StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

日本語スピーチで優勝

朱さんは中国・江蘇省の、南京にほど近い丹陽という町の出身。5歳の時に山東省済南市に移住し、外国語教育に重点を置いた中高一貫の名門進学校に入学した。「本来学費も合格の倍率も非常に高い学校なのですが、入試得点の上位92名は入学金が無料。幸運にその枠で合格しました。それ以来、日本語が第一外国語です」

高校2年の時に中国全土を対象とした日本語スピーチコンテストで優勝。賞品としてもらった日本旅行で京都・大阪を訪れた。京都大学の百周年時計台を見て強い印象を受け、上海外国語大学時代には、国費留学生として1年間京都大学で学んだ。卒業後、本格的な日本留学をめざした。初めは京都大学を考えたが、「大阪大学の方が、入試時期が早かったのです。それで、力試しのつもりで受験したら合格。雰囲気がよかったので、そのまま大阪大学に入学しました。今では大阪大学に入って本当によかったと思っています。経済学研究科では相談室の方も教務係の方も、すごく親身になってくださいました」。今回は自費留学だったため、アルバイトの紹介や奨学金の情報提供などが、とても心強かった。

経済学研究科では小林敏男教授のゼミで経営学を学び、「中国における日経流通企業の現地化」を研究テーマとした。「さまざまな企業が中国に店舗展開していますが、必ずしもうまくいっていません。そこで、どこをどう改善したらよくなるかを研究しました。小林先生は厳しい方でしたが、この研究を応援してくださって、おかげで北京や成都の大手流通企業の店舗で現地調査を行うこともできました」。朱さん自身がアポイントをとり、教授や大学院の先輩と一緒に調査旅行したことが、よい思い出だ。

「会社を好きな気持ちは負けない」

そのまま博士課程に進むつもりだったが、小林教授に「キミは就職したほうがいい」と助言されたのが、大きな転機となった。経営学を学び、日本語に堪能な朱さんに注目したある企業人が、京阪電鉄でのアルバイトを紹介してくれた。海外事業を展開したい京阪電鉄が、中国をはじめ外国人観光客を誘致しようとしていたのだ。その仕事ぶりが評価され、京阪電鉄に、初の外国人総合職正社員として登用された。

朱さんが入社した2011年、京阪電気鉄道は開業101年目を迎えた。「会社の節目の年に、私は初の外国人正社員として入った」。観光事業を重視し、インバウンドの拡大を戦略の一つに掲げる京阪電鉄。その事業推進を担う経営統括室が、朱さんの職場となった。

外国での就職。しかも老舗の大企業であるだけに、会社独特の仕組みなど、分からない点もあると感じる。「多分、私の考え方や行動が周りと違うことがあり、特殊な存在だと見られているでしょう。でも、会社を好きと思う気持ちはだれにも負けません」。中国にも『石の上にも三年』に当たる言葉があるそうだ。「日本にいる限り、私は京阪人。会社のやり方をきちんと理解し、成長したいです」

「京阪恵子」名で中国語ブログ

昨年から一般公募になったイメージキャラクター「おけいはん」にも応募するほど京阪好き。残念ながら、書類選考で落選した。現在はブロガーとしての活動に力をいれ、公式に「京阪恵子」の名前を使って中国語で発信している。京都を中心とした京阪沿線の観光地めぐりの方法や歳時記などを事細かに紹介し、フォロワーとの相互交流を深める。「中国では、旅行に関する情報収集の手段はインターネットが圧倒的。そして、人々が求めるのは、オリジナル性の高い具体的な情報です。台湾にはパワーブロガーがいて、日本旅行でどこに行くかを決める時、その影響力はとても大きい。地元に住んでいる優位性を生かし、それに負けないように独自で新鮮な情報を掲載していきたい」

最近では、ブログを見て、旅した人から、「恵子ちゃんのおかげで、素敵な時間を過ごせたよ」という書き込みや、「紹介のあったお店には、子供連れで行けるかしら」という質問も寄せられ、手ごたえを感じている。そのようなリアクションにも丁寧に答えている。中国から訪れた観光関連企業や旅行雑誌の編集者を、京都観光に案内することも多く、忙しい毎日だ。

朱さんには、会社に感謝していることがある。入社当初に住宅を借りる際、いろいろ理由をつけて入居を断る大家が多かった。苦労の末、会社に保証人になってもらってようやく居を定めることができたのだ。さらに「これからは、外国人社員が住宅を借りる際、個人の名義ではなく会社として借り上げる」と言ってもらえたのだ。「気持ちがすごく楽になりました」

アイデンティティをなくさぬように

「長く日本にいる間に、私も変わってきました」と語る一方で、朱さんは中国人としてのアイデンティティも大切にしたいと感じている。「日本に馴染まなければならない、しかし完全に日本人と同じ思考になってしまってはいけない、とも思うんです。中国と日本の両方の意識や問題をタイムリーにとらえられなくなったら、私のアピールポイントはなくなってしまうでしょう」

最後に、外国で長く暮らす経験者として、世界に出ていく若い人へのアドバイスを尋ねると、「先入観をもたないで挑戦してほしい」という答えが返ってきた。そして日中友好に自分も努力する姿勢を示しながら、「日中間にはいろんなバイアスがあるけれど、中国人は人をベースにものごとを考え、人を財産と考えます。本当の友だちができると思いますよ」とほほえんだ。

(本記事の内容は、2013年12月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

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