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令和2年度卒業式・大学院学位記授与式総長式辞(2021年3月24日)


 本日、大阪大学から、新たな一歩を踏み出さんとしている皆さん。大阪大学を代表し、皆さんの卒業、修了を心からお祝い申し上げます。誠におめでとうございます。
 また、この日までの長きにわたり勉学と研究を支えてこられたご家族の方々には、敬意を表しますとともに衷心よりお喜び申し上げます。本来ならばご家族の方々にも、この会場で本日巣立っていく晴れ姿をご覧いただきたかったのですが、このような形での開催となりましたことにご理解とご協力を賜り、深く感謝申し上げます。
 皆さんの学生生活の最後の1年は新型コロナウイルス感染症により、会いたい人に会えない、行きたいところに行けない。そんな葛藤と不安の中での生活だったことでしょう。
 昨年の卒業式はこの会場での開催を断念せざるを得ませんでした。今年は、ご家族の方々にはご同席いただけなかったものの、このように皆さんに直接お話しできることを大変嬉しく思います。

 さて、今から10年前のことを覚えていますか。
 私たちは東日本大震災の被害の大きさに愕然とし、東京電力福島第一原子力発電所の事故により大気中に浮遊する放射性物質を絶えず気にする日々でした。その余震はなおも続いています。
 「安全神話の崩壊」を目の当たりにした私たちはあれから10年、「安全・安心な社会」を作り上げてきたつもりでした。しかし、今度はウイルスという目に見えないモノによって、その社会システムが依然として脆弱であることを身をもって実感することになりました。
 10年が経ちましたがあの災害・事故は未だ終わらず、そしてウイルスによって綻んだ社会の再構築にも、もう少し時間がかかるでしょう。「安全・安心な社会」。この言葉をコロナ禍の中で何度、耳にしたことでしょうか。本日はこの言葉を紐解きつつ、皆さんへの餞の言葉としたいと思います。

 「安全」とは危険の程度が許容範囲内にあると客観的に保証される状態を指します。では、「安心」とは何か。それは安全の程度を基にした個々の人間の主観に基づく信頼感覚です。
 例えば、バンジージャンプを想像してみてください。ゴムの耐久性、ハーネスの強度、水面までの加速度計算すべてで「安全である」と評価されたからといって全員が跳びだせるものでしょうか。
 このようにみると、「安全」と「安心」は全く異なる視座で語られるべきものであるとわかるでしょう。しかし双方の接点は必ずあり、その接点を認識したとき、私たちは初めて「安全・安心」を並列で語ることが可能となります。
 科学者や技術者は子細な実験データ、性能検査で蓄積したデータに基づいてアウトプットを示します。そして、それが客観的に評価されたうえで安全性として示されます。
 例えば、「事故発生率0.02%」や、「副作用の発生確率は20万人に1人」などといった形で示される安全性は客観的な指標のため、それなりに説得力を持ちえます。しかし、その指標を科学者や技術者が市民に押し付けることは決してあってはなりません。

 ノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎博士は次のような言葉を残しています。


科学者の任務は、法則の発見で終わるものでなく、それの善悪両面の影響の評価と、その結論を人々に知らせ、それをどう使うかの決定を行うとき、判断の誤りをなからしめるところまで及ばねばならぬところにある
※1


 朝永博士は原子物理学者として、自身の研究分野が原子爆弾の製造に加担してしまったことを強く憂いて、この言葉を残したといわれています。
 しかし、この言葉は科学者のみへの教訓ではありません。
 皆さんが社会に出て、企業や公的機関、医療機関など、あらゆる分野で市民に対して何らかの製品やサービスを提供する側に立つとき、この教訓は必ず当てはまります。皆さんには、「自分の役割はここまで。」という壁を持たず、自分が提供する製品やサービスの客観的な「安全性」を超えて市民一人ひとりに安心いただけるまで対話するのだ。という使命感と責任感を持ち続けてほしいと思います。

 さて、「安心」についてお話をします。
 コロナ禍によって、私たちは暮らしにおける「安心」が普遍的ではないことを図らずも理解することとなりました。
 昨年、東京や大阪など7都府県に最初の緊急事態宣言が出されたその翌日の4月8日、生活困窮者の支援に奔走する方にネットカフェ暮らしだった若い女性が居場所を失い連絡をしてきたそうです。そしてレストランにお連れすると、


「ジュースが飲めるのがうれしい。甘いの久しぶり。」
「もう首つるしかないと思ったんですけど、私も人間なんですかね、生きたいと思ってしまったんです。それで連絡しました。」


 その若い女性はこのように話をしてくれたそうです。そのうえで、その支援者の手記は次のように続きます。


こんな思いを若い人にさせていること、こんなことを言わせてしまっていることを、私たち年長者は心底恥じなければいけない。

これから始まる地獄がいつか過ぎたら、日本の人々が異なる価値観を持ち、これまでと違った形の社会形成を始めてほしい。

たくさんの犠牲を出すであろうこの災難のあとに、何も変わらなかったら日本に希望などない。絶対にない。

自己責任で弱者を見捨てることも、生産性で人の価値をはかることも、弱者同士を争わせる既得権を持つ者たちが、責められることもなく権力や経済力の上にあぐらをかき続けるさまも、ぜんぶ霞んで消えればいい。※2 


 コロナ禍の中であっても私たちは「ニューノーマル(新しい生活様式)」や「働き方改革」など生活スタイルを良い方向に変化させています。
 しかし、社会にはまだまだ私たちが想像できないくらいの不安と絶望の中で、あがいている方がいることを忘れてはいけません。私たちが考える「安心」と彼ら彼女らが切望する「安心」には大きな隔たりがあるのです。
 例えば、大阪大学を巣立つ学生の中にもコロナ禍の余波により、この場に出席することすらままならない人がいるかもしれない。あるいは来る新年度からの自分の居場所が見えていない人がいるかもしれない。それでも皆さんは社会の中で自立しなければなりません。
 このように申し上げると皆さんは「誰にも迷惑をかけずに生きていかなければ。」とか、「明日の生活が困らないように、自分の生活に責任を持たなければ。」などと堅苦しく考えてはいませんか。
 本学の招へい教授でもあり、厚生労働省の事務次官の経歴を持つ村木厚子さんが「自立」という言葉の意味について、次のように教えてくださいました。
 「自立とは、誰にも頼らないことではなく、自分が頼ることができる社会資源を、自分の周りに形成していくこと。」
 苦しいとき、つらいとき、周囲に「助けてほしい」と言うことは決して恥ずかしいことではありません。その一言をいつでも発せられるように、常にあなたの手元に置いておきなさい。伝えることができる仲間や場所を見つけておきなさい。この意識があなたの「安心」を形成します。
 そして皆さん自身は、街角でうつむいている人がいたら寄り添い、「大丈夫だよ」と声を掛けられる。あるいは、その方が立ち上がり前を向くまで目の片隅に捉えておく。その程度の心の余裕を持っておくこと。これが社会の「安心」づくりの第一歩です。

 さて、ここからは私から皆さんへの最後のメッセージです。
 皆さんには「誰もが納得できる『安全・安心な社会』を皆さん自身の手で作ってほしい」という難しい宿題を課すことになります。
 あなたが今日までに極めた専門分野は、実はあなたが思っているより驚くほど狭い。しかし、あなたが想像するよりもはるかに深い。そのことを自覚してください。
 社会であなたの専門分野は必ず役に立ちます。あなたの狭くて深い専門性を社会とつなぐもの。それはあなたが大阪大学で身に付けた広い教養でしかありません。
 たとえ、それらしいデータを携えて「安全」の押し売りがあったとしても、あなたの深い専門性と広い教養があれば、むやみにそれを信じることなく自分の「安心」と対話してから適切な判断ができます。あるいは自分の「安心」と隣人の「安心」の違いを認めたうえで目の前の「安全」を共に語ることもできます。専門性と教養は、あなたと社会、双方における強みになります。そして新たな出会いを呼び込みます。その出会いが社会の「安全・安心」を構築するネットワークの一部となるはずです。

 「したたかに生きる。」というと、なんだか斜に構えたように感じられてしまうかもしれません。しかし、本当は私たち一人ひとりが、したたかに生きることを当然の権利として、強く、しかし決して折れずに、「安全・安心な社会」の中で生きていくことが許されなければなりません。そこに喜び、安らぎ、豊かさ、そのようなあたたかさが宿ります。
 これから皆さんが作り上げる社会は、経済的な格差や、価値観の違い、仕事の内容、住む場所の違いなどを気にせず、そして、微笑みをもって、やさしく包み込みあうことができる社会。そのつながりの中で希望が花を咲かせる社会。そしてその花に、みんなが元気づけられる社会でなければいけません。皆さんがそのような社会を作り上げていかなければなりません。

 ここにいる皆さん一人ひとりが、これから生きる社会をもう一度心に思い描いてみてください。そして、深呼吸して、春の光を浴びながら、自身の夢に向かって実直に歩き始めてください。皆さんの活躍する勇姿を、大阪大学から見守り続けたいと思います。
 どうか、ご自身の心と身体の両面の健康を大切にして有意義な時間を過ごしてください。

 皆さんが自身の立ち位置を見失いそうになったとき、あるいは何らかの不安に苛まれたとき、そんなときはいつでも大阪大学に戻ってきてください。一緒に、原点に立ち返り、そのときに描いた未来を思い出してみましょう。
 そして、皆さんが新しい社会を作り上げたとき、そのときの在学生達に、あなたが作り上げた社会を伝えるために大阪大学に来てください。

 もう一度、皆さんに申し上げます。
 自信をもって、真の「安全・安心な社会」を作り上げましょう。

 皆さん一人ひとりの人生が、幸運に恵まれ、笑顔で溢れることを祈りつつ、私の式辞としたいと思います。

 本日は、誠におめでとうございます。

 

 令和3年3月24日 

 大阪大学総長 西尾 章治郎

 

※1は、朝永振一郎「朝永振一郎著作集 第5巻 科学者の社会的責任」(みすず書房、2001年)から引用いたしました。)

※2は、稲葉剛・小林美穂子・和田靜香 編「コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記」(岩波書店、2020年、pp.23)から引用いたしました。)


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