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大学案内

令和3年度入学式総長告辞(2021年4月6日)

 

 大阪大学に入学、進学された皆さん、おめでとうございます。心から皆さんを歓迎いたします。
 また、これまでの長きにわたり、成長を見守り、支えてこられたご家族の皆様に衷心よりお祝い申し上げます。新型コロナウイルス感染症対策のために、新たなスタートの晴れ舞台をこの会場でご覧いただくことが叶わないことに、ご理解とご協力を賜り、深く感謝申し上げます。

 さて、今年は、大阪大学創立90周年、大阪外国語大学創立100周年の節目の年です。今月1日には、地域と大学が深く連携する新たな「箕面キャンパス」がオープンしました。この都市型キャンパスの開設をはじめ、大阪大学の新たな挑戦が始まっています。そのような記念すべき年に、皆さんは本学に入学、進学しました。

 皆さんは、新型コロナウイルス感染症の猛威により、勉学の機会も、友人と過ごす貴重な日々も、大きな制限を受けたことでしょう。
 人類の歴史は、感染症と共にありました。たった100年ほど前までは、感染症で次々に隣の人が倒れていっても、ひたすらその流行が過ぎるのを待つしかありませんでした。
 しかし、今回、原因不明の肺炎が発見されてから僅か数週間で新型のコロナウイルスであることを突き止め、ゲノム解析でウイルスの全遺伝子配列が特定され、そして今までにない短期間で開発されたワクチンはすでに接種が開始されています。これは、私たち人類が有史以来、不断の努力により創造してきた「科学(サイエンス)」の成果です。
 その一方で、科学だけでは、このウイルスを完全に克服するところまで至っていないのも事実です。
 皆さんは、今日から、科学のフロンティアに立ちます。
 本日は最初に、この科学と人間とのかかわりについて、皆さんにお話をします。

 まず、この言葉をお聞きください。

 

コンピュータの利用度がますます増大して、人間は生産や頭脳労働から解放される、というより、追放されるか、もしくはコンピュータに管理される奴隷のような存在になるかもしれない。
そうなれば、ロボットは人間、つまりあなた自身のことになるかもしれませんよ。
※1 

 

 これは、今からおよそ50年前、高度経済成長期の真只中。「人類の進歩と調和」をテーマとした大阪万博が開催された1970年に、漫画家の手塚治虫さんが綴った言葉です。
 「コンピュータ」という言葉が、輝かしい未来の象徴として語られ、当然、「シンギュラリティ」という概念すらなかった時代に発せられたこの言葉は、今を生きる私たちにも大変貴重で意味深長な教訓を与えてくれます。
 手塚さんは、大阪帝国大学(現在の大阪大学)附属医学専門部の卒業生。すなわち皆さんの大先輩でもあります。
 医師免許を持ち、SF作品をいくつも書いた手塚さんだからこそ、人間の進化スピードと科学の進化スピードの乖離を見抜き、このような言葉を残したのでしょう。

 そして、もう一人、大先輩の言葉を紹介します。
 外国語学部の前身、大阪外国語学校卒業生の司馬遼太郎さんが1989年に記した「二十一世紀に生きる君たちへ」というエッセイに残した言葉です。

 

21世紀にあっては、科学と技術がもっと発展するだろう。科学・技術が、こう水のように人間を飲み込んでしまってはならない。川の水を正しく流すように、君たちのしっかりした自己が、科学と技術を支配し、良い方向に持って行ってほしいのである。※2

 

 司馬さんは、敢えて「支配」という非常に強くて重い言葉を使いました。
 「人間とはなにか」を問い続け、科学が人間の営みに与えた功罪を、まざまざと見てきた司馬さんだからこそ、このような強い言葉で、この21世紀を生きる皆さんに訴えたかったのでしょう。

 この大先輩の二つの言葉から、皆さんには、科学と人間の関係性を改めて考えていただきたいのです。
 科学は、私たちの寿命を延ばし、生活を豊かにします。しかしその一方で、私たちの権利や尊厳、プライバシーを脅かす可能性もあります。この二面性を十分に認識してください。

 新型コロナウイルス感染症の拡大を最小限に抑えることに成功したいくつかの国があります。その成功事例として挙げられているのが、人工知能(AI)技術やビッグデータ解析技術を用いた人の行動追跡システムの効果です。
 ところが、ある歴史学者はこのシステムの今後に警鐘を鳴らしています。このパンデミック終息後、その時の指導者が、人々の行動監視にこのシステムを使うかもしれない。それが独裁国家だけでなく、民主国家でも起こる可能性がある、という危惧です。科学を扱う者は、今まで以上に倫理観、道徳観が求められるのです。

 皆さんがこれから学ぶ大阪大学には、生命のすべてを網羅する医歯薬生命系、先端的な分野を切り拓いていく理工情報系、人々の思考の根源を究める人文学・社会科学系のあらゆる「知」が存在しています。
 皆さんは、自らが選択した専門性のみならず、さまざまな知を基盤とした「教養」を修得してください。そのうえで「知と知の融合」や「社会と知の統合」を進め、倫理観、道徳観を拠り所に未来社会を創造し、社会変革を導く科学を探究してください。

 2025年には、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマとする大阪・関西万博が大阪の夢洲で開催予定です。この万博では、未来社会を担う若者の力に大きな期待が寄せられています。
 皆さんには、科学と人間の健全な関係性を熟知した「21世紀を生きる若者」として、積極的かつ俯瞰的に、未来社会をデザインしてほしいと心より願っています。
 大阪大学はそのような皆さんの活躍を全力で後押ししていきます。
 ここまで、科学と人間との関わりをお話ししました。

 ここからは、皆さんが大学で過ごす意義を考えたいと思います。
 大学は教育・研究のみを実践する場ではありません。大学で過ごす日々は皆さんの人格を形成させる大切な時間でもあります。

 皆さんは、星野道夫さんという写真家をご存じでしょうか。
 アラスカに魅せられ、現地の方々と暮らし、雄大な自然と人々の息遣いを写真とエッセイに残した方です。1996年、取材中にヒグマによる事故により惜しくも43歳という若さで亡くなってしまいました。
 彼がアラスカを人生のフィールドとして決意したのは、学生時代に古本屋で出合った、たった一枚の写真でした。アラスカの小さな集落を空撮した写真に、「なぜこんなところに人が暮らしているのだろうか。」という想いが募り、どうしてもそこに行ってみたくなった星野さんは手紙を書くことにしました。
 どこの誰に送ればいいのか悩みに悩んで、写真のキャプションにあった村の名前に、「Alaska, U.S.A.」を付けて、村長を意味する「Mayor」宛に送ります。
 「あなたの村の写真を本で見ました。たずねてみたいと思っています。何でもしますので、だれか僕の世話をしてくれる人はいないでしょうか…。」星野さんは、正直な気持ちを、拙い英語で書いたそうです。
 そして、星野さん自身が手紙を送ったことすら忘れたころ、「世話してあげるからいつでも来なさい。」と書かれた一通の国際郵便を受け取ったのです。
 19歳の星野さんは、単身でアラスカへ向かい、3か月間にわたって大自然の中に暮らす人々と過ごし、人生感が変わったそうです。
 その後、アラスカに移住した彼が残した次のような言葉があります。

 

結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがえのない時間である。頬を撫でる極北の風の感触、夏のツンドラの甘い匂い、白夜の淡い光、見過ごしそうな小さなワスレナグサのたたずまい…ふと立ち止まり、少し気持ちを込めて、五感の記憶の中にそんな風景を残してゆきたい。何も生み出すことのない、ただ流れてゆく時を、大切にしたい。あわただしい、人間の日々の営みと並行して、もうひとつの時間が流れていることを、いつも心のどこかで感じていたい。※3 

 

 皆さんが過ごしている「今」という環境は、全てではありません。たとえ皆さんの手元にあるスマートフォンで、世界中の膨大な情報を瞬時に検索できても、それで世界を知ったことにはならないのです。

 今この瞬間にも、どこかの海でザトウクジラがブリーチングし、迫力ある水しぶきを上げているかもしれない。どこかの街では、鳴り響く銃声におびえ、物陰で耳をふさぎ、涙を流している子供がいるかもしれない。
 あるいは、どこかの丘では、沈みゆく太陽に豊作の感謝をささげ、明かりが燈り始めた村を満足そうに眺めている農夫がいるかもしれない。
 この世界は、あなたが今まで見聞きしてきた世界よりもはるかに広く、雄大な時間が流れているのです。
 そのことを、限られた学生生活で実体験として感じてほしいのです。

 ここに一冊の本があります。
 これは、先に述べた星野道夫さんの生き方に感銘を受けた本学の学生による、「写真実践」という方法論を研究テーマとした卒業論文が書籍化されたもので、この3月に刊行されました。
 この本の著者、吉成哲平さんは、博士前期課程を経て、今年大学院人間科学研究科の博士後期課程に進学し、今日この会場にいらっしゃいます。
 学部生による卒業論文の書籍化はあまり例がありません。しかし、吉成さんが得た事実、それを何とか言語化した彼の実践過程はそれほど貴重で、新鮮なものです。
 吉成さん自身、アラスカに留学し、星野さんと同じ行程をたどりました。
 そして、日本に戻る旅の途中、「人、自然、動物たち、祖先、歴史、あらゆるものは、全てつながっていて、そのつながりは特別なことではなかったのではないか」ということを悟ります。※4
 私は、このような表現にまぶしさを感じ、心から感銘を受けました。

 ここにいる多くの皆さんが、思春期から青年期への転換点にいます。どうか、この貴重な時間を漫然と過ごさないでください。
 四季の移り変わりや、街角のざわめき、夕焼け空のグラデーション。そのような僅かな気配に反応できる鋭い感受性を養ってください。
 そしてそれを拙くても、荒削りでもいいから、言葉にし、誰かに伝えてください。
 その行為は、あなたの感性を客観化し、相対化します。それにより、あなたの世界観は広がり、人間的な深みが増します。

 これは、先に述べた、科学と適切に付き合うための倫理観、道徳観を育むために必要な土台です。
 大学は世界の縮図です。異なる考えを持つ人、異なる環境で育った人、自分には到底できそうもない特技を持つ人、日々新しい出会いに驚き、自分の立ち位置を知る場所です。自分の考えは社会の中で唯一絶対ではなく、自分の考えが「社会を創る一部」であると実感する場所です。
 「大学」という多様性があふれる場所で、お互いがお互いを尊重しながら、知的好奇心にあふれた空気が満ち溢れている。それが大学の本来の姿です。

 皆さんの入学、進学によって、今日から、そのような空気が学内に広がることを期待して、私からの告辞といたします。
 これからの皆さんの充実した学生生活を応援し、そして全力で支援します。

 改めて、本日は、誠におめでとうございます。

 

2021年(令和3年)4月6日

大阪大学総長

西尾 章治郎

 

※1は、手塚治虫「アンドロイド〝鉄腕アトム〟の未来学」『週刊読売』1970年4月24日号掲載から引用いたしました。)

※2は、司馬遼太郎「二十一世紀に生きる君たちへ」(大阪書籍株式会社、1989年)から引用いたしました。)

※3は、星野道夫「旅をする木」(文春文庫、1999年)から引用いたしました。)

※4は、吉成哲平「写真家星野道夫が問い続けた人間と自然の関わり」(大阪大学出版会、2021年)から引用いたしました。)

 

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