StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

人生の分岐点

大阪府吹田市の千里ニュータウンに住んでいた頃、万博が開催された。「海外への憧れは万博の影響が大きいです。初めて外国の人々と直に接したのも万博でした」

小学生時代は遊びに夢中だったが、5年のとき学級崩壊が起きた。まともに授業が受けられない状態が続き、6年から塾に通うように。すると成績が上がり、中高一貫の私立神戸女学院に合格し進学。「学級崩壊がなければ公立中学に進学したでしょうから、今とは全然違う人生になっていたかも。人生の分岐点でしたね」と回顧する。

みんなをまとめる醍醐味

神戸女学院では生来の活発さを発揮。中学1年から高校3年まで学年対抗の運動会があり、メインイベントは応援合戦。応援団長を務めた中学3年で総合優勝を果たし、高校卒業まで4年連続で優勝した。「みんなをまとめて成功する醍醐味を味わいました」と、この頃からリーダーシップを発揮していた。

井の中の蛙

高校では放送部に入部。高校1年の時、NHKの全国高校放送コンテストに応募するため、ラジオ番組を制作。テーマは部員同士で話し合い、「友情」にした。ところが、他の高校はどこも公害など当時の社会的テーマを扱っていた。「あらら、これはあかんと(笑)。井の中の蛙でした。世界はもっと広いのだと危機感を感じました」。国内外の名作全集を読破するなど元々読書好きだったが、城山三郎の経済小説なども熱心に読み、視野が広がった。やがて、女性も自立しないとだめだという気持ちが芽生え、「サラリーマンになろう」と大阪大学経済学部に進学した。

恩師との出会い

大阪大学では、「それまで女子高に通っていたこともあり、阪大には理系学生や男子学生も多く、いろいろな人がいるなあと思いましたね。そのような環境で勉強できたのがよかったです」。落語研究会にも所属し、三味線も習い、学生生活を満喫した。

3年のとき、転機が訪れた。ゼミを選択することになり、金融論の昌一教授のゼミに入った。蠟山教授は当時、政府の審議会のメンバーを務めるなど金融問題の論客として知られていた。実学の大切さを教える蠟山教授の指導の下、「ビジネスの世界に入りたい」という気持ちが強まった。ただ、就職活動をするにも、男女雇用機会均等法の施行(1986年)前。男子学生には企業から大量のダイレクトメールが来たが、女子学生には来なかった。蠟山教授には、女性にチャンスが少ない日本の企業ではなく外資系企業を強く薦められた。「当時の日本の企業に就職していたら、不公平なことが多過ぎるとすぐ辞めていたと思います。今の私があるのは、蠟山先生のおかげです」と感慨深げ。

「WHY」を理解してもらう

卒業後、外資系の家庭用品大手、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)に入社。仕事は大変だった。「最初の上司はオランダ人。私は英語が話せないし、データの分析方法も分からず、レポートを書いても何度も何度も赤ペンが入りましたが、丁寧に教えてもらいました」

10年後、昇進してアメリカ本社に異動。しかし、また壁にぶち当たった。周囲のスタッフをうまく動かせなかった。上司に相談すると、専門家をコーチとしてつけてくれ、コミュニケーションは格段に良くなった。「なぜその仕事をしなければいけないのか、『WHY』を理解してもらい、一緒に作り上げることが大事だと学びました」

キャリアを積み重ね、40歳で新たなチャレンジを求め別の外資系企業へ、2013年から現職に。子どもの頃以来、就任までシリアルは食べたことがなかったといい、「こんなにおいしいのか」と驚いたという。シリアル市場は急成長しており、「自然の穀物を主原料としたシリアルは、ビタミン、ミネラル、食物繊維等、栄養のバランスが満点で、忙しい朝でも手軽に食べることができる、理想的な朝食です。日本の朝食シーンにおいても、もっと多くの方々にシリアルを試していただきたい」と意気込む。

失敗しても次がある

母校との連携も実現。大阪大学豊中キャンパスで、学生向けに「朝食を摂る習慣を身に着けて、健康で規則正しい生活を送ってもらいたい」と、無料朝食セット提供に2年連続で協力した。

大阪大学の後輩たちには「若いからこそできることがある。トライして失敗してもまた次がある」とリスクを冒す大切さも説く。

好きな言葉は「Happiness is a choice 」。「幸せは自分で選ぶもの。幸せは一人一人違う。今の自分は、いろいろな選択肢の中から自らが選んできた結果だから、今あることの幸せに感謝して生きていくことが大事だと思います。これまでに培ってきた経験をもとに、周りの人々の可能性を広げていくお手伝いができればと願っています」

●井上ゆかり(いのうえ ゆかり)氏

1985年大阪大学経済学部卒業。プロクター・アンド・ギャンブル・ファー・イースト・インク(P&G)の日本法人に入社後、North Americaマーケティングディレクターなどを経て、2003年ジャーディンワインズアンドスピリッツ株式会社(現MHD)常務取締役、05年キャドバリージャパン株式会社(後、日本クラフトフーズ株式会社/現、モンデリーズ・ジャパン株式会社)代表取締役社長、13年7月から現職。

日本ケロッグ合同会社
(東京都港区港南2-16-4 品川グランドセントラルタワー5F)
米国ケロッグ社の100%出資法人として1962年10月設立。シリアル食品の製造・販売などを手がける。「オールブラン」「玄米フレーク」「フルーツグラノラ」「フロスティ」「ココくん」など、大人から子ども向けのブランドを幅広く展開し、豊富なラインナップの製品をそろえている。

(本記事の内容は、2016年6月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

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