OSAKA UNIVERSITY GUIDEBOOK 2015
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特集教育システム教育環境インフォメーションPersonよくある質問?!苧阪先生は、どんな高校生でしたか?ピアノを弾くのと、本を読むのが好きでした。古典文学のリズムが気に入っていました。QA 「友達に電話をしたのに、肝心なことを言い忘れた」といったことは、誰でも経験があると思います。これは、私たちが行動をするまでの間だけ憶えておかなければならない記憶が、うまく働かないために起こっているのです。 記憶というと、過去の出来事を憶えているなど、過去の事柄とかかわるものと考えがちですが、いまから始める行動にも記憶は必要なのです。このような、これからの行動に必要な内容を一時的に憶える記憶は「ワーキングメモリ(working memory)」と呼ばれています。ワーキングメモリは、脳のなかにある、いわば「心の黒板」です。 ワーキングメモリにはいくつかの特徴があります。まずワーキングメモリに書き込まれた内容は、ほどなく消えてしまうということ。そしてワーキングメモリの容量はそれほど大きくないということです。したがって、会話中に相手の話す内容が変われば、ワーキングメモリの内容も適宜変える必要があります。そのように情報を短期的に活性化することと更新することを繰り返すことが重要なのです。ワーキングメモリはこうした目標行動を最適に制御する高次認知脳の基礎を支えているのです。 私たちにとってワーキングメモリは、とても重要なものです。私たちの日常場面は、ある事柄を記憶するのに集中するよりも、他の行動をしながら記憶しなければならない場面におかれていることがほとんどです。たとえば、会話するときや本を読んでいるときにもワーキングメモリは必要です。言葉の意味を追いながら、聴いたり読んだりした内容を心のなかに留めておかなければ、続く内容を理解することは難しくなります。これから始める行動に必要な記憶、ワーキングメモリ。ワーキングメモリの機能が活発に働いている脳。ワーキングメモリの機能が加齢によって低下した脳。読んでいる内容が、「心の黒板」に書き込まれている。 私の研究室では、このようなワーキングメモリの容量を測定するテストとして、リーディングスパンテスト(reading span test, RST)の日本語版を開発しています。RSTでは単純に数字や単語を覚えるのではなく、文章をいくつか読んでもらいながら、その文中の1単語を記憶してもらいます。テストを受ける人たちは記憶することに専念するのではなく、文章を読むことに注意を向けながら、同時に単語を記憶することになります。これは会話や本を読みながら、その内容を憶えておくという場面に近似しています。こうしてRSTで測定したワーキングメモリの評価値は、読解力との相関性が高いことが認められています。一方、数字や単語を集中的に記憶するテストで得られる評価値は、読解力とそれほど高い相関性が認められていません。それでは、ワーキングメモリのどのような特徴が、高い理解力を導いているのでしょうか? 私たちが測定と同時に進めているのが、高い理解力、すなわち優れた言語理解を引き出すワーキングメモリの脳内機構の探索です。RSTでは、ワーキングメモリの司令塔でもある中央実行系(central executive)の制御機能を測定していると考えられます。RSTを実施中に脳のなかでどのような処理が行われているのかを、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いて測定したところ、中央実行系の制御には脳のなかの3つの部位と関連があることがわかってきました。それは前頭葉のなかの外側面にある前頭前野背外側領域(dorsolateral prefrontal cortex, DLPFC)と、内側面の前部帯状皮質(anteior cingulate cortex, ACC)、後部頭頂葉領域(posterior parietal cortices, PPC)の3つです。DLPFCは記憶すべき対象に注意を維持する役割を、ACCは記憶すべき対象とそうでない対象があるときにそのコンフリクトをキャッチして、不必要な情報を抑制制御するのに役立つと考えられています。また、PPCは記憶すべき対象に注意をスウィッチングして、焦点化する役割をしていると考えています。 ワーキングメモリは、発達段階においては短期記憶に比較して遅くに形成されると考えられています。その一方で、加齢による影響はより早く受けることがわかっています。高齢者の記憶障害が社会のなかで問題になってきていますが、それはおもにワーキングメモリの脆弱化に起因するものでしょう。そこで私たちは、日常生活のなかでワーキングメモリを適度に活性化させる取り組みを考案しています。活性化したワーキングメモリが、学習や思考などの高次認知機能の基礎を支え、ひいては私たちの社会生活全体を支えることにつながると考えています。ワーキングメモリの仕組みを探り、加齢による記憶障害を防ぐ。5

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