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三、洪庵の業績


三、洪庵の業績

緒方洪庵 緒方洪庵は幕末の蘭方医として、また蘭学の第一人者と仰がれた。最新の医療の知識を紹介するため多くの蘭書を翻訳する一方、自らも多くの著書を残している。そんな中で洪庵にとって「扶氏経験遺訓」(30巻)の翻訳は終生の出版大事業であった。これはドイツの医師フーフェランドの内科学の著書の蘭語訳書を日本語に翻訳したもので、日本の内科学の発展に大きな貢献を果たした。特に巻末の「医戒の大要」は12カ条の訳文として整理され「扶氏医戒之略」として有名である。その第一条には「人の為に生活して己のために生活せざるを医業の本体とす」とあり、現在でも医の倫理として高く評価されている。

また、現在の医学ではあたりまえの病理学も西洋ではやっと台頭してきたときで、当時の日本には理解することは困難であったが、洪庵の著した「病学通論」は病理学を体系化し紹介せんとした日本で最初の総論書であった。

除痘館の設立
洪庵の業績のひとつに除痘館の設立がある。当時多数の死者を出す天然痘を未然に予防するため1796年イギリスのジェンナーによって開発された種痘を行うため、痘苗がわが国へもたらされた1849年(嘉永2)大阪道修町に医師日野葛民、大和屋喜兵衛と共に種痘所(後に除痘館と改称)を設立した。11年後の1860年(万延元)には適塾の南、現在の緒方病院の敷地に移転した。この除痘館を出発として、西日本各地に分苗所を設置して天然痘の蔓延を防いだことは、1979年、世界保健機構(WHO)は天然痘の根絶を宣言したが、その日本での先鞭をきった仕事であった。
扶氏経験遺訓 薬箱

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