令和4年度秋季卒業式・大学院学位記授与式総長式辞(2022年9月22日)
本日、大阪大学から、新たな一歩を踏み出さんとしている皆さん。大阪大学を代表し、心からお祝いを申し上げます。
また、この日まで長きにわたり、卒業生、修了生の勉学と研究を支えてこられたご家族の方々には、敬意を表しますと同時に、衷心よりお慶び申し上げます。
特に留学生の皆さんには、母国を離れ、言葉や文化、生活環境が異なる日本で勉学に励み、不安な日々の中、異文化と協調する能力の高さに深い感銘を受けております。
さて、皆さんの学生生活は、COVID-19に大きく振り回されたと言っても過言ではありません。当初に想定していた研究計画を大幅に変えないといけなかった人も、日本に入国することすら思い通りにいかなかった人もいるでしょう。ほとんどの講義がオンラインで、思い描いていたようなキャンパスでの時間を過ごすことができなかった人も多いのではないでしょうか。
それでも皆さんは、このような環境の中であっても、それぞれの分野で勉学に励み、科学のフロンティアに立つことができました。そして、今日、学位を手にしたのです。この状況下で皆さんが一生懸命努力をして得たものは、必ず今後の人生の大きな糧となることでしょう。
今年の夏は、3年ぶりに行動制限がありませんでした。各地で伝統行事が再開されるなど、パンデミック前の日常が戻ってきたようにも見えます。しかし、これは、我々人類が、この目に見えない脅威から完全に解放されたうえで、実現したわけではありません。COVID-19はいまだ猛威を振るっています。医療従事者をはじめとしたエッセンシャルワーカーの方々の献身的な働きがあってこそ、私たちは、ポストコロナに向けた試行錯誤を進められていることを決して忘れてはいけません。
この感染症は、航空機など短時間かつ広範囲に移動できる交通手段の発達によって、あっという間に世界各地に広がりました。また、情報通信網の発達により、刻一刻と変化する感染状況が可視化され、目に見えない脅威がじわじわと自分に近づいてくることを実感させるという点で、私たちは今までとは異なる恐怖感に苛まれることになりました。
この恐怖感について、本学大学院人間科学研究科の三浦麻子教授と大学院生の山縣芽生さんらの研究グループが、COVID-19の流行初期から人々がどのように感じているのか定点観測を続け、興味深い結果を発表しておられます。
この研究によれば、日本では2020年4月の最初の緊急事態宣言のタイミングで、COVID-19に対する関心度や恐怖感が急速に高まり、その後、ワクチン接種が開始され、いくつかの感染の波を乗り越えても、関心度も恐怖感の数値も高止まりしたままでした。しかし、やっと最近になって少しずつ減少傾向にあるということです。
そして、この研究で着目すべき点は、「恐怖心」は、克服するまでにある程度の時間を要すること。また、「感染したくない」という気持ちが強い人ほど、感染者や外国人に対して排他的・攻撃的になる傾向が大きいという結果が出ていることです。私たちは、災害時や戦時といった異常事態において、不安や恐怖の高まり、デマの拡散、集団の暴走といったことが起きやすく、それらが簡単に消し去れないことを経験的に認知してきましたが、三浦教授らの研究によってそのことが科学的に実証されつつあります。
では、この恐怖感からつながる負の連鎖をなくすために、そしてこのパンデミックの後に山積する全人類の課題解決のために、私たちはどう対処するべきなのでしょうか。
私は、四つの重要な鍵があると思っています。そして、それらは奇しくも大阪大学の教育目標と一致しています。
一つ目は、「高度な専門性と深い学識」です。
未知なるものに対峙する時、私たちは不安や恐怖を感じます。そのような状況下で「一見正しそうだが実は誤っている情報」に多くの人が惑わされると、悲劇を生みます。また、権力の集中を企む者は、あえてそのような情報を流して、民衆をコントロールしてしまうかもしれません。その時、高度な専門性に基づいて、その情報を分析する能力が必要になります。
対象となる事象が自分の専門と異なるものであっても、その事象に向き合うときの科学の作法やアプローチの方法は普遍的なものです。ロジカルに、クリティカルに、その事象を適切に評価し、正しい情報を見いだす力を、すでに皆さんはこの大学で身に付けています。
二つ目は、「教養」です。
社会にあふれるさまざまな情報から、科学的に正しい情報を選択し、知識として蓄積する能力を有している皆さんは、それを社会に還元していかなければなりません。ここでいう社会とは、サイバー上のコミュニティではありません。私たちは、リアルな社会の中で生きています。私たちは肉体を持ち、呼吸をしています。あなたに何か重大な出来事が起きた時、あなたを救ってくれるのはリアルな近隣の人の力なのです。
そこには、あなたとは年代の異なる人がいます。出身地域、出身国の異なる人もいます。暮らし方や考え方も違う人がいます。「たまたまそこにいる人たちの集まり」だから当然です。そのようなコミュニティで大切になるのが「教養」です。複眼的、俯瞰的な視点から誰とでも品格をもって距離を縮める道具となるのが「教養」です。あなたが正しい知識を持っているだけでは、あなたを含め誰も幸せにはなりません。その知識をコミュニティに浸透させるために、あなたが大学生活で身に付けた教養を最大限に発揮してください。
三つ目は、「国際性」です。
パンデミック下では、それぞれの国の対策の違いが如実に現れました。ある国は、政府主導でデジタル技術を駆使し、感染爆発を最小限に食い止めました。またある国は、人々の行動自粛によって活動の場を失った文化芸術家への手厚い支援に取り組みました。ロックダウンを強制的に実施し、違反者に制裁を加える法律を作った国もあれば、自然免疫をつけるとして特段の政策を実施しなかった国もあります。
ウイルスという、確実に迫ってくる人類共通の課題に接した時でさえ、国や地域で対応が異なりました。時の政治家・指導者の影響も大きいのでしょうが、それ以上に、その地域性や歴史、宗教、風土などが関係しています。それらを踏まえた上で、私たちは全人類の課題解決への道を探る必要があります。
気候変動やエネルギー問題など、人類がこれから解決しなければならない課題は山積しています。これら共通の課題が明らかになってきても、その認識度合いや危機感は、個人レベルだけでなく国や地域によっても大きく異なり、解決への糸口はなかなか見つからずにいます。
私たちは、今回のパンデミックで、全人類が足並みを揃えることの難しさや、正しいことへの理解・認識には温度差がある事実を再認識するとともに、合意形成を得るにはどうするべきなのかを真剣に考える時が来たことを実感しました。皆さんが本学で培った「国際性」を発揮し、是非とも異文化間の合意形成に力を尽くしてほしいと願っています。
最後の四つ目は、「デザイン力」です。
ここでいうデザインとは、対話のデザイン、社会システムのデザインといった、何かの課題を発見し解決するまでの道筋を構想できる能力、あるいは課題解決に向けてさまざまな分野の人とともに、新たな価値を生み出す能力のことです。
「おせっかい」という言葉があります。元々は「余計な世話をやく」というような意味ですが、大阪では、そこから派生して、気配りができる、面倒見がよいなどの意味も内包する言葉です。自分が属するコミュニティにおいて協力し合う時には、この「おせっかい」が必要なのです。それは、「やあ、やっと秋風を感じられるようになりましたね」という声掛けかもしれません。あるいは、道に落ちている紙くずを拾い上げてゴミ箱に入れるという行為かもしれません。あなたのそのような行為に、誰かが必ず救われています。そして、あなたとの協力のネットワークを求めてくるはずです。「おせっかい」は、相手とあなたとの間にある緊張感を心地よく緩める行為です。大阪という土地で学んだ皆さんには、この「おせっかい」を活用して、社会システムをデザインしてほしいのです。
皆さんには、これからの人生において、研究室や職場に籠りきりになるのではなく、積極的に街に出て、行き交う人たちに目を向けてほしいと思います。人々の笑い声や、うつむき加減、歩く速さなど、街のざわめきに敏感になってほしいのです。道行く人が躓いた時に、とっさに手を差し伸べられるような人であってほしいのです。そのような心掛けから、コミュニティの関係性を強固なものにして、科学的に正しい知識をそのコミュニティに広められる人になってください。心からそう望んでいます。
今、世界に目を向けると、毎日のようにミサイルが飛び交う地域があります。また、軍事的緊張が高まりつつある地域もあります。パンデミックも戦争も、歴史上の教訓ではないことを、私たちは思い知らされました。大変残念なことに、今、私たちはそのような社会に生きているのです。
今年の6月、沖縄戦没者追悼式で7歳の少女が読んだ詩が話題になりました。
(略)
せんそうがこわいから
へいわをつかみたい
ずっとポケットにいれてもっておく
ぜったいおとさないように
なくさないように
わすれないように
こわいをしって、へいわがわかった
私たちや私たちの先祖が経験してきた不安や恐怖。また、これから私たちや私たちの子孫が直面するであろう危機や課題。これらにきちんと向き合う能力、解決するための方法論を、皆さんはこの大学で身に付けました。それらを携え、これからは皆さんが課題を解決する場に出ていくことになります。
「平和」とは戦争や恐怖の対極にあるものではなく、普遍的なものとして存在する概念です。どうか、全ての人々が幸せに、平和に暮らせる社会を作り上げるために、皆さんの力を存分に使ってください。
皆さんの将来が、光に満ち溢れたものとなるよう、心から願っています。
改めて、卒業、修了、誠におめでとうございます。
令和4年(2022年)9月22日
大阪大学総長 西尾章治郎
※ 沖縄市立山内小学校2年 徳元穂菜さん(7)自作の平和の詩
「こわいをしって、へいわがわかった」より
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