令和6年度入学式総長告辞(2024年4月2日)

 大阪大学に入学、進学されました皆さん、おめでとうございます。
 本日、ここに3,374名の学部学生、2,987名の大学院生の皆さんが、晴れて大阪大学の一員となりました。大阪大学教職員一同、心から皆さんの入学・進学を歓迎いたします。
 また、これまで長年にわたり、成長を温かく見守り、勉学を支えてこられましたご家族の皆さまに、衷心よりお慶びとお祝いを申し上げます。

 皆さんの前には、皆さんと同じ数の輝かしい道が開かれています。
 本日は、大阪大学での生活が始まるにあたって、大阪大学の特徴と、大学生活で大切にしていただきたいことについて、お話しいたします。

 大阪大学は、11学部15大学院研究科、四つの図書館、二つの病院、23の研究所やセンター等を擁する総合大学です。学部学生は約1万5千人、大学院生は約8千人を数え、特に学部学生数は日本の国立大学の中では最大規模です。

 大阪大学の精神的源流は、江戸時代に創設された「懐徳堂」と「適塾」、そして大正時代に設立された「大阪外国語学校」に見出すことができます。
 「懐徳堂」は、大坂の5人の有力商人が、「町人に日常道徳を説く」ことを基本として設立した学問所です。しかし懐徳堂では、単なる道徳だけではなく、天文学や解剖学といった自然科学も積極的に研究され、世間からは、「鵺学問」とも揶揄されました。鵺とは、頭は猿、足は虎、尾は蛇の伝説上の妖怪です。「一貫性がない。」という意味でしょう。しかし、こうした幅広い学問を教育する在り様は、今日での「学際性」や「文理融合」、つまり、文系、理系の枠を超えた学問の探究を目指すパイオニアであったと言えます。

 もう一つの源流といえる「適塾」は、現在も大阪市中央区北浜に残っており、国の史跡、重要文化財に指定され、大阪大学が管理しています。町医者であった緒方洪庵が開いたこの塾は、医学のみならず、化学などいわゆる西洋の近代科学の先見性を学ぶことができました。全国から塾生が集い、福沢諭吉、佐野常民ら、日本の近代化に大きく貢献した多くの偉人を輩出しました。

  さらに、大正時代に林蝶子が、海運業で財を成した夫の遺産を当時の文部省に寄付したことにより、設立が実現したのが大阪外国語学校です。
 「大阪に国際人を育てる学校を」という理念のもと、開学当初から、外国語の習得のみならず、それを前提とした上で、それぞれの文化や歴史を学ぶことを目的としていました。
 その視野を育んだ卒業生が日本の国際化に大きな影響を与え、2007年の大阪大学と大阪外国語大学との統合を経て、現在の外国語学部のユニークで開放的な学風へとつながります。

 ここで、皆さんの心に留めていただきたいのは、この三つの学問所・学校は幕府や政府主導でつくられたのではなく、市民による市民のための学校として設立された、ということです。
 大阪大学のモットーは「地域に生き世界に伸びる」です。ここには「市民の誇り、市民の夢、市民の願い」が込められています。大阪大学は、この大阪の地に深い根を張った大学であること。この事実は、すべての学生・教職員にとって大いに誇りとするところです。

 さて、皆さんは、受験という大きな試練を乗り越え、ここに集いました。
 この受験勉強は、「答えのある」問いに対して、いかに迅速かつ正確に回答を導くか、ということが求められていました。つまり、先人がすでに発見した真理や法則を習得することで、知識を増やしてきました。
 そのせいもあってか、皆さんの世代では、効率性やタイムパフォーマンスを意識して、同時進行や、動画の倍速視聴をしたりしていると聞いています。
 それでは、それによって得られた時間は何のために使うべきか、そこまで考えたことがありますか。
 大学で学ぶときには、この「時間の使い方」が大きな意義をもつと考えています。

 時間は滔々と流れていきますが、一人ひとりに与えられた時間には限りがあります。ただ、その時間の使い方を自分で決められることは、学生時代の特権なのかもしれません。
 大学生活では、タイムパフォーマンスの考え方には馴染まないことが出てきます。なぜなら、大学での学問は「答えがあるかどうかもわからない」問いに向き合うことが求められるからです。これは、人類としてまだ答えを見出せていない知のフロンティアにあなたが立つということでもあります。
 知のフロンティアに立つ。その時、あなたは、戸惑いを感じるはずです。どれだけ検索をしても、どれだけ人に尋ねても、正解に辿り着かない。時間をかけて考える。考えて、考えて、悩みさまよう。そして、かすかに見えてくる、ほのかな光に導かれて、何とか自分で納得できる正解へと行き着く。
 これからは、そのための時間を意識して作らなければなりません。
 この思考のための長い時間は、一見もどかしく感じるかもしれませんが、あなたの「教養」と「専門性」を養います。そして、それらはあなたが物事を論理的に推論し、判断する能力、すなわち「理性」となって、あなたの人間性を高めてくれます。

 今から約250年前、近代哲学の祖といわれるイマヌエル・カントは、「自分の理性をあらゆる点で公的に使用する自由」の大切さを述べました。この言葉が、当時のヨーロッパでの市民の地位向上につながり、市民が主人公となる現代の社会システムが成立したのです。

 「理性の公的な使用」。即ち、今まで習得してきた大量の知識を、「正解が見出せていない問い」に時間をかけてチャレンジする過程で推論、判断、論理的思考をする力である理性へと高め、その理性を社会課題解決のために使っていく。
 大学生活は、その大きなシフトチェンジのための準備期間であるとも言えます。
 限られた時間の中で、自分には何ができるのか。そのことを本気で突き詰め、後悔するような時間の使い方は決してしないように、今から心に刻んでおいてください。

 さて、理性の公的な使用についてお話をしたところですが、もっと身近なところには、似たような概念で「利他」という考え方があります。いうなれば、自分よりも他人の利益や喜びを優先し、他人の幸福を願うこと、とも言えます。
 皆さんがここに至るまでのことを少し思い出してみてください。必死で受験勉強に向かうあなたに、ご家族、恩師、友人はじめ多くの方が、温かい言葉をかけてくれ、環境を整えてくれて、そして今日があるはずです。これも「利他」の心です。それをあなたが受け取ったのです。

 本日は、このあと、本学応援団の演舞があり、皆さんに力強いエールがおくられます。
 応援団は、まったく自らの利益を考えることなく、まさに利他の心でただひたすらに、必死で闘っている人、くじけそうになっている人に対して、「一人ではないよ、大丈夫だよ」とあらん限りの声を振り絞ります。
 このような支えがあるからこそ、私たちは前を向き、歩み始めることができるのです。

 応援団といえば、今から10年近く前の、とある女子学生のエピソードが忘れられません。2011年、東日本大震災が起きた際、大きな声を出して派手なパフォーマンスすることを自粛するムードが社会全体に蔓延しました。応援団も活動の機会が少なくなり、新入生の勧誘ができない状況でした。その影響から、応援団の部員が年々減少し、2014年にはとうとう2名となり、応援団の存続が危ぶまれる状況に陥りました。
 そんな時、応援団に所属していた彼女は、留年覚悟で自ら応援団長として部員獲得に奔走し、応援団を存続させたのです。
 その後、ことあるごとに、学生や大学、時には市民に対してまでも、様々な機会を捉えて彼女はエールをおくり続けてくれました。
 そのような彼女のパフォーマンスに励まされた人はとても多く、私は、ひたむきにエールをおくる彼女の姿を今でも忘れることができません。

 このような利他の心は、個人のためだけではなく、社会のためにも生かすことが求められます。一人ひとりが利他の心を持って自身の行動を社会に向けることで、社会の共感や結束を生み出し、社会課題の解決や調和のとれた社会を形成する重要な基盤となります。
 その最初のステップとして、これからの大学生活では、人とのつながりを大切にし、周囲の課題やニーズに目を向けて行動することも心がけてみてください。

 先ほど、かつて応援団が存続の危機にあったことに触れましたが、実は近年でも、大学の課外活動は、Covid-19による自粛期間によって、活動の休止や制限を余儀なくされました。今は、ほとんど通常の活動状態に戻ってはいるものの、その影響により、体育会、文化会問わず、部員の獲得に苦慮しているところが多いという学生の皆さんからの声があります。
 今日から始まる学生生活は、青春を謳歌できる貴重な時間です。勉学や研究のみならず、課外活動にも積極的に参加して、様々なことを経験してほしいと思います。小さな勇気を振り絞り、新しいことに挑戦する。今までの自分の殻を少しだけ破ってみる。そんな新たな一歩を踏み出してほしいと思います。
 今年度、体育会ではアメリカンフットボール部が関西学生リーグ1部に昇格、ラグビー部も関西大学ラグビーBリーグに昇格します。ほかにも、全国レベルで活躍している競技団体が多くあります。
 文化会では、書道部が社会での啓発活動を実施し、豊中市から感謝状を受けたり、大阪大学短歌会所属の学生が今年の歌会始において、1万5千首を超える応募の中から10首の入選の中に入り、皇居に招待されたりしています。
 その短歌を紹介します。

     目を瞑り一分間を祈るとき皆が小さき平和像なり

 「世界で戦争が相次ぐ中、戦争を経験していない自分たちでも一日も早い収束を祈ることはできる」という強い想いの中、長崎の平和記念像を思い浮かべて詠んだ歌だそうです。
 軍事衝突だけでなく、今年1月に発生した能登半島地震のような災害、そして食糧問題や環境破壊。さらには、経済格差の拡大や人口動態の問題など、解決しなければならない様々な課題が現代社会にはあふれています。
 そして、ここにいる皆さんは、将来、こうした課題に向き合い、より良い社会を築き上げる主役として活躍する人たちです。そのときのために、皆さんには、これから大阪大学で過ごす時間の中で、「理性」を養い、「利他」の心を磨いてほしいと強く願います。

 これから始まる大学生活において、皆さん一人ひとりが、一回でも多く微笑むことができるように、私たち教職員一同は全力でサポートしていきます。皆さんは安心して、大学生活を謳歌してください。
 限られた大学生活の時間から、あなたの無限の可能性が社会に浸透していきますように。
 大きな期待を込めて、私からの告辞といたします。

2024年(令和6年)4月2日
大阪大学総長
西尾 章治郎

■告辞全文PDFはこちら

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