国立大学法人大阪大学公式ウェブサイトです。地域に生き世界にのびる 大阪大学

最新情報

大阪大学特別教授ー研究の醍醐味は 分からぬことへの挑戦【生命機能研究科・教授・濱田博司】

「1年やれば1日くらいはうまくいく」

「地味な研究なので…」と謙遜するが、徹底した研究には大きな定評がある「基礎研究も含めた本学の多面的な人事や評価として大阪大学特別教授に選ばれたことはありがたく嬉しい」と穏やかにほほえむ。専門分野は近年まで、謎だらけでわからないことが多かった。調べれば調べるほど予想外の発見があって困惑することもあったが、そこに大きな意味が見いだせるという。「1年やっていると1日くらいはうまくいく日がある。研究の喜びは、その日のために研究を積み重ね続けることだ」


阪大での出会い、新たな進展

動物の体には前後(頭と尾)、腹と背、右と左という三つの軸がある。このうち体の左右の違いは成長過程の最後に決定するが、その正体が何かは1990年代半ばまで謎だった。濱田教授が核とするテーマは、この「左右非対称性の決定機構」だ。

阪大に赴任する前に目野主税(めの ちから)氏(当時大学院生、のちに助手、助教授、現九州大学教授)や西條幸男氏(当時助手、現ユタ大学Assistant Professor)とともに、マウスの胚で形態形成を制御する遺伝子を探索している途中で、偶然にも胚の左側でだけ発現するLeftyという細胞の分化に関わる因子(タンパク質)を発見した。この働きを調べるには、特定の遺伝子を欠いたノックアウトマウスが必要だ。濱田教授が阪大に赴任した時、「当時、世界でも例の少なかったノックアウトマウスをES細胞から作成する技術をもった近藤壽人先生(現名誉教授)に幸運にも遭遇できたことで研究が飛躍的に進んだ」という。

 Leftyを調べていくと奇妙なことがわかった。Leftyが欠損していれば左ができず、体の両側とも右のつくりになりそうだ。ところが結果は意外にもその逆で、両側とも左のつくりになってしまう。このパラドックスが解けたのは、Leftyとほぼ同部位に発現するNodalの発見による。左の構造を形成するのはNodalで、Leftyはこれが暴走しないよう抑制し、働きの調整をしていた。その後の研究で、Lefty-1、-2とNodalの相互の働きによる遺伝子発現制御機構から、左右非対称の発生の仕組みが解き明かされていった。

 

水流という物理現象が左右の対称性を破る

 LeftyやNodalが左側にだけ現れるのはなぜか。この答えも意外なところにあった1998年に東京大学の廣川信隆先生がマウス胚の腹側中央付近にあるノードという小さな凹みで、体液(羊水)が右から左へと流れているのを見つけたこの発見から当時濱田教授の研究室に研究員として在籍していた野中茂紀氏(基礎生物学研究所准教授)は、胚に左から右へという逆の流れをポンプで与えてみた。すると、体の左右のつくりが見事に逆転する。つまり、水流という物理現象が体の左右の分化の出発点だということが明らかになった。

それでは、なぜ流れが生じるのか。繊毛は毎分600回転ほどで時計回りに回転する。回転すれば渦が起こるはず。それがどうして左方向の流れになるのか。工学部の先生たちに相談してみた。それは、繊毛の回転軸の傾きによる流体力学的な現象だった。液体には粘性があるので、繊毛が細胞表面に近い半周での水流は、表面から離れた半周よりも劣勢になる。この結果、右から左に向かうノード流が生まれるというわけだ。


内臓が左右逆転する遺伝病も

 体のつくりの左右が逆転する内臓逆位が起こる遺伝病は、古くから知られていた。この病気では、気管などで繊毛が動かないことによるさまざまな障害を伴うことも知られていた。これらがすべて、繊毛を駆動する因子を欠くことにより生じることが立証された。

探究はさらに続く。繊毛の傾きがそろうのは、なぜだろうか。繊毛は細胞の基底小体(Basal body)の上にある。この基底小体は、初めはランダムに配置している。それが発生から数時間のうちに細胞の後側(尾ができる方向)に動くため繊毛が傾く。すでに決定している前後・背腹の体軸情報を使い、基底小体が移動すると考えられる。この仕組みの原因については現在さらに研究が進められている。

動かない繊毛の秘密

ところで、ノード流はどのようにして左右の情報を伝えるのか。何かの物質を流しているのだろうか。これにも意外な結論を得た。水流自体の機械的な刺激に意味がありそうだ。ノードには200〜300個の細胞が並ぶ。これらの多くは繊毛を回転させるが、外側に回転しないものがある。その繊毛が水流で押されカルシウムイオンCa2+が取り込まれる。つまり、回転しない繊毛が水流のセンサーとして働いて、左側を判別していると考えられる。これを明らかにすべく、動かない繊毛に物理的な力をかけて結果を調べる検証が進められている。

このことは、新たな医学・生理学的な知見を示唆する。体の細胞は、繊毛を持っているものが多い。ただし動かない、あるいは細胞組織の間に埋もれて動くことができない繊毛も少なくない。そのような繊毛は「痕跡」であって、役に立たないと考えられていた。ところが、これらがシグナルを受けとるアンテナの役割をしていることがわかった。たとえば腎臓の尿細管に「動かない繊毛」がある。これが、生成された尿の流量などを感知しているのかもしれない。

 

探究心を忘れず研究

研究することは、まだまだ山積みだ。繊毛が時計回りに回る理由も、その構造によるものと考えられるが、面白い問題だ。濱田教授は「研究の醍醐味は、分からないことにチャレンジすること」という。「好きなことを題材に、得意なことを研究する、それが自身のやりがいとなり社会に貢献する研究になればよい」。研究室を巣立った学生たちは、その方法論や考え方を活かして、さまざまな分野で活躍する。「探究心を常に忘れずに」というのが濱田教授のメッセージだ。

●濱田博司(はまだ ひろし)

1950年香川県生まれ。岡山大学医学部医学科卒業、79年同医学研究科修了。カナダメモリアル大学、東京大学助教授を経て東京都臨床医学総合研究所に。95年から大阪大学細胞生体工学センター教授。改組により2002年からは大阪大学生命機能研究科教授。分子生物学・発生生物学の教育・研究に携わり、14年に大阪大学特別教授。00年に大阪科学賞、11年に内藤記念科学振興賞、14年に紫綬褒章を受章。

(本記事の内容は、2014年6月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

最新情報

このページのトップへ