令和4年度入学式総長告辞(2022年4月5日)

 大阪大学に入学、進学された皆さん、おめでとうございます。心から皆さんを歓迎いたします。
 また、これまでの長きにわたり、成長を見守り、支えてこられたご家族の皆様に衷心よりお祝い申し上げます。新型コロナウイルス感染症対策のため、ご家族の皆様には、学生たちの新たなスタートの晴れ舞台をこの会場でご覧いただくことが叶わないことに、ご理解とご協力を賜り、深く感謝申し上げます。
 目に見えないウイルスの猛威で、グローバル化も、経済システムも、ここ2年間余り大きな打撃を受けてきました。皆さんのこれまでの生活にもさまざまな制約があった事でしょう。それでも皆さんは今日、ここに集いました。皆さんは新たな生活に向かって確実に歩みだしています。

 人類の歴史は、感染症との戦いの歴史でもありました。
 今日は、まず、天然痘という感染症と闘った幕末の医師、緒方洪庵のお話をいたします。
 緒方洪庵は、大坂に適塾を開いた人物です。その適塾は幾多の変遷の末、大阪大学につながります。
 天然痘は、1980年にWHO(世界保健機関)が根絶宣言をし、人類が打ち勝った唯一のウイルスです。人類との歴史は古く、日本では天平時代にはその病気の記録があります。致死率は20%から40%といわれる恐ろしい感染症でした。
 1796年、イギリスの医師ジェンナーが病気の牛から天然痘によく似た膿を取り出し、それを人間に植え付けることで天然痘の感染を防げることを発見します。
 その発見から約70年後の1849年、洪庵は、今でいうワクチンにあたる、その膿のような組織「痘苗」を何とか入手し、大坂の子供たちに接種を始めます。
 しかし、当初はかなり苦労したといいます。天然痘の感染メカニズムも解明されていない中、牛の病気由来のものを人間に植え付けるのですから、人々は「牛になってしまう」と恐れたそうです。洪庵は、何とか説得を続け、人々への接種を広めます。
 今のワクチンのように、衛生的な管理も保存もできません。接種を継続するには、接種した人の7日目の痘苗を取り出し、それを他の人に植え付けるという地道で根気のいる方法しかありませんでした。
 洪庵は、関西一円の医師に、この痘苗を配り、どこかで途絶えたら、別のところから供給するという、今でいう医療ネットワークを築きます。
 また、金儲けを企てる者が、このシステムを悪用しないように、10年間の働きかけで「大坂の街での接種は洪庵の病院(徐痘館)に限る」という幕府のお墨付き「官許」を受けます。
 これら洪庵の働きにより、江戸から明治にかけての治療環境が整備されていない時代でありながら、24年間にわたって、「人から人」への地道な接種を絶やさなかったという記録があります。

 筆まめだった洪庵は、たくさんの手紙を残していますが、その末尾には、「道のため、人のため」と書き綴っていました。洪庵は、いつも市民のことを考えていた人でした。
 近代的な学問を根拠に一人でも多くの人を救いたい。金持ちも貧しいものも関係ない。そのような信念を持ち続けた人でした。
 大阪大学は、このような公共の利益を第一に考える人の系譜を受け継いでいるのです。
 私が他の国立大学の学長とお話をすると、「大阪大学には、『適塾』という精神的な源流が存在していていいですねぇ。」とうらやましがられます。国立大学といえどもUI(University Identity)、つまり、大学独自の特徴や理念を確立しなければなりません。その点、大阪大学は立ち返る原点がある。これはとても幸せなことだと思っています。
 適塾は、重要文化財の指定を受け、大阪大学の管理のもと、淀屋橋のビル群の中にひっそりとたたずんでいます。是非皆さんも訪れてください。
 21世紀の近代的な街並みの一隅に、こんな厳粛な、静謐な場所があったのか!と感動すら覚えることでしょう。その適塾の2階の大広間には、洪庵を慕い、学問を身に付けようと全国から塾生が集い、生活していました。
 後に慶應義塾を創設した福沢諭吉や、日本に保健衛生学の概念を浸透させた長与専斎、日本赤十字社を創設した佐野常民など、数えきれないほどの幕末・明治の志士を輩出しています。
 福沢諭吉の「福翁自伝」を読むと、当時の適塾での塾生の活き活きとした日常がわかります。若気の至りで、かなりの悪戯もやっていたようですが、彼らの学問に対する情熱は猛々しく、彼自身、「およそ勉強ということについては、この上にしようもないほどに勉強した」と振り返っています。
 彼らの勉強は机の上では収まりきらず、アンモニア生成の実験では、悪臭騒ぎを起こし、街中で実験器具を抱えながら右往左往したことなどが、豪快にコミカルに語られています。それらの青春の日々を適塾で過ごして、近代日本の屋台骨を作り上げた偉人となったのです。
 皆さんには、洪庵の信念のみならず、適塾塾生の学問に対する情熱も引き継がれていることを誇りに思っていただきたいのです。

 さあ、そんな大阪大学で今日から学ぶ皆さんに、一つのお願いがあります。
 それは、「新たな出会いの瞬間の、心の動きに敏感であってほしい。」ということです。
 いまや、日常の疑問、生活面での困りごとへの対処方法、ありとあらゆることが、「検索画面」に入力するだけで、あるいは、スマートフォンに話しかけるだけで、瞬時に答えが出てくる時代です。情報科学を専門としてきた私にとっても、インターネット出現から40年あまりの間に、ここまで情報通信技術が発展することは想像ができませんでした。
 しかし、インターネットを介して仮想空間から我々が得ることができる情報は、「自分が知りたい真実ばかり」かと言うとそうではありません。それなのに、「何でも知っている」気持ちになってしまっている危険性があります。
 一刻も早い平和的な解決が求められているウクライナ情勢であっても、フェイクニュース(偽りの情報で作られたニュース)があふれ、銃声におびえる市民の叫び声に耳を傾ける妨げになっています。
 仮想空間を介して届くニュースの信憑性を、高度な分析技術を用いて確認しなければならないという本末転倒な状況になっています。
 皆さんには、掌のスマートフォンからも容易に入り込めてしまう仮想空間ばかりに頼らず、あえて新聞や書籍を読む。あるいは、実際にその人に逢ってみる。そのような現実世界での時間を大切にしてほしいのです。

 たとえば、気になった書籍をインターネットで注文すれば、翌日には届きます。あなたは、その書籍の名前を知っているから注文ができるのです。
 一方で、あなたが図書館に行き、目当ての書籍の棚を探していくと、自分が探していた書籍よりも魅力的なタイトルが目につき、ふと手に取ることができる。
 食べたいメニューを選び、オンラインで注文したら、30分後には、熱々の状態で、部屋まで届けてくれます。
 一方で、商店街を歩いていると、心地よい甘辛い香りが漂っている。
(これは、小さい頃にお祖母ちゃんがよく炊いてくれたじゃがいもの煮っ転がしの匂いだ。)
 温かい懐かしい気持ちで、ふと総菜屋に足を踏み入れる。
 このような、予想外の出会いは、現実世界の中で起きるのです。
 そして、そんな日常の何気ない出会いを、ひょいとつまみ上げるような感覚を研ぎ澄ませることこそが、日常の生活のみならず、これから皆さんが足を踏み入れるサイエンスの世界でも重要になります。

 「役に立つのか、役に立たないのか。」そのような短絡的な視点ではなく、「ときめくのか、ときめかないのか。」この論点で語られるのがサイエンスの醍醐味です。「サイエンス」とは、データやロジックに裏付けされた事実を基にしたゆるぎない概念です。
 しかし、そのサイエンスに携わる者には、その対極にあるスピリチュアルな「ときめき」が必要になるのだから不思議です。
 この「ときめき」には二つのベクトルの力があると思っています。
 一つ目は、「ある人に出会い、話を伺い、感銘を受けて、そのような人になりたいと思う願いや憧れ」つまり、他者から自分に働きかけてくる力。
 もう一つは、「面白うて、面白うて、仕方がなく、寝食を忘れる程に没頭する興味や関心。」つまり、ある対象に対して、内発的に自分自身から働きかけていく力。
 この二つのベクトルをいかに研ぎ澄ました感性で自分自身のものにしていくか。これからの皆さんの大きな課題だと思います。

 「沈黙の春」をあらわした海洋学者レイチェル・カーソンは、「センス・オブ・ワンダー」ということばを用いて、次のように表しています。少し引用します。

 もしもわたしが、全ての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力を持っているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見張る感性」を授けてほしいと頼むでしょう。

 この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、私たちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです※1

 思春期から青年期へと歩み始めた皆さんは、もはや子どもではありません。子どものころのような無邪気な感性を成熟させ、深い感動と洞察力を備えた感受性を最も豊かにさせることができるときです。
 どうか、すぐに導き出せる無機的な答えに満足することなく、無知である時間のじれったさを楽しむ余裕。新たな発見、出会いから得られる感動や畏怖の念。そのようなものをこの大学生活で培ってほしいのです。
 これらの感性は、皆さんの人格形成にも大いに役立ちます。また、社会を生きていくにあたって人間性を豊かにする教養にも直結します。

 約150年ぶりの民法改正により、成人年齢が18歳に引き下げられました。皆さんの多くは、その第一世代です。皆さんには、社会に参加し、社会をより良くする義務と責任が課せられることになります。
 適塾で学んだ塾生は、世界を知り、世界に羽ばたくことに飢え、適塾の格子戸から世界を夢見ていました。
 しかし皆さんには、世界とつながるチャンネルがいくつもあります。サイバー空間と、現実世界を適切に使い分けながら、皆さんは今日「地域に生き世界に伸びる」大阪大学の一員になるのです。
 ご存じのように、この大阪の地で、2025年に「日本国際博覧会(大阪・関西万博)」が開催されます。その時、ここにいる学部入学生は大学4年生になっています。
 この万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」です。「いのち」という最も重要な尊厳を守りつつ、あなたたちが試行錯誤しながら、「未来」に向かってより良い地球を作り上げていかなければなりません。
 どうか、このような時代だからこそ、偉大な先輩たちの想いと共に、一つ一つの出会いを大切にしてください。 
 長い人生の時間軸からすると、この大学で過ごす時間はとても僅かな時間です。
 でも、これからの人生の重要な礎になる時間です。
 その貴重な一日一日を大切に、自分のために、地球のために、平和のために、「ときめき」を感じながら、思い切り輝いてください。

 本日は誠におめでとうございます。

2022年(令和4年)4月5日
大阪大学総長
西尾 章治郎

(※1はレイチェル・カーソン「センス・オブ・ワンダー」(新潮社、1996)から引用いたしました。)

■告辞全文PDFは こちら

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