StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

野球が教えてくれた組織論

取材の冒頭、「実は長男が外国語学部2年生。だから入試の時は、20年ぶりくらいで石橋の街をあるきましたよ」と顔をほころばせた。母校のつながりは今も続く。トヨタの大阪大学OB会組織「阪大会」には1100人以上の卒業生が名を連ねている。

中学から野球を続け、大学2年時には近畿大学野球連盟の大会で、創部以来初の優勝を果たした。「どんな暑い日でも、勉強・研究の合間に1日4時間の練習に打ち込みました。きつかったけれど、それが実を結んだんですね」。三塁手や二塁手をこなして、2年から四番打者。主将としては自分の思うようにチームが動かない難しさも味わい、「辛抱することを覚えました。ベクトルの方向がそろわないし、結果を出せない悔しさも。でもその経験が、今も仕事に生きているように思います」。1年後輩は、神宮大会にも進んだ。

「40点でいいから10個取れ」

「スポーツと同様、仕事でも  10勝0敗なんてありえない。6勝4敗でも、51対49でも勝ちは勝ち。職場の者には、『ひとつの100点を求めなくていい。40点でいいから、10個取ってみろ』とハッパをかけているんですよ」。やるだけやって、だめだったら次の道を探せばいい。

卒論のテーマは高分子電解質溶液について。基礎中の基礎の研究で「今の仕事には全く直結しませんよ」と笑う。ゼミの小高忠男教授はユニークな方で、寺地さんが野球部主将であることを常に気にかけ、「練習に行っていいよ」と快く送り出してくれた。

就職先はメーカーを念頭に置いていた。自動車に興味を持っていて、先輩から「どうせなら、トップ企業を目指せ」と薦められた。ところが、理学部にはトヨタから就職案内が届いていない。担当職員が先方に連絡をとってくれ、教授の推薦状を手に面接試験に。ここでも「プロスポーツ選手とは」「仕事にプライドを持つこととは」を面接官と話し込み、内定通知を受け取った。やはり野球部での経験が、仕事に対する誠実な姿勢に結び付いたのだろう。

不良品を絶対に出さぬ

入社して、樹脂部門からのスタート。不良品を絶対に出さないように、技術改善、シミュレーションを試行錯誤する作業は、基礎研究的な要素もあり、やりがいを感じた。これが今につながる。米国には1994年からと2004年からの2度、計8年間赴任した。最後の方は、トヨタが販売台数でGMを抜いて世界トップに躍り出る寸前のころ。「それでは、米国を敵に回してしまうのではないか」という不安感が流れるとともに、「こういう時だからこそ、足下をしっかり固めよう」と、一丸となって初心に戻る姿勢を心がけたという。

日本人は地道にこつこつと仕事に取り組み、まずい点が出てくればそれを改善しようとする。そのために作業工程の細部にまでいろいろな決まりができてくる。ところが米国の現地社員には、なかなかこちらの意図が伝わらない。その指導の難しさに苦しんだ。

社訓を徹底

トヨタのモットーの一つに「現地現物」という言葉がある。それを米国でも徹底するべく、現場に足を運び続け、現場の職員と対話を重ねた。「全員のベクトルが完全に一致しなくてもいい。少なくとも同じ方向をみんなの合意のもとで向いているかを確認することが大切」。ここでも、野球部主将の経験が生かされたようだ。

日本でも、部下に自分の思いが伝わらず、悩むことがある。そんな姿に上司から「お前は、それを100回伝えているのか」と逆にハッパをかけられたことが、今も励みになる。

日本のモノ作り技術はすごい

日本の製造業は、海外進出や他国の追い上げなどによって、長く苦境に立たされている。それでも「日本のモノ作り技術、伝統はすごい。根本的な製造は日本でやり、そのノウハウを外国で生かしていってもらうためにわれわれは努力し続ける」と解説。そこからは、自動車製造業に携わる強い誇りを感じさせる。「仕事がやりやすい現場を作り、そこでの積み重ねでいい物を安く作っていく。現場に任せっきりではだめで、上司がそこでの不満を吸収して改善していかなければならない。それをできているところが、トヨタの強みなんです」

大阪・阪大への想い

母校について尋ねた。「他の大学を知らないから比較はできないけれど、やっぱり阪大に行って良かったと思います。どぎつい大阪が好きで、今でも吉本新喜劇は録画して見るし、帰省したら、なんば花月に行きますよ」。そして「とにかく人材が大切。それを育てる教育機関として、世界と勝負する研究機関として、阪大の将来像を分かりやすく伝えてほしいですね」と見守る。もちろん、野球部の成績も気になるようだ。

中堅社員のころは、学生へのリクルーターを務めたこともあった。「上っ面のやりとりで就職できても、会社では通用しませんよ」。阪大の後輩には「与えられたことに、執念をもって取り組んでみてほしい。今の若者はそれが薄い。失敗を恐れず、最後までやりきる姿勢を見せつけてほしいですね」とアドバイスする。取材中、「現場」「執念」という言葉が何度も繰り返され、モノ作りへの「執念」がほとばしっていた。

(本記事の内容は、2013年6月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

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