OMORO!HANDAI

Contents

おすすめ

I’m 阪大生

Vol.06

この記事を読む

工学部2年生 山本 航平さん

治療法がまだない病気で苦しむ人たちに健康な体を手に入れてもらうため、将来は医薬品開発に携わりたい。

おすすめ

Doors

Vol.02

この記事を読む

外国語学部3年生 比留間 啓仁さん

言語を学ぶのは楽しい!ただ、ラテン語は ありえないぐらい難しかったです(笑)。

阪大のニューシカさん

この記事を読む

阪大のニューシカさん

頼れる阪⼤受験のスペシャリスト。
受験⽣から多かった質問を聴いてみる。

大学資料請求

Osakanマニアックス

Vol.12

この記事を読む

懐徳堂(大阪・中之島)

懐徳堂は、1724(享保9)年に大坂の尼崎町(現中央区今橋)に創立された、町人による町人のための学問所。大店の主人から使用人まで、多くの人びとが聴講したとされています。漢字・和学・詩文といった多彩な講義内容と、商用による途中退席を認める自由な学風があり、150年近く西日本の学問の中心として栄えました。戦前まで誰もが水準の高い学問を学べる場として親しまれましたが、戦災で講堂が焼失。戦後、大阪大学に新しく法文学部が加わる際に、戦火を免れた蔵書類(およそ36,000点)が「懐徳堂文庫」として寄贈されました。このことによって、大坂の町に息づいたこの独創的な学問と思想・文化を継承することとなり、大阪大学の文系学部の精神的源流と位置づけられています。 (出典:大阪大学の歴史(大阪大学HP))

大阪大学の最先端研究

Vol.04

この記事を読む

中野 貴由 工学研究科 教授

“異方性”を基軸に、材料科学の未来を切り開く。

阪大SNAP+MAP

2015.12.01

この記事を読む

阪大SNAP+MAP

紅と黄と友人と #阪大 #大阪大学 #阪大百景 #紅葉 #豊中キャンパス

おすすめ

I’m 阪大生

Vol.07

この記事を読む

基礎工学部3年生 入江 諒さん

何を思って研究しているのか、どこにやりがいを感じるのか、友人と研究や進路の話をするのが最近は楽しいです。

おすすめ

Doors

Vol.01

この記事を読む

理学部2年生 岡野 七海さん

自炊はあんまり...だけど(笑)、 お菓子作りは楽しくてよく作ってます!

Osakanマニアックス

Vol.11

この記事を読む

適塾(大阪・中之島)

1931年に創設された大阪大学。その原点の一つとなるのが「適塾」です。適塾は、備中足守藩(現岡山市北区足守)出身の緒方洪庵が、江戸や長崎で蘭学・医学を修行後、1838(天保9)年に大坂・瓦町に医院とともに開いた私塾。7年後、いまも建物が残る過書町(現中央区北浜3)に移転し、計24年にわたって種痘法やコレラ治療法の研究を進めました。1846年に設立された除痘館は、1858年には江戸幕府が公認した最初の種痘所となりました。適塾からは、福沢諭吉、大村益次郎、長与専斎、大鳥圭介、佐野常民、橋本左内などをはじめ、明治を切り開いた1,000人近い塾生が育ちました。1869年に明治新政府は、洪庵の二男・惟準(これよし)や洪庵の弟子たち、およびオランダ人教師・ボードウィンを迎えて大阪仮病院と大阪医学校を開設。大阪医学校は幾多の変遷を経て、1915年に大阪府立医科大学となり、大阪帝国大学医学部へと発展していきました。 (出典:大阪大学の歴史(大阪大学HP))

大阪大学の最先端研究

Vol.03

この記事を読む

濱田 博司 生命機能研究科 特別教授

体はなぜ左右非対称なのか、を解き明かす。

阪大SNAP+MAP

2015.12.01

この記事を読む

阪大SNAP+MAP

阪大の至宝、悠久の時 #阪大 #大阪大学 #マチカネワニ #阪大百景

おすすめ

I’m 阪大生

Vol.05

この記事を読む

文学部3年生 古村 文音さん

阪大は、大きな刺激を与えてくれる場所。 自分の大切にしたいものが見つかると思います。

Osakanマニアックス

Vol.10

この記事を読む

世界時計(箕面キャンパス)

この時計台は、かつて大阪外国語大学の屋外に時計台がなかったことから、箕面移転20周年の記念モニュメントとして1999(平成11)年11月11日に設置されたものです。外国語大学にふさわしい時計台として、セラミック製大型陶板の文字盤には、大阪を基点とした等方位等距離図法によって作成された世界地図が描かれています。現在は学生の待ち合わせ場所などに利用され、箕面キャンパスのシンボルとして親しまれています。

大阪大学の最先端研究

Vol.02

この記事を読む

青江 秀史 知的財産 センター長

「知的財産」に強い人材を育てる拠点を目指す。

阪大SNAP+MAP

2015.12.01

この記事を読む

阪大SNAP+MAP

その眼差しが捉えるものは #阪大 #大阪大学 #阪大百景

おすすめ

I’m 阪大生

Vol.04

この記事を読む

理学部3年生 古場 温美さん

高校の時から夢見ていた実験。 教科書でしか知らなかった現象を自分の目で確かめられてめっちゃオモロいです!

Osakanマニアックス

Vol.09

この記事を読む

初代総長 長岡半太郎・胸像(吹田キャンパス)

現在、大阪大学本部事務機構棟へ上る道の右側に建っているのが、初代総長・長岡半太郎の胸像です。中之島の大阪大学講堂前に1966(昭和41)年5月1日に建立されたもので、「長岡半太郎先生像」の題字は第7代総長・赤堀四郎、制作は新海竹蔵が手がけました。そして台座の裏には、その輝かしい経歴が記されています。この胸像によって、長岡半太郎の風貌を偲ぶことができます。 (出典:「大阪大学歴代総長餘芳」大阪大学出版会)

大阪大学の最先端研究

Vol.01

この記事を読む

秋田 茂 文学研究科世界史講座 教授

世界の動向を読み解く、 “新しい世界史”の研究。

阪大SNAP+MAP

2015.12.01

この記事を読む

阪大SNAP+MAP

深緑の午後 #阪大 #大阪大学 #阪大百景 #豊中キャンパス

I’m 阪大生

Vol.03

この記事を読む

法学部3年生 笠松 祐也さん

法学・政治・経済について深く学ぶ機会を持てて、国際色豊か。そこが私には魅力的でした。

Osakanマニアックス

Vol.08

この記事を読む

湯川秀樹博士愛用の黒板(大阪大学理学研究科H棟7階)

「この黒板から湯川先生のオーラを感じます」。これは、湯川秀樹博士愛用の黒板に初めてチョークで書いてみた理学研究科の大学院生の言葉で、テレビニュースでも放映されたものです。実際、黒板の設置に関わった私も、黒板の現物がはるばるアメリカから日本に到着したとき、同じ感想を持ちました。しかしいま、湯川博士愛用の黒板は、完全に理学研究科の日常にとけ込んでしまいました。毎日、大学院生のディスカッションや自主ゼミに使われ、まさしく研究と教育のための黒板として、第2の黒板人生をスタートさせているのです。 湯川秀樹は、1949年にノーベル物理学賞を受賞しました。この受賞の対象となった中間子論の論文は、当時、大阪中之島にあった大阪大学(旧大阪帝国大学)理学部で誕生し、この論文によって湯川は大阪大学より理学博士の学位を取得したことを皆さんはご存知でしょうか。湯川は受賞の一報を受けたとき、アメリカのコロンビア大学で客員教授をしていましたが帰国となり、空いた教授室を引き続き使ったのが、その後ノーベル物理学賞を受賞するT. D. Lee教授でした。彼は、湯川の使用した机や黒板などをそのまま敬意を持って使い続けたといいます。その黒板が半世紀を経て、2014年3月に大阪大学に移設されることとなったのです。理化学研究所のセンター長も務めたT. D. Lee教授の口添えと理化学研究所のご厚意で、「湯川黒板」は大阪大学へやって来ました。平野俊夫元総長、湯川秀樹博士のご子息や南部陽一郎 特別栄誉教授が列席した黒板披露式典では、「黒板フェチの橋本さん」と何度も呼ばれた私ですが、黒板好きが高じてここまで人をつなげることができたことを幸運に思っています。 黒板は、学生が自由に使える理学研究科物理学専攻H棟の7階コミュニケーションスペースに設置されています。しかしこの頃の大学生は、LINEだのTwitterだのと忙しく、定められたメディア形式の中で泳がされ、自分の表現手段を制限してしまっていることに気付いていません。黒板は、自分のアイデアや考え方を、まったく自由にしてくれるキャンバスです。まずは湯川先生のオーラを感じてみるだけで良いので、ぜひ使ってみてください。使ってみればすぐに、湯川黒板は自分の日常となり、そして自分が次のステップに立っていることに気付かされると思います。 (理学研究科教授 橋本幸士)

阪大SNAP+MAP

2015.12.01

この記事を読む

阪大SNAP+MAP

紫陽花 #阪大 #大阪大学 #阪大百景 #紫陽花

I’m 阪大生

Vol.02

この記事を読む

経済学部2年生 村井 翔さん

学部生のうちに留学し、 大学院にも進学。その後は 専門的な知識を用いて、 国際貢献できる職に就きたい。

Osakanマニアックス

Vol.07

この記事を読む

登録記念物「マチカネワニ化石」(大阪大学総合学術博物館・所蔵)

今から約50年前に大阪大学の豊中キャンパス理学部建設現場で発見された、日本で初めてのワニ類の全身骨格化石です。学名は、「トヨタマヒメイア・マチカネンシス」。発見された大阪層群の地層年代からすると45万年前の温帯性の巨大ワニで、頭骨の長さが1m、全長は約7m、体重は1.3tに達すると推定されています。2006年に発表された論文では、クロコダイル科・トミストマ亜科に属し、現生ワニのマレーガビアルにもっとも近縁であることが決定されました。 ワニ類の進化を示すものとして、世界的にも重要なタイプ標本であり、2014年には大学所蔵の学術標本としては初めて、国の登録記念物に認定されました。復元骨格模型は国内で10体作られており、北海道大学と東京大学の博物館にも展示されています。 (大阪大学総合学術博物館招へい教授 江口太郎)

阪大SNAP+MAP

2015.12.01

この記事を読む

阪大SNAP+MAP

“行き交う” #阪大 #大阪大学 #豊中キャンパス #阪大百景

I’m 阪大生

Vol.01

この記事を読む

外国語学部2年生 室 麻里奈さん

小学生の頃から夢は国際公務員! 社会人を経て 国際開発の分野を学ぶため 大学院に進学したい。

Osakanマニアックス

Vol.06

この記事を読む

経済力を背景に発展「文化と知の系譜」

先史時代には半島(現在の上町台地)を挟んで河内湖と瀬戸内海だった大阪。 地形の変化とともに、時代の表舞台にたびたび登場してきます。 5世紀頃には海上交通の要所として栄え、古代国家の役所などが立ち並び、朝鮮半島や中国大陸からの外賓を迎える、わが国の国際的な玄関口にもなっていました。 海外からの文化や技術の導入とともに、国内に伝えられたものに仏教があります。 時の朝廷が国策の一環として仏教を広めるために、6世紀には日本最初の官寺として聖徳太子の手により四天王寺が建立されました。 また平城京より前の7世紀中ごろには本格的な都城・難波宮が築かれました。 戦国期以降は、「大坂はおよそ日本一の境地」といいながらも道半ばで倒れた織田信長の意志を引き継ぎ、豊臣秀吉が広壮な大坂城を築き、その周辺には碁盤の目状に整然と区画された城下町が整えられました。 大坂の町は夏の陣により、いったん灰燼に帰すことになりますが、江戸時代初期、徳川家康の孫・松平忠明により、旧市街地の復興とともに、堀の開削や町家の建設を促進するといった新しい市街地開発にも力が注がれ、17世紀後半以降、大坂は大きく発展します。 この時代、全国の諸藩の蔵屋敷が数多くおかれ、各地の特産物が集まり、「天下の台所」として日本経済の中心地として栄えるようになります。 こうした経済力を背景にして文化も大きく発展し、近松門左衛門に代表される浄瑠璃などの芸能、井原西鶴の俳諧などの文芸、ほかにも医学や天文学、植物学といった学問が発展し、町人文化の最盛期を迎えることになります。 特に教育機関(懐徳堂や適塾、含翠堂、蒹葭堂などが江戸後期には有名)に対しては、大坂商人が運営資金を出資して、第一級の学者を輩出。そのアカデミズムの系譜は多くの大学への受け継がれています。 ※江戸時代以前の大阪は、「大坂」と表記されます。

阪大SNAP+MAP

2015.12.01

この記事を読む

阪大SNAP+MAP

夜空に駆ける #阪大 #大阪大学 #阪大百景 #すいらん

おすすめ

Osakanマニアックス

Vol.05

この記事を読む

大阪の食の魅力

「大阪でおいしいもんは?」と聞かれると、連れて行きたいお店、教えたい食べ物がたくさんあります。長い歴史が積み上げた大阪人の「おいしいもん」へのこだわりが、まさに大阪の味。食材一つひとつを、料理人が工夫と技術と思いをこめて料理するから連れて行きたくなるのです。 ――関西でもっとも信頼されている料理雑誌の一つ『あまから手帖』の編集主幹で、大阪を代表する料理研究家の門上武司氏は、そんな大阪を“食の宝庫”だと言います。ここでは皆さんに、大阪の“宝”、食の魅力をご紹介します!

阪大SNAP+MAP

2015.12.01

この記事を読む

阪大SNAP+MAP

春、たからかに唄う #阪大 #大阪大学 #阪大百景 #桜

Osakanマニアックス

Vol.04

この記事を読む

ものづくりへの自負「商都の誇り」

大阪が大都市としてその地位を確固たるものにしたのは、明治期に入ってからのことです。 江戸時代に諸国との交易をもとに物流の拠点になったことに加え、精錬、土木、鋳物、織物などの伝統的な「ものづくり」技術の蓄積もあり、明治以降に紡績業を中心とした工業都市へと発展し、「東洋のマンチェスター」といわれるようになります。 また江戸時代に、船場(大阪の中心あたり)道修町を中心に営んでいた和漢薬の薬種業が、明治以降は洋薬の輸入に取り組み、独自の試験場や製薬工場を設け、製薬メーカーへと成長しました。 こうした薬種業の発達は、新規事業を生む基盤を生み出し、現在のバイオ産業の礎となったともいわれています。 「ものづくり」への自負と誇りが、ロボットテクノロジーやバイオ産業といった分野で今も連綿と受け継がれています。 一方で、大阪を中心とした関西は鉄道網の普及も全国トップクラス。私鉄の延伸とともに、沿線では都心とまちを結ぶネットワークが形成され、郊外のまちは自然環境に恵まれた中に、百貨店や遊園地などがつくられる独自の都市体系が築かれてきました。 高度成長を遂げた日本において、「暮らしを豊かにしたい」という経営理念を掲げ、新しい家電製品を次々と世に送り出し、家電ブームを牽引し、日本企業のグローバル化の先駆けとなった企業の多くも大阪発。 総合スーパーの全国展開をもとに、古い流通体制の変革を実践し、流通業界の地位向上に貢献したのも、「商都」といわれた大阪からの出発でした。

阪大SNAP+MAP

2015.11.05

この記事を読む

阪大SNAP+MAP

舞う花びらは星空のよう #阪大 #大阪大学 #阪大百景 #桜

Osakanマニアックス

Vol.03

この記事を読む

大切なもの「もてなしの心・思いやりの心」

大阪人がもっとも大切にするもの。それは人とのコミュニケーションの中での、「もてなしの心」ではないでしょうか。 大阪人の特性をとらえた大谷晃一氏のエッセイ『大阪人』の中に、「大阪風人間関係の秘訣」が記されています。その中からいくつかを紹介しましょう。 人見知りせず、明るく大きな声で自分から声をかける。 身分や地位にこだわらず、おじけず、えらばらず、同じ態度で接する。 自分の欠陥や弱点や失敗談を平気で披露し、自らを卑下して相手の自尊心を高める。 等々…… こうしたコミュニケーションを助けているのが、人々の生活感情を微妙なニュアンスと独特の言い回しで表現豊かにすくいあげる「大阪ことば」です。 漫才、上方落語といった芸能の面白さとおかしさも、この言葉が飛び交うからこそ。 「まいど」「おおきに」に代表される商いもこのことばで大いに元気づきます。 今では、全国展開の店舗などでは共通語風の応対も多くなったとはいえ、大阪の街には大阪ことばがまだまだ残っています。 そこには、人間関係を円滑にするための知恵が詰まっています。 また、古くから異文化と出会い、融合してきた大阪の風土と文化には「思いやりの心」もそこここに生きています。

Osakanマニアックス

Vol.02

この記事を読む

OSAKAの魅力を語る、ユーモアたっぷりな大阪人

「大阪人」はボケると必ずツッコミを入れてくれる、多くの「大阪のオバちゃん」が子どもたちに「アメ(飴)ちゃん」をくれるなど、大阪には、大阪人にまつわる都市伝説が多々あります。 それが本当なのかは分かりませんが、ここでは、大阪人の人柄をとてもくリアルに感じることができる動画をご紹介します。大阪観光局さんの「HUMOROUS OSAKA」という外国人向けの動画です。 大阪の様々な分野で活躍する人々の、明るくパワフルな気質に触れることができます。 皆さんの身の回りの大阪人は、どんな方でしょう?よく言う、せっかちで図々しいけど、どこか憎めない感じでしょうか。 それとも未だ大阪人には出会ったことがないですか? 動画を通じて、どうぞそんな大阪の人々の一面を感じてみてくださいね。 きっと「オモロイ」大阪人が見つかるはずです。

Osakanマニアックス

Vol.01

この記事を読む

自然と環境へのこだわり「水都の心意気」

「水都」と称される大阪は、昔から「水」と深いかかわりをもってきました。5世紀ごろに難波津(なにわづ)という港が開かれ、中国大陸や朝鮮半島との往来が盛んとなり、通信使などが異国の文化や技術をもたらしました。秀吉の時代には、街の区画、水運のための堀川、下水を排水する「太閤下水」などの整備が始まり、都市としての基礎が形作られました。近世になって諸国物産の集散に大きく寄与したのも堀や川を通じてであり、人々の交通の要としても「水」が大きな役割を担いました。また豪商や町衆たちが私財で橋をかけ、「浪花八百八橋」と呼ばれるようにもなりました。こうした「水」との深いかかわりから育まれた「自然」を大切にする心意気は、中之島地域を中心とする水都再生やベイエリア開発をはじめ、現代にも通じています。 大阪城天守閣を中心に13棟の重要文化財が点在する「大阪城公園」は、「西の丸庭園」に代表される緑豊かな市民の憩いの場として親しまれています。また、1990年に開催された国際博「国際花と緑の博覧会」(花博)は「花と緑と人間生活のかかわり」をテーマとし、自然との共生をいちはやく打ち出していますし、1994年に日本初の本格的な24時間空港として開港した「関西国際空港」は緑あふれるターミナルビルとして環境への配慮を随所に取り入れています。 さらに、公共・民間協働で取り組みを進めている緑のカーテン・カーペットづくりなどの緑化の推進、道頓堀川をはじめとする親水空間(とんぼりリバーウォークなど)の創造、 レトロモダンな近代建築の保存と活用を通じたまちづくりなど、自然と環境に対する意識は、着実なまちづくりを進めています。

more