国立大学法人大阪大学公式ウェブサイトです。地域に生き世界にのびる 大阪大学

最新情報

文化・芸術 
セミナー/シンポジウム情報

第11回ギリシア・ローマ神話学研究会

2013年11月30日 (土) 13:00 から 18:00

第11回ギリシア・ローマ神話学研究会を開催します。どなたでも自由にご参加いただけます。皆様方のご参加を心よりお待ちしております。

日時:11月30日(土)13時より

場所:待兼山会館2階会議室(大阪大学豊中キャンパス)

研究発表:
「プラトン『国家』におけるムーシケー教育の意義」里中俊介(大阪大学)
「ルーキアーノス・アナカルシス・「ギリシア」アイデンティティ」勝又泰洋(京都大学)
「民間語源とマルス神」西村周浩(京都大学)

発表要旨:

「プラトン『国家』におけるムーシケー教育の意義」里中俊介(大阪大学)

プラトン『国家』の第2巻、及び第3巻においては、理想国家における守護者のための教育がどうあるべきかという問題が取り上げられ、対話が交わされる。そこで提示されるのは、詩と音楽を中心とするムーシケーとギュムナスティケー(体育)による魂の養育である。このムーシケーおよびギュムナスティケーによる教育によって、守護者となるべき者の魂の二つの部分、つまり「愛知的部分」と「気概的部分」が育まれるといわれる。その際、ムーシケーは「愛知的部分」に、ギュムナスティケーは「気概的部分」の育成に割り当てられ、それぞれが調和した仕方で育まれる必要性が説かれている。この初等教育論に関して、Goslingをはじめ、最近ではDestréeなどが、その主眼は「気概的部分」の育成におかれているという主張をなしている。そのような議論は、「気概」という言葉で表される意志や感情の働きとその教育の重要性を明らかにしているが、「愛知的部分」に関する教育という点は注視されていない。初等教育において「気概」の育成が肝要であるとしても、同時に「愛知」の育成について言及されていることの意味はどこにあるのか。本発表はこのことを問題として取り上げ、検証することで、ムーシケー教育が魂に与える影響と、国家教育において有する意義の一端を明らかにすることを目指すものである。

「ルーキアーノス・アナカルシス・「ギリシア」アイデンティティ」勝又泰洋(京都大学)

本発表では、ルーキアーノス(後120~180頃)の『スキュティア人またはプロクセノス』と『アナカルシスまたは体育について』を取り上げ、これらの作品におけるスキュティア人アナカルシスの描写のされ方を検討し、その人物像の有する意義について考える。その際、ヘーロドトス(4.75-76)以来見られる、アナカルシスの人物造形に付随する、「『ギリシア』対『非ギリシア』」の大きな枠組みを念頭に置いて議論を進めていく。とりわけ注目したい概念が、「パイデイアー」(παιδεία、「教養」)である。ルーキアーノスの生きた「第二ソフィスト時代」において、この概念は極めて重要な意味を持つものであった。というのも、これを獲得することが、「ギリシア人になる」ことを意味したからである。『スキュティア人』においては、アナカルシスは、「パイデイアー」に憧れ、ギリシアに足を伸ばし、その土地でギリシアの代名詞的存在ソローンと友情関係を結び、彼から「パイデイアー」を得る。一方、『アナカルシス』においては、アナカルシスは、ソローンの熱心な擁護にもかかわらず、ギリシアの「パイデイアー」の中核をなす、体育活動に徹底的に反対する。ルーキアーノスが提示する二種類のアナカルシスは、「パイデイアー」に対する姿勢の点でまったく正反対なのである。ルーキアーノスのアナカルシス像のこの二面性は、「非ギリシア人」でもあり「ギリシア人」でもある弁論家自身の「ギリシア」に対するアンビヴァレントな態度を映し出している。「ギリシア」のアイデンティティが揺らぎを見せていた時代に生きたルーキアーノスが創りだしたアナカルシスは、その「ギリシア」なるものを問題化する役割を果たしたのである。

「民間語源とマルス神」西村周浩(京都大学)

ローマの軍神マルスは、ラテン語で一般的にMārs (Mārt-)という語形で表現される一方で、微妙に異なる別形を数種もつ。その中でも、とりわけMāvors (Māvort-)が研究 者の間で最も高い注目を集めてきた。そして、その歴史言語学的な背景について様々な提案が行われてきた。サンスクリット語Marút-と比定する説、ラテン語碑文に見られる別の異形mamarteiの2番目の-m-が-v-に異化したとする説、さらに、キケローの著作にも見られるように、Māvorsの後半要素-vorsを動詞vert- / vort- ‘turn’と関連付ける説などがある。いずれの立場をとるにせよ、伝統的にMāvorsはMārsの古形と見なされており、音変化によってMāvorsがMārsに至ったと考えられている。しかし、MāvorsタイプとMārsタイプそれぞれの語形の地理的・時間的分布を考察したWachter (Altlateinische Inschriften: Sprachliche und epigraphische Untersuchungen zu den Dokumenten bis etwa 150 v. Chr. 1987. pp. 379-380)は、Mārsタイプの語形が相対的に古い時代からイタリア半島の諸言語に定着しているのに対し、Māvorsの現れは限定的であり、こちらの方がむしろ二次的な形成であると主張している。Wachterの文献学的分析に基づく見解は妥当性が高く、Māvorsタイプの語形がどのような歴史的な背景をもつかという問題は見直しの必要がある。ここまでの議論は、2011年に出版した論文(“A phonological factor in Mārs’ lexical genealogy.” Rivista di glottologia 5 = Atti del Convegno Internazionale “Le lingue dell’Italia antica: iscrizioni, testi, grammatica” in memoriam Helmut Rix (1926-2004), March 7-8, 2011, Libera Università di Lingue e Comunicazione IULM, ed. G. Rocca. pp. 233-245)においても行った。本発表では、上の問題提起に基づく議論をさらに展開させ、そもそもなぜMāvorsという語形がラテン語に現れたのか、言い換えると、Mārsという語形がありながら、なぜMāvorsという別形が生じなければならなかったのか、考察を行う予定である。その際、上でも言及したvert- / vort-との関連付けが鍵となる。ラテン語話者はこれをいわゆる「民間語源」的操作によって行った可能性が高いからである。そうした操作の背景にある話者たちの心理を、Māvorsが現れる文脈を吟味することで浮き彫りにし、特定の文脈に見られる心理とその言語学的表象との間の相互作用の可能性を本発表では示すつもりである。

日時: 2013年11月30日 (土) 13:00 から 18:00
主催: ギリシア・ローマ神話学研究会
場所: 豊中キャンパス 待兼山会館2階会議室
参加登録: 不要
URL: http://www.let.osaka-u.ac.jp/bungeigaku/
連絡先: 大阪大学大学院文学研究科文芸学研究室 加藤浩
katoc@let.osaka-u.ac.jp

このページのトップへ