阪大StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

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楽しむこと──
そんな阪大生が描くその後の人生(ストーリー)

300年の歴史を次代へ  市場は世界 手縫いスーツ
300年の歴史を次代へ  市場は世界 手縫いスーツ

300年の歴史を次代へ 市場は世界 手縫いスーツ

河合 聡輝さん(サルト)

服装は着る人の心の中をも映し出す。人はスーツという鎧をまとうことで、他の人と向き合う力を手にする。イタリア経済の中心地・ミラノを拠点に世界を飛び回る河合聡輝さんは、伝統的な「ミラネーゼスタイル」のスーツを手縫いで作るサルトと呼ばれる職人。 子供の頃から服飾に憧れ、何度も壁にはね返されながら夢を追い求めて前進を続け、6年前に自らのブランドを立ち上げるに至った。その原動力となったスーツの魅力と 河合さんの軌跡を追った。

トランクショーは世界への扉

ビジネスマンが行き交う一方で多くの有名ブランドが立地するミラノ。河合さんはこの街で2013年、「サルトリア クレセント」(Sartoria Cresent)を開いた。「テーラー(紳士服の仕立屋)」はイタリア語で「サルト」と呼ばれる。「クレセント」は河合さんが職人として大切にする二つの言葉、「創る」「感じる」を組み合わせて作り出した屋号だ。

スーツは一着仕上げるごとに同じ工程を繰り返す。それが惰性になれば職人の進歩は止まる。スーツを着る顧客の姿を思い浮かべ、新しい形を「創造する」ことを常に意識する。そして、生地の肌触りを一針ごとに「感じ」ながら縫い進めることが、着心地に直結する。80〜90時間かけた地道な作業の末に、世界で1着だけのスーツが出来上がる。

職人と顧客が顔を突き合わせる必要があるフルオーダーのスーツは元来「非常にローカルなビジネス」だ。しかしインターネットとSNSの普及は、人々が物理的距離を超えて「お気に入りのモノ」を共有できるように世界を変えた。ある地域に「このスーツがほしい」という声があがれば、そこに出向いて「トランクショー」を開き、注文を取るというビジネスが可能になった。河合さんは現在、日本の他にスウェーデン、香港、中国に顧客を抱え、今年、米国にも進出する。

 

 

憧れに向かって初志貫徹

子供の頃から、大人が着るジャケットに漠然と憧れていた。17歳の時、公務員の父に「スーツ職人になりたい」と打ち明けると、「騙されたと思って大学に行ってみたら? 技術を学び始める時期は遅れても、社会に出てからでは得られないものがあるはず」と勧められた。

とはいえ完全な回り道ではない。紳士服が形づくられ育まれたイギリスの言葉と、歴史的なバックグラウンドを同時に学ぼうと、言語と地域文化を学べる大阪外国語大学(当時)へ進んだ。ソフトテニスの部活動に明け暮れた学生生活ではあったが、人生のさまざまな局面で父の言葉の意味をかみしめている。

大学卒業の時期になっても志は不変だったものの、順風満帆とはほど遠い前途が待っていた。ロンドンの職人へ弟子入りを試み手紙を送るも不発に。卒業して半年間をフリーターとして過ごした後、単身現地へ渡った。語学学校に通いながら次々とテーラーを訪問したが、採用される兆しもなく、3カ月で帰国を余儀なくされた。

 

「準備不足」を受け入れる

縫製に関しては全くの初心者。手探りの求職活動は「今にして思えば準備不足だった」と分析する。目の前にいる若者を一から仕込んだとして、本当に末長く働いてくれるのか。経営者にはそんな不安もあったに違いない。

愛知の縫製工場に就職して、工程管理の仕事を1年ほど務めた後、今度はミラノに渡るチャンスが訪れた。日本人が経営するサルトに住み込みで働き、06年には「サルトリア・コロンボ」という工房に移った。経営者のコロンボ氏は真面目で誠実を絵に描いたような人格者。工房の中では常にピーンと緊張感が張り詰め、職人たちは寡黙に針を進めていた。「クレセント」の哲学は、ここでの5年間で形成されたと言えそうだ。

ビジネスの現場で着られることが多いミラノのスーツは、余分な要素をそぎ落としたシャープなラインが特徴だ。伝統によって築き上げられた服の基本形を守りながら、着る状況に合わせて布地を選び、体形によって襟や肩の幅を微調整することで、その人にしっくりと馴染むスーツとなる。それは何十年も使い続けることを想定した逸品だ。

河合さんはコロンボ氏が高齢で廃業したため、現地を代表する「A.カラチェニ」に籍を移した後、独立を果たす。たくさんの「寄り道」は、あらゆる角度からスーツを捉え直し、自らの中で再定義する過程でもあった。そして、「もし高校を出てすぐに今の道を進んだとしても、同じような間違いを繰り返しただろう」と想像する。行き詰まった時、大学に行くことで知った方法論やそこで得た人脈が、次に進む手がかりを与えてくれた。

「大学に行ってよかった」という信念は揺るがない。

 

 

伝統をつなぐ 分け隔てなく

3世紀にわたって多くの職人が携わり完成させたスーツ。その未来は必ずしも光に満ちたものではない。工業製品として量産される中で、手縫い職人の活躍の場は狭まりつつある。年間60着以上の注文を抱える多忙なサルトに成長した河合さんは今、次のステップに踏み出そうとしている。一人で切り盛りしてきた「クレセント」だが、近々2人の職人を受け入れる。

身一つで飛び込んだミラノ。コロンボ氏ら現地の職人たちは、「呼ばれもしないでやってきた外国人」である河合さんに、自分たちの時間とエネルギーをつぎ込んで、独立できるまでに育て上げてくれた。「教えてもらえなかったら今の自分はない。自分にも人に教える義務がある」と河合さんは考える。

そこで伝えるべきは「クレセント」独自のスタイルではなく、先人のテーラーの知恵を結集したクラシックなスタイルだ。一針一針の重みを感じながら、一着ずつ創造していく職人の技を惜しみなく分け与えるつもりだ。「一人の職人として成長する」という終わりなき目標にもつながっていく。

 

● 河合 聡輝(かわい さとき)

1978年生まれ、東大阪市出身。2002年に大阪外国語大学・地域文化学科英語専攻(副専攻イタリア語)を卒業。主にイタリアで紳士服の製造工程を習得した。13年、ミラノに「サルトリア クレセント」を開業。フルオーダーで手縫いのスーツを年間60〜70着手掛けている。

[公式サイト]
https://sartoriacresent.com/

 

(本記事の内容は、2020年2月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

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