると言われました。出産・育児などのハードルもありますが、マネジメント業務に就くことを余り望まないなど、現状に満足してしまう敢えてチャレンジしない傾向も感じられます。いろいろなチャンスやポジションが提示された時に、自分を止めてしまわず向かっていけるよう、同じ女性として後輩に、ステップを上がっていく面白さを伝えてあげられたらと思っています。
西尾
世界経済フォーラムが公表しているジェンダーギャップ指数(2015年)で、日本は145か国中101位と最下位グループにあり、大阪大学も男女協働に関しては遅れをとっています。しかし低迷する日本経済は今、ターニングポイントを迎えており、再び成長に転じるかどうかの成否は女性の活躍にかかっていると信じています。中学・高校・大学を通じて優秀な成績を収める女性が多いのですが、就職後に出産・育児に携わることで仕事のパワーが維持できなくなることがあります。そこをどう乗り切れるか、大阪大学でも、その時期の女性教員(研究者)・職員をどうサポートし、次のステップに進んでいくかが大きな課題です。いま大阪大学では女性教員数を増やす取り組みを進めています。女子学生の数は多く、しかも年々増えています。女子学生がときめく女性教授がいて、大学院に進み教員になろうと思えるような好循環を作り出したいと考えています。男女協働に関する事務組織や、ポスト、予算措置など、少しドラスティックな方法も含めて、そのきっかけづくりを考えているところです。
「地域に生き世界に伸びる」人材を育成
武内
女性も含めた人材育成に関して、私としては、どのような人材を育てるかの前に、まずは、この業界に多くの人が来てほしいと思います。「コンベンション」という業種は、世間一般では未だ知られざる業界です。「プロフェッショナル・コングレス・オーガナイザー(PCO)」という仕事を今日の対談でぜひアピールしたいと思います(笑)。この業界においても、まず必要な能力はコミュニケーション力です。他分野や異文化を理解すること、そして主催者の意図を汲み取れること。そのうえでそれぞれの仕事で大変な場面を体験することで、緊急時にも次の布石が打てるなど徐々に成長していけます。
西尾
男女に拘わらず、私は「グローカル」な人材を育成したいと思っています。グローカルとは、グローバルとローカルを合わせた言葉で、大阪大学のモットーである「地域に生き世界に伸びる」が端的に表現していると言えます。グローカルな人材とは、その地域の人たちに溶け込み信用を得る一方で国際的な視野を持ち、世界の檜舞台で活躍できる人、そんな若者を育てたい。そのために大阪大学は教育に関して、「教養」「デザイン力」「国際性」「コミュニケーション力」という4つの指標を掲げています。国際性とコミュニケーション力については言うまでもないと思いますが、教養とは、ひとつの物事を複眼的に多様な角度から見られること。そしてデザイン力とは、与えられた条件下で最適な行動、最適な解を、その場に応じて導き出し、デザインできることを意味します。今、企業などで求められるのは、「How to do」ではなく、「What to do」。どうこなすかだけでなく、まずはどういう問題を考えないといけないのか認識できることが大事だと思っています。
社会的責任を果たしながら花開く
武内
社会の変化は激しく、周辺の環境を含めて、どんどん変化しており、コンベンション・ビジネスも変容してくると思います。これまでは受託型のビジネスが中心でしたが、いろいろな分野や人をつなぐような自主企画など、自分たちから積極的に社会に打って出るような方向もスタートさせたいと考えています。コンベンションセンターというハードの開設には、大きなビジネスチャンスもあれば、グランフロント大阪という街の一員としての責任もあります。母校の大阪大学とも連携し、社会的責務を果たしながら、かつビジネスとして花開けるよう、手探りしながらみんなで一歩一歩前進していきたい。それによって社員が達成感を味わい、女性の活躍にもつながればと、欲張りではありますが思っています。今日の西尾総長との対談で示唆いただいたことを心がけ社業に励みたいと思います。どうもありがとうございました。
西尾
武内さんと対談して、コンベンション・ビジネスというのは、国際会議などの企画・運営だけでなく、街づくりや、エリアの活性化による賑わい創出、人と人の出会いの活性化など、社会を変え、イノベーションを起こしていくことにつながる仕事なのだと認識しました。1990年の起業から25年で国内シェアトップにまで発展させるというのは大変なことです。卒業生のめざましい活躍ぶりは嬉しいかぎりです。産学連携・社学連携の取り組みにより、第二、第三の武内さんが大阪大学から誕生することを総長として期待しているところです。大阪大学の女子学生のロールモデルとして、今後も大いに飛躍してください。
本日はどうもありがとうございました。
●武内紀子(たけうち のりこ)氏
1986年大阪大学人間科学部卒業。コンベンション企画運営会社勤務を経て、90年コングレ設立に参画。01年取締役営業企画部長。常務取締役、代表取締役専務を経て、13年6月から代表取締役社長。一般社団法人日本コンベンション協会(JCMA)代表理事、観光立国推進協議会幹事、文化庁文化政策部会委員、大阪府観光客受入環境整備の推進に関する調査検討会議委員などを務める。
■西尾章治郎(にしお しょうじろう)
1951年生まれ。75年京都大学工学部卒業、80年同大学院工学研究科博士後期課程修了(工学博士)。京都大学工学部助手、カナダ・ウォータールー大学客員研究助教授、大阪大学基礎工学部助教授、情報処理教育センター助教授を経て、92年同工学部教授。大阪大学サイバーメディアセンター長(初代)、同大学院情報科学研究科教授、同研究科長、大阪大学総長補佐、2007年~2011年同理事・副学長。13年同サイバーメディアセンター長。15年8月から現職。専門はデータ工学。