五、適塾をめぐる人々


五、適塾をめぐる人々

八重夫人

八重夫人 適塾では緒方洪庵の奥方である八重夫人を忘れてはいけない。兵庫県西宮市の北部名塩の医家・億川氏の出身で、洪庵が29歳にして大阪に適塾を開いたその年に17歳で結婚し、明治20年に亡くなるまで9人の子供(その他4人は早世)を抱えながら洪庵を支え、多くの塾生からも母のように慕われ、適塾を守り支えた人である。

八重夫人に関する多くの資料が億川家から適塾記念会に寄託された。その数量は膨大で、現在鋭意整理を行っています。整理がつき次第適塾で公開し、夫人の功績を顕彰したいと計画しています。



中 天游

中 天游 先生 緒方洪庵が大阪で初めて蘭学の手ほどきを受けた医師であり、物理学者であって、大阪市西区の靱に思々斎塾を開いていた。洪庵はここで医者としての一歩を歩み始めた。なお天游は物理、天文学に長じて医者と同時に究理(物理学のこと)の人としての評価も高い。

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