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令和2年度入学式総長告辞(2021年4月6日)

 

 本日、ここにお集まりの皆さん。大阪大学への入学、進学、おめでとうございます。
 一年遅れにはなりましたが、入学式という、人生の大切な節目となる行事で、やっと、この言葉を皆さんに直接伝えることができました。感無量です。
 ご家族の皆様、一年前の、あの混沌とした中、ここに集う大切な家族の一員を送り出し、なかなか会うことさえ許されない状況の中、しっかりと支え、励ましてくださり、深く感謝申し上げます。
 例年より早く咲きほこった今年の桜の花を見て、昨年の今頃はそんな余裕もないまま春が過ぎ去っていたのだと実感しました。

 さてここで、20世紀前半の第二次世界大戦に至る厳しい時代を生きたフランスの作家で哲学者、ポール・ニザンが記した「アデン、アラビア」の冒頭の印象的で、青春時代を象徴する言葉を皆さんに紹介します。
 当時のフランスの多くの若者に支持された言葉です。

 

僕は20歳だった。それが人生でもっとも美しい時だなんて誰にも言わせない。なにもかもが若者を破滅させようとしている。恋、思想、家族を失うこと、大人たちの中に入ること。この世界の中で自分の場所を知るのはキツイものだ。※1

 

 ここにいる多くの皆さんが当てはまる20歳という時期は、若さや美しさを実感する一方で、自分の限界、社会に対する怒り、将来への不安、ままならない恋愛感情。それらが心を支配する時でもあります。

 特に皆さんの中には、ちょうど一年前、夢や希望よりも大きな不安や葛藤を抱えながら、大阪に出てきた方もいたでしょう。
 コロナ禍が続き、自分の住む地域を深く知ることすら許されない状況の中、皆さんが、この一年間、必死になって生活を維持し、そして勉学に励んでこられたことに心より敬意を表します。
 皆さんは、先のポール・ニザンの言葉にあるような、まさに人生の激動期を過ごしています。
 しかし、皆さんには、ここで一度、マインドをリセットし、これまでの一年間を受け入れていただきたい。そして、「大阪大学で学んでいること」をもう一度、自分自身に誇りとともに言い聞かせ、今日から始まる生活を充実させていきましょう。
 今後徐々にでもよいので、多くの仲間と「あの時は、大変だったね。でもその時に感じたことが今の私たちを作っているね。」と自信をもって語り合う輪が、確実に大きくなることを心の底から祈っています。

 本日は、皆さんに、「大学と社会」の関係性についてお話をし、そのあと「人間と科学(サイエンス)」の関係性についてお話しをしたいと思います。
 まず、「大学と社会」の関係についてお話しをします。

 先日、哲学者で本学の第16代総長を務められた鷲田清一先生が、大学と社会の関係について、わかりやすく解説してくださいました。
 大学は社会に対して、二つのベクトルを持っているというのです。
 一つ目は、大学が社会から「距離を置く」、つまり、社会から離れる方向に働くベクトルです。
 そして二つ目は、大学が社会に「入り込む」、つまり、社会に接近する方向に働くベクトルです。

 一つ目のベクトルは、たとえ社会が熱狂的なイデオロギーに支配されたとしても、あるいは社会が混乱状態に陥っていたとしても、大学は、冷静かつ批判的にその社会を観察し、そして社会に対してできることを粛々と探らないといけない。
 大学は社会に対して揺るぎない芯の通った教育研究機関でないといけない。このような意味と捉えることができるでしょう。
 2003年3月に大阪大学の活動の道標として定めた大阪大学憲章には、次の言葉があります。

 

大阪大学は、教育研究の両面において、懐徳堂・適塾以来の自由で闊達な市民的性格と批判精神やその市民性を継承し、発展させる。
学問の本質を踏まえ、いかなる権力にも権威にもおもねることなく、自主独立の気概のもとに展開する。


 この言葉は、現実逃避とも思われる状況で学問の世界に閉じこもることを良しとしているわけでは、決してありません。
 皆さんには、いかなる権力にも権威にも、そして一見正しくみえる同調圧力にも、落ち着きをもって対峙し、実直に、冷静に自分の立ち位置を客観的に見出すことが、強く求められます。

 二つ目のベクトルは、今、市民が何に困り、何を知りたいと願っているのか。大学の構成員が大学から積極的に飛び出して、市民と混然一体となって一緒に考えることができなければならない。つまり、市民の息遣いを感じながら市民目線を忘れずに研究をすることが求められています。
 これも、大阪大学憲章の中で、以下のように語られています。

 

大阪大学は、教育研究活動を通じて、「地域に生き世界に伸びる」をモットーとして、社会の安寧と福祉、世界平和、人類と自然環境の調和に貢献する。

 

 市民が創設した「懐徳堂」、「適塾」を精神的源流にもつ大阪大学は、数ある国立大学の中でも「市民の学び舎」に源流を持つ稀有な存在です。
 大阪大学構成員は「地域」を意識しつつ、「世界」を見据える適切な遠近感を持ち続けなければいけません。

 今年は、大阪大学創立90周年・大阪外国語大学創立100周年という節目の年です。
 今月1日には、箕面市船場に新たな「箕面キャンパス」を開設しました。生涯学習センターや図書館などを市民と共に利用し、本学の多彩な教育研究成果を社会に還元していく場所になります。ここまで深く社会に溶け込んだキャンパスは全国的にも珍しく、多方面から大きな注目を集めております。
 さらに2025年には、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマとする大阪・関西万博が大阪の夢洲で開催される予定です。この万博では、未来社会を担う若者の力に大きな期待が寄せられています。
 この先、皆さんには、社会や大人の意見を冷静に捉え、しかし情熱をもって未来社会をデザインしてほしいと願っています。大阪大学はそんな皆さんの活躍を全力で後押ししていきます。

 さて、ここからは「人間と科学(サイエンス)」についてお話します。
 今回のパンデミックでは、原因不明の肺炎が発見されてから僅か数週間で新型のコロナウイルスであることを突き止め、ゲノム解析でウイルスの全遺伝子配列が特定され、そして今までにない短期間で開発されたワクチンはすでに接種が開始されています。
 また、医学、薬学分野だけでなく、行動経済学や行政学、一見感染症の対極にありそうな歴史学の分野でさえ、すべての学問分野が、このコロナ禍において私たちの生活維持に重要な働きをしています。
 社会秩序が壊れるような大きな出来事があると、どうしても社会システムは一時的に機能停滞に陥ります。そして早期に復活させるべく、人々は解決策を探ります。
 その一つの拠り所が「科学」であることは皆さんも理解いただけるでしょう。
 では、私たちは絶対的に無条件に科学を信じればよい、と言い切ることができるでしょうか。
 今から、10年前のことを思い出してください。2011年の3月11日に発生した東日本大震災、そしてそれに伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故。大きな揺れと津波で壊滅的な被害を受け、大気中には放射性物質が飛散し、海外でも「Triple Disaster(三重災害)」と言われる程のパニック状態でした。
 この時、社会からは、「科学の限界」や「科学者のムラ意識」という批判的な視点で科学に対する疑問が語られました。
 その科学の限界に翻弄された方々にとって「あの日」はまだ過去にすらなっていません。実に4万人を超える方々がいまだ故郷に帰れず避難生活を送っている事実があります。
 また、10年という長い歳月にわたる協議を経て、やっと自分たちの住む地域を高台に移すことが決定し、新しい生活への見通しが今になって何とかついた、と話す自治会長がいらっしゃいます。
 人間は、我々の日々の生活をよくする「道具としての科学」から、いつの間にか、我々の生活の基盤になくてはならない「存在としての科学」へ、「科学」の概念を変えてきました。
 しかし、そのプロセスにおいて、10年前の出来事を持ち出すまでもなく、絶えず科学に対する不安があったことも事実です。

 ここで一つの言葉を紹介します。

 

人間の不安は科学の発展からくる。進んで止まる事を知らない科学は、かつて我々に止まることを許して呉れたことがない。徒歩から俥、俥から馬車、馬車から汽車、汽車から自動車、それから航空船、それから飛行機と、何処まで行っても休ませて呉れない。どこまで連れていかれるかわからない。実に恐ろしい。※2

 

 これは、今から約110年前、夏目漱石が小説「行人」の中で書いた言葉です。
 明治から大正にかけての近代化の黎明期。西洋の科学や技術を取り入れ、急速な近代化を進めたこの頃から、人々は、科学に対するある種の恐怖感を持っていました。
 その後、世界的な戦争を経て壊滅的に荒廃した日本は、奇跡的な成長を遂げ、今の私たちの暮らしがあります。
 もちろん、その背景には科学・技術の恩恵がありました。その我が国の発展の一部始終を見てきた、皆さんの大先輩の言葉を次に紹介します。
 外国語学部の前身、大阪外国語学校卒業生の司馬遼太郎さんが1989年に記した 「二十一世紀に生きる君たちへ」というエッセイに残した言葉です。

 

21世紀にあっては、科学と技術がもっと発展するだろう。科学・技術が、こう水のように人間を飲み込んでしまってはならない。川の水を正しく流すように、君たちのしっかりした自己が、科学と技術を支配し、良い方向に持って行ってほしいのである。※3

 

 司馬さんは、敢えて「支配」という非常に強くて重い言葉を使って、皆さんへメッセージを残しました。
 「人間とはなにか」を問い続け、激動の日本をつぶさに見てきた司馬さんは、科学に対する漠然とした不安を超えて、これ以上にない強い言葉で、この21世紀を生きる皆さんに、人間と科学の関係性を訴えたかったのでしょう。

 大学という場所は、科学のフロンティアを追求する場所です。
 大学で学ぶ皆さんは、漫然と科学に寄りかかり、無条件にその解を信じる思考停止を起こしてはいけません。
 一人ひとりがロジックを理解し、そのうえで科学を適切に社会に還元できる人、すなわち人間と科学の健全な関係性を熟知した「21世紀を生きる若者」になってほしいと願っています。

 冒頭に、ポール・ニザンの言葉を紹介しましたが、最後に、その対極から、今の皆さんの世代を象徴する言葉をもう一つ紹介します。

 

その子二十歳櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな

 

 皆さんもご存じでしょう。与謝野晶子の短歌です。
 大きな悩み・葛藤が続く日々の中にも、「生きていること」の素晴らしさを実感するときが必ずあります。
 とめどなくあふれる喜びに戸惑い、その喜びがおのずと自分の外に表れる。そんな日があることでしょう。
 皆さんが大阪大学で、実直に、しかし誇りをもって、悩みと喜びを共有しながら、一日一日を過ごしていく。その足元には季節の花が咲き、下を向く日があったとしても、その花に勇気づけられ、やがて前を見据えて歩きだす。
 青春を謳歌する皆さんと、そんな大学を作り上げたいと思います。

 今日、ここから、皆さんと一緒に、新たなスタートを切ることができる喜びを胸に、私からの告辞とさせていただきます。

 改めて、心より入学おめでとうございます。
 そして、私にとっての良きパートナーとして、これからもよろしくお願いします。

 

2021年(令和3年)4月6日

大阪大学総長

西尾 章治郎

 

※1は、ポール・ニザン(小野正嗣 訳)「アデン、アラビア」(河出書房新社、2008年)から引用いたしました。)

※2は、夏目漱石「行人」(新潮文庫、2011年)から引用いたしました。)

※3は、司馬遼太郎「二十一世紀に生きる君たちへ」(大阪書籍株式会社、1989年)から引用いたしました。)

 

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