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すぐにもらえる小さい報酬か 将来にもらえる大きい報酬か—神経経済学で「人間の行動」を読み解く【社会経済研究所・准教授・田中沙織】

人間にとっての報酬(reward)は、お金や食べ物といった、生命の維持に必要なもの、また間接的にそれに結びつくものである。しかし、例えば100万円という報酬でも、富裕層の人が感じるうれしさと、学生が感じるうれしさは違うだろう。このように、「ある報酬にどれぐらいのうれしさを感じるか」というのは、主観的なものであることが予測される。経済学では、このようなうれしさを「効用」や「価値」と呼ぶ。近代経済学は、人々は主観的な「効用」や「価値」に基づいて行動を選択していると仮定し、人間の行動を考えている。それでは、「効用」や「価値」はどのような要素に影響されるのか?主な要素として、報酬が「たくさん」「確かに」「すぐに」もらえるほど、人は価値を大きく感じることが心理学や経済学の実証実験からわかってきた。

経済・心理・脳科学を融合

それでは報酬に関連する脳のメカニズムはどうなっているのか?脳科学の分野では、報酬に基づく行動学習や意思決定に関わる脳のメカニズムに関して、数多くの研究がおこなわれてきた。例えば、ラットがレバーを回すと、脳の特定の部位に電気刺激が流れる実験がある。このラットは水も飲まずエサも食べずに、ずっとレバーを回し続けるようになる。ある脳部位の電気刺激そのものが、ラットにとっての報酬となったのだ。またドーパミンという物質は、報酬を用いた条件付け(学習)に関わることがこれまでの実験で示されている。さらに、近年の研究では、人間が価値を感じる要因となる、報酬の「量」や「確率」が脳の中でどのように表現されているかということもわかってきた。田中沙織准教授が研究している「神経経済学」とは、このような報酬に関わる脳のメカニズムに関する知見を用いて、実際の人間の経済行動をより良く説明できるような新しい経済モデルを作ろうとする新しい分野である。経済学の分野にも、人間の心理学的要素を考慮した経済モデルを作ろうとする「行動経済学」という分野があるが、さらに脳科学の知見も取り入れて、「経済学」「心理学」「脳科学」を融合させて、人間の報酬に基づく行動を理解しようとするのが神経経済学だといえる。

喜び度合いが時間とともに減る

報酬に基づく人間の行動を、「時間」との関係で明らかにするのが田中准教授の一番の研究対象である。報酬の喜び度合いには時間とともに変化が出てきて、それを「時間割引」という。

 

田中沙織准教授インタビュー—時間割引が「自己統制」度につながる

「1年後に100個のドーナツ」

時間割引について、分かりやすく説明してください。

例えば、目の前にドーナツを置かれた時のうれしさは、1年後にドーナツをあげると言われるよりもずっと大きい。人間は「すぐに」もらえる報酬ほど、その価値を大きく感じ、もらえる時間が遅くなると徐々に価値が減少していくという性質を持っており、これを心理学や経済学では「時間割引」や「時間選好」と呼びます。それでは1年後にドーナツ100個あげるといわれたらどうでしょう。割引率(価値が減少する割合)がとても大きいと、価値は少しの時間でも急降下して、「すぐもらえないと、ほとんどうれしくない」という状態になり、目の前のドーナツ1個を選びがちです。一方、割引率がとても小さいと、価値は緩やかに減っていくので、将来のことも考慮した行動、つまりドーナツ100個を選ぶことが予想できます。このような異なる割引率から予測される行動を、「目先のことしか判断できないせっかちな人」と「がまんでき、自己統制できる人」と解釈することもできます。このように、報酬に時間遅れが生じるような場合の人間の行動には、時間割引という考えがとても重要になってくるのです。

セロトニンなど脳内物質を研究

いろんな実験も行われているのですね。

割引率は、冒頭のハンバーガーの例のように、「すぐにもらえる小さい報酬」と「時間がかかる大きい報酬」の選択実験により求めることができます。このような選択問題を「異時点間選択問題」と呼びます。経済学の分野では、「2日後に1万円をもらうか」「9日後にそれよりどれくらい増額したお金をもらうか」という質問によって割引率を測定しますが、これは例えば金利などの事前知識や、問題の並べ方によって大きく影響を受けるという難点もあります。そこでわれわれは、動物実験の課題をもとに、直観的で簡単に行える異時点間選択課題を開発して、割引率を測定しています。これまでに、子供から成人、また衝動性を症状に持つ疾患患者の方にも実験に参加してもらい、年齢や社会的属性、セロトニンなどの脳内物質のレベルといったさまざまな要素と時間割引の関係を調べています。

報酬と損失に差、肥満度とも関係

そのほかに、どんな概念がありますか。

例えば、「1年後に100万円を支払ってください」と言われたら、今からでも「ええっ」と嫌な思いを抱きます。一方、1年後に100万円あげますと言われた時のうれしさは、支払う場合のショックよりも小さいのではないでしょうか。このような報酬と損失の割引率の非対称性は、経済学では「符号効果」と呼ばれ、これまで多数の実証研究で報告されてきました。また、この社会経済研究所の池田新介先生、大竹文雄先生たちは、時間割引とその人の肥満度の関係を調べ、符号効果のないグループのほうが、符号効果があるグループよりも肥満度が高いという結果を報告しています。

私たちは、脳の中で何が起こっているかをfMRIという脳の活動を画像化する装置で測定したところ、脳の中の線条体という部位が、報酬と損失両方の時間遅れを処理していることを見つけました。さらに、符号効果の大きい人ほど、線条体における報酬と損失の時間遅れの処理に差があることを見つけました。つまり、符号効果のない人にとっては、報酬と損失の時間遅れは脳の中で同じように処理されており、その結果報酬と損失を同じように割引いてしまう(符号効果がない)ことが考えられるのです。

時間割引との関連が指摘されている、多重債務、肥満などの社会問題は、「本人がだらしない、生活態度が悪い。」と言ってしまっては元も子もありません。原因を解明してそれを予防・治療できるよう、経済学と脳科学からアプローチできればと考え研究を進めています。

田中先生は大阪大学理学部の出身ですね。

学部では物理学を専攻し、大学院からは脳の研究に進みました。脳研究者がどうしてこんなところに、とみなさん不思議に思うかもしれませんが、社会経済研究所は、行動経済学に力を入れている国内で有数の研究拠点の一つで、実験を行う環境が整っています。ここで経済学と脳科学の真の融合を目指していきたいと思います。

(本記事の内容は、2012年9月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

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