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ナノの世界を  この目で見たい! 【フォトニクスセンター長 工学研究科・教授・ 河田聡】

特別教授の称号はうれしかった

インタビューの冒頭、河田教授が切り出したのは、特別教授制度について。「最初に少しだけ。これ(特別教授)もらった時、嬉しかったんですよ。大学では頑張って高い研究費をとってきても、褒めてもらうということは少ないでしょう。特別教授や総長顕彰、奨励賞は、阪大で頑張っておられる数多くの先生方にとって励みになると思うなぁ。今いる人達がより頑張れば、阪大のブランド力も上がると思いますね。本音を言うと、値打ちが下がるから(特別教授は)あまり増やさないでほしいんやけどね(笑)」と照れ隠しのようなコメントから始まった。

今日の非常識は明日の常識

専門はナノフォトニクス。「自分のこの目でナノの世界を見たい」と大学院生時代に思ったのが、研究のきっかけだった。目に見える光は、波長が数百nm(ナノメートル・100万分の1ミリ)の電磁波だ。このため、光学顕微鏡では理論的に200nmくらいまでしか判別できず、もっと小さいものは電子顕微鏡で観察するしかないというのが往時の「常識」だった。しかし、光は波動であると同時に粒子性をもつ量子だ。この性質に着目し、光で数nm(実質1nm)という分子サイズの世界を見るという「非常識」を実現したのが、河田教授の研究だ。これによって、空気中や溶液中でありのままのナノサイズの構造を調べることが可能になった。

逆転の発想でプラズモニクスの扉

 光はレンズでは波長程度のスポットにしか絞り込めない、というのが光学顕微鏡の「常識」の根拠。ところが、光をナノサイズのピンホール(針穴)に通すと、漏れ出した光の滴のようなものが生じる。そこから出る光を観察すれば、ナノメートルのサイズのものを見る「非常識」が可能となる。

しかしながら、ナノサイズの穴では光がほとんど出ない。ここで河田教授の逆転の発想が生きてくる。「穴がダメなら逆にナノの遮蔽物(金属の針先)を置けばよいではないか」。光は針の先端の金属表面でプラズモンポラリトンという滴のような状態になる。このような現象を研究するのが、河田教授の提唱する「プラズモニクス」だ。

プラズモンの性質を利用して、数十nmの大きさで観察するのが、レーザーラマン顕微鏡だ。現在では、更に小さな数nmの世界を観察することが可能となっている。

大学発のベンチャーを創業

 河田教授の研究から実現したレーザーラマン顕微鏡は必要性こそ高いものの、大量生産するような市場はない。そのため、商品化・製品化は遅々として進まなかった。大学内での起業が規制緩和されたことから、河田教授は2003年に大阪大学先端科学イノベーションセンターにナノフォトン株式会社を創業する。高度な操作技能を要せず使いこなせる同社開発の顕微鏡は、内外の切実な需要に応えるものとなった。

着実な発展を続ける同社の社員12人のうち8人は、「博士」の学位をもつ。彼らは、研究ばかりしているわけではなく、製造もすれば営業もする、もちろんサービスもメンテナンスも。こういう「博士社員」のあり方は、河田教授の主宰する科学者維新塾(科新塾)に通じる。

現代の「適塾」を実践

科新塾は、博士や博士を目指す人たちが、広く世に貢献する人材を育成すべく集まる塾だ。阪大の原点「適塾」がモデルという。適塾が登場する司馬遼太郎の「花神」にもかけている。適塾が医学・蘭学者に留まらず、幕末維新の世に大きな役割を果たす人材を輩出したように、科新塾もまた、研究者・学者のみに留まらず、世界で活躍する人材育成が目的だ。「博士が産業界などで活躍の場が少ないのは、企業・本人の双方に悪しき幻想があるからだ」と指摘する。博士は、学識はもちろんチャレンジ精神にもあふれている。それを知らず『頭でっかちで…』と決めつける企業、そして『だから職がないんだ』と自虐する本人も間違っている。「大型免許を持っている人が軽トラックは運転できない、などと誰が思うだろう」と喝破する。

「好き」「面白い」の遊び心も

河田教授の名は、ギネスブックにも登場する。10μm(マイクロメートル・千分の1ミリ)にも満たない世界最小の造形物「ミクロの牛」の製作者なのだ。そのサイズは、体内の深部まで巡る赤血球に匹敵する「小ささ」である。筋肉の盛り上がりも再現し、角や尾などの細部は50nmの精度だ。このミクロの牛は、ウイルスの大きさとの比較で米国の中学2年生の数学教科書にも掲載された。

プラズモンを応用したものとしては、フルカラーの3次元ホログラムがある。金属薄膜表面のプラズモンの共振を利用して、赤・緑・青の特定の色の光をとりだし、光のリンゴを空間に出現させる。

 こうした面白い試行は、学生とともに、学生実験室にある一般的な機材だけを利用している。それが、河田先生のポリシーだ。お金も機械も使わないで実現した成果が、サイエンス誌などを飾る。「そういうことこそが格好いいのだと、学生たちに知ってほしい」。莫大な予算と特殊な機材装置で何事かができるのは当たり前。しかし、それではお金や機械に人間が使われているようなものだ。料理が『高うてうまいは当たり前。安うてうまいのんが値打ちや』という大阪気質からだろうか。

研究論文を購読する際、内容もさることながら、「どうして著者がそんな研究をやろうと思ったのか」という背景が最も気になる。誰も思いつかないような発想やひらめきを思考する。どうやって形として生み出すかがポイントだという。「好き・面白いという気持ちで遊び心も忘れずに、これからもまだまだ新しいことに取り組みたい」と、ますます意気盛んだ。

 

河田 聡(かわた さとし)

1951年大阪府池田市生まれ。74年大阪大学工学部応用物理学科卒業、79年同大学院博士課程修了(応用物理学専攻)、工学博士。同年カリフォルニア大学アーバイン校研究助手、81年大阪大学工学部助手、助教授を経て93年に工学研究科教授。その後、2007年フォトニクスセンター長、13年大阪大学特別教授。現在、理化学研究所チームリーダー、ナノフォトン株式会社・取締役会長などを兼務。05年文部科学大臣表彰・科学技術賞をはじめ、11年に第8回江崎玲於奈賞など数多く受賞。07年には紫綬褒章を受章。

(本記事の内容は、2014年3月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

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