大学ガバナンスの難しさ:大阪大学における大学改革の経験から思う-IDE現代の高等教育(2014年1月号「大学のガバナンス」No.557)より

はじめに

大学改革に対する要望が各界から寄せられている。日本の大学の国際ランキングは毎年下落しつつある。文部科学省も大学改革と大学の国際化に本腰を入れ始めた。また10年以内に大学世界ランキング100位以内に10校を入れることを目標に掲げている。私は、日本全体の大学行政を考える時には、大学を機能別に分類した上で様々な問題を討論すべきであると考える。日本の大学は、例えば4つ位に類型化が可能ではないかと考える。すなわち、①「未来を創る大学」(研究型)、②「現在を動かす大学」(社会人育成型)、③「人を創る大学」(教育者育成型)、④「文化を育む大学」(教養人育成型)である。

それぞれの類型に所属する大学は異なる社会的使命を有しており、異なる類型に属する大学間でのランキングは無意味である。同じ類型の大学でも、大学ごとに強い専門分野は異なる。まして、単科大学と総合大学を比較することは意味がない。

例えばトムソン.ロイターによる論文引用件数世界ランキングを例にして考えてみる。阪大は総合では47位である(2012年)。これを22研究分野別のランキングでみると、免疫学(7位)、化学(15位)、材料科学(19位)などである。弱い分野や強い分野が平均化される総合ランキングからは、その大学の特性が見えてこない。このことは大学世界ランキングにも当てはまることである。異なる使命や規模や形態を有した大学を混ぜて総合評価をすると、大学の強みや特色が見落とされることになる。結果として日本の大学行政の方向性を誤ることになることが懸念される。

私は2011年8月26日に大阪大学総長に就任以来、「学問と教育の府」としての阪大のレベルを上げるため、大学運営を行って来た。目標は、阪大が2031年に創立100周年を迎える時までに、研究型総合大学として世界トップ10の大学に入ることである。以下、この2年間に実践してきた阪大における大学改革の事例を紹介したい。

1 大阪大学の歴史

大学の歴史は大学の使命や性格に影響を与えており、大学運営を考える上で重要である。阪大の原点は1838年に緒方洪庵がつくった適塾である。適塾からは福澤諭吉、大村益次郎、長與専斎、大鳥圭介、佐野常民、橋本左内らをはじめ、明治を切り開いた人たちが育っている。緒方洪庵の「人のため、世のため、道のため」という精神は阪大の歴史を貫いている。現在は11学部16研究科、学部学生数は国立大学では最多となる約1万5千人を有する研究型総合大学として発展している。今年は、適塾創立175周年という歴史的な年を迎えた。いわば阪大創基175周年ともいえる。歴史に誇りを持ち、22世紀を見据え、中長期的視野から大学改革を行っている。

2 「志」と「理念」

大学運営にとって重要なのは「志」と「理念」である。

2031年に創立100周年を迎える時に研究型総合大学として世界トップ10の大学になることが本学の志であり、夢である。これは「世界でトップクラスの大学の仲間入りをする」、すなわちアメリカの高校生にも阪大という名前が知られるような大学にするという意味を象徴的に表現したものである。

「大学は学問と教育の府であり、物事の本質を見極める学問と、本質を見極める能力を有した人材を育成する」、よって社会の発展と福祉に貢献する————これが理念である。このように、緒方洪庵の「人のため、世のため、道のため」という精神は今も阪大で生きている。

3 大阪大学の未来戦略:22世紀に輝く

志と理念を実現するため、具体的にどのような戦略のもとでいかなる戦術を立てるかが非常に重要である。総長に就任して、まず戦略を考え、「大阪大学未来戦略(2012-2015)—22世紀に輝く—」を策定して取り組んできた。100年後を見据えて大阪大学がひときわ輝き、世界屈指の研究型総合大学となることを目指し、私の任期中に取り組むべきことと、そのための基礎づくりとして実行すべき項目を掲げている。具体的な項目は「未来戦略8ヶ条」として纏めているが、その一つの具体化として、「未来戦略機構」を創設した。

4 大学ガバナンスの難しさ

大学にとって大事なことは「多様性」と「持続性」であり、これらは相互依存している。大学は100年のレンジで持続的に発展し続けなければならない。 国のレベルでいえば、全国にある782の大学それぞれが異なることによって、国として大学の多様性が確保できる。大学レベルでいえば、部局の多様性、学問と教育の多様性、老若男女や国籍を含めた人の多様性がある。いかに多様性を維持するかは、大学運営の基本中の基本であり、大学運営のもっとも難しい面でもある。

学問は、異分野融合や細分化など、絶え間ない進歩と変容を遂げており、社会の諸問題も複雑化している。また、大学は様々な環境変化に晒されている。その中で多様性と持続性を保ち、「学問と教育の府」として高いレベルで使命を果たし、時代の要請に応えて行かなければならない。多様性はトップダウンではなくボトムアップで生まれるので、大学にとってボトムアップは不可欠である。一方では、部局や学問分野の枠を超えた運営の必要性が今まで以上に増えている。ここに大学運営、大学ガバナンスの難しさが存在する。学長によるトップダウンと部局や大学構成員によるボトムアップのバランスを、どのレベルでとるかという判断が必要となる。さらに、両者の間に、あえて緊張関係を構築し、その緊張関係を対立ではなく、大学発展のドライビングフォース(駆動力)に変換することが大学ガバナンスの本質であり難しい点である。

5 未来戦略機構の創設

以上の観点から創設したのが「未来戦略機構」である。基本はそれぞれの部局に頑張ってもらうこと。それぞれの専門領域において少しでもレベルの高い学問と教育をやってもらう。それにより多様性を保つ。それと同時に、大学の強い分野をさらに強化し、異なる分野を融合させて新しい分野を創設する。

阪大では未来戦略機構を「大学の中の大学」と位置づけている。機構長は総長であり、機構長の諮問機関として機構会議がある。機構会議は教授会に相当し、副学長や部門長が集まり、運営や人事、予算などの審議を行うが、最終判断を下すのは機構長である。また、企業出身者、法律の専門家、ジャーナリストなど、様々な経歴の人たちにより構成される戦略企画室を設けている。ここでは阪大の状況を客観的に分析し、大学のあるべき姿を戦略的に機構長に提言する。この提言機能に加えて、新しい学問領域を孵化する機能が存在する。

6 未来戦略機構におけるインキュベーション機能

未来戦略機構には、教育・研究推進部門を、現時点では第8部門まで設けている。各部門はバーチャルな組織であり必要に応じて設けることが可能であり、インキュベーション(孵化)機能の鍵となる部門である。ここでは、異分野融合的な新しい学問、教育を進めている。様々な部局にいる研究者を集めることで相互作用を生む。それがうまくいけば、部門を独立研究科や研究所にすることも視野に入れている。新しい研究科を創設すると、すぐに廃止することはできないが、未来戦略機構の部門はバーチャル組織であり、トライ&エラーができる。すなわち、異分野融合領域のインキュベーションが可能である。

また、5つの「博士課程教育リーディングプログラム」を別々に行うのではなく、未来戦略機構の一部門にすることで、相乗効果が期待できるとともに、将来の大学院教育のあるべき姿を模索することができる。

7 未来戦略を実現するための戦術

未来戦略を実現するためには具体的な戦術が必要である。その第一弾が世界トップ10に向けた部局マネジメント及び人材育成・獲得支援策であり、①卓越した外部人材の招致、②内部人材の更なるパワーアップ、③グローバル化の強化推進、④部局マネジメントの充実、の4つのプログラムで構成されている。

①卓越した外部人材の招致

◆大阪大学特別教授制度

卓越した外部人材を招致するための制度である。優れた教員に「大阪大学特別教授」の称号を与え、年間300万円から最高600万円までの「特別教授手当」を支給する。本学教授の平均給与に特別教授手当を加えると、ハーバード大学などの海外の著名な大学教授と給与水準が同じになるように措置している。

◆グローバル化推進教授招へいプログラム

国際的評価のある海外の大学で学位を取得し、世界トップレベルの活躍をしている人を本学の教授として招聘する。研究室のセットアップ費用として最高4500万円までサポートする。

◆外国人教員等採用促進プログラム

外国人教員(定員枠)の割合を、現在の4%から10%にするため、外国人教員を定員枠で雇用した部局に一人当たり100万円の研究教育整備費を交付し、外国人教員を積極的に増やす部局をサポートする。

②内部人材の更なるパワーアップ

◆学内財源配分の見直し

間接経費、寄附金、産学官連携推進活動経費及び附属病院収入といった財源の配分を再構築し、間接経費の20%相当分を獲得した研究者に配分する。間接経費を獲得する研究者を応援し、さらなる基礎研究促進が目的である。また、大学の施設について、施設・設備の維持管理費用として1平方メートル当たり年間500円徴収し(本学全体で100万平方メートル約5億円)、計画的な学内施設の保守・修繕を開始した。

◆研究者に対する報奨制度の拡充

科学研究費補助金を新規に獲得した人や、間接経費を年間300万円以上獲得した40歳未満の人は、総長奨励賞(10万円)、科学研究費補助金基盤A以上を新規に獲得するか間接経費を年間1000万円以上獲得した人は、総長顕彰(20万円)として表彰する。

③グローバル化の強化推進

◆学生の海外派遣、受け入れ支援

学部及び大学院の外国人留学生8%を、2020年までに15%に引き上げる。また、日本人留学生4%を8%に引き上げる。英語による講義の増加を促進するとともに、英語のみで入学と卒業ができるインターナショナルコースを日本人学生へ開放することを計画中である。一定水準の日本語能力を有する海外の高校生を阪大の日本語予備コース(仮称)に、秋入学させ、4月から一般学生と共に勉学するコースの新設も計画中である。単に語学力だけではなく グローバルな意識をもち、かつ物事の本質とはなにかを見極める能力を有した優秀な学生を一人でも多く育成するために、人材の国際化は重要である。

◆国際共同研究促進プログラム

阪大では約800件に及ぶ国際共同研究が実施され、海外研究者と多くの共同研究を実施しているが、海外研究者のデータと、阪大のデータを合わせた共同研究が少なくない。海外の研究者が年間1ヶ月以上阪大で共同研究をするとともに、年間を通じて研究が阪大で行なわれるようにポスドクを雇用する。1件当たり年間1500万円まで、最高3年間助成する。これは国際共同ラボに相当するもので、人と人との交流を通じた様々な効果が期待できる。本年度15件を採択した。

◆特別教授制度、グローバル化推進教授招へいプログラムや外国人教員等採用促進プログラム(再掲)もグローバル化に貢献する。

④部局マネジメントの充実

◆部局長未来戦略裁量経費/事務(部)長未来戦略裁量経費の配分

部局長にユニークな発想でマネジメントしてもらい、優れたマネジメントを表彰し、次年度に研究教育整備費を部局長裁量経費として追加で配分する。事務長や事務部長による優れた取り組みについても同様の措置を行う。

◆部局長未来戦略裁量ポストの配分

大阪大学未来戦略を達成するために、積極的なマネジメントを行っている部局に対して部局長裁量ポスト(定員)を配分する。

8 本部と部局の緊張関係をドライビングフォースに変換:対話と恕の重視

このように、様々な方策(戦術)を試みているが、根底にある考え方は、「大学の発展は多様な構成員一人ひとりの力の総和である」ということであり、如何にすれば構成員のモチベーションをあげることができるかという点を苦心している。大学の多様性を考えると、単純なトップダウン的発想の運営では成功しない。本部と部局間の緊張関係を大学発展のドライビングフォースに変換するために対話と恕の心を重視している。この2年間で学生も含めて教職員400人以上と対話を行った。全ての部局長とは1回1時間、2ラウンド実施済である。事務の部長のほか、各部局の教授についても比較的若い人を推薦してもらい対話をしている。話をして愕然としたのは、本部の考え方や政策を若い人たちはよく知らなかったことである。また若い人の希望は、必ずしも本部の考えとは一致しない。若い人の意見を聞くことや対話が重要だと痛感している。

9 物事の本質を見極める能力と柔軟な心

私は、研究と大学運営の基本は変わらないと思っている。

物事の本質を見極めないと卓越した研究はできない。また、教育にしても、物事の本質を見極める能力を有し、世界に羽ばたく人材を育てる必要がある。そのためには専門分野をマスターすることが重要である。決断力、行動力やコミュニケーション能力だけでは不十分である。単に博学で知識が広いというだけではリーダーは務まらない。私は、教養を高める意義は物事を様々な角度からみる能力、すなわち柔軟な心を磨くことであると思っている。大学運営も、物事の本質を見極める能力と様々な角度から柔軟に物事を観ることが要求される。

大学は一人ひとりの構成員がやる気になれば、放っておいても良くなる。このような雰囲気や環境を整えるのが大学ガバナンスの本質であり、それを学長のリーダーシップのもとでいかに組み立てていくかということが一番大切なことである。2年間の総長職という経験を通じて、大学ガバナンスの難しさを実感している。試行錯誤が続く毎日である。

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