OSAKA UNIVERSITY GUIDEBOOK 2015
9/84

特集教育システム教育環境インフォメーションPersonよくある質問?!久保先生は、どんな高校生でしたか?勉強とクラブ活動(陸上部)に打ち込みながら、自分の将来について考える日々を過ごしていました。QA 私がおもに扱っている物質は、「ラジカル種」と呼ばれる不対電子を持つ有機分子です。不対電子が存在すると、空気中の酸素と反応してすぐに分解してしまうことから、ラジカル種はこの世の中では希少な化合物です。当然、取り扱いも難しく、酸素がない特別な条件下で合成したり物性測定したりします。なぜ、このような面倒くさい化合物に興味があるのかという理由のひとつは、電子が持つ本来の姿があらわになることです。“人は極限下に置かれたときに本性が出る”と言われることがありますが、電子もまったく同じで、ペア(対)を満足に形成できない状況に置かれた電子は、通常の化合物では見られない特別な振る舞いをするのです。 では、具体例として私が行っている研究を紹介します。(図A)の化合物1は、1つの分子内に2つの不対電子を持つ化合物です。とある理由があって、この2つの不対電子は分子内で強くペアリングすることが許されていません。ただし、ペアリングを完全に禁じているのではなく、弱くペアリングできるような工夫が分子に施してあります。その電子の状態は、水素分子を引き延ばして2つの水素原子にする過程に出てくる、中途半端な結合状態と同じです(図B)。もちろん水素分子を中途半端な結合状態で長時間留め置くことはできませんが、化合物を合成することで、ありえない状態と同様の状態を作り出すことができるのは化学の強みです。 さて、化合物1のなかでは満足にペアリングさせてもらえない不対電子ですが、なんとかペアを形成しようとつねにチャンスを伺っています。そして分子同士が接近したときに、“これ幸い”と分子間でペアリングし要求を満たします。ところが先に述べたように、化合物1では分子内のペアリングを完全に禁じているわけではありません。不対電子は分子間でのペアリングで要求を満たすものの、分子内のペアリングにも未練があり、結局、分子内と分子間で共にペアリングしたような状態で落ち着くのです(図C)。このような欲ばりな電子の振る舞いは、分子内で電子が強くペアリングすることを許している普通の化合物では見られない現象であり、極限状態に置くことによって初めて明らかとなった電子の素性のひとつです。極限状態を作り、電子の素性を明らかに。 化学は物質を生み出すことを得意とする学問です。その特徴を、自然の摂理を解明する自然科学のなかで活かすとすれば、新たな物質の創造を通じて、自然の振る舞いをこれまでとは異なった角度で眺めることではないかと考えています。 本学には複数の理系学部がありますが、そのなかで理学部の果たすべき役割は複雑な自然現象の根底に流れるシンプルな普遍性を明らかにすること、すなわち「真理の探究」です。普遍性というのは、当たり前すぎて気づかずに通りすぎてしまうようなもの。しかし理学に携わる人は、たとえ些細なことでもふと立ち止まって何だろうと不思議に思い、それについて考え悩み抜き、さまざまな試行錯誤を通じて何とかひとつの答えにたどり着こうとします。真理の探究には、一見小さなものであっても、とことんこだわる姿勢が必要なのです。 科学は随分と発達してきましたが、それでも自然界にはまだまだ分からないことがたくさんあります。私は化学、とくに有機化学を通じて自然の仕組みを明らかにしようとしています。“そこに何かがある”。それを見つけたときが一番の喜びです。自然現象の不思議に、とことん向き合う。 自然科学は、天然に存在するものだけを対象にしているわけではありません。人工的に生み出された特殊な状態であっても、そのなかでの電子の振る舞いは、電子にとっては自然な姿なのです。化学の強みを活かして作られた新たな物質には、これまで気づかなかった現象を顕在化させたり、不可能と思われていたことを可能にしたりする力があります。有機物が電気を流すという現象は今や当たり前の認識ですが、ポリアセチレンやテトラチアフルバレン(TTF)という新たな物質が生み出されて初めて確立されたものです。そして有機導電体は身の回りにも多く見られるようになっています。 新しい物質を創造し、発見を通じて新たな概念を確立し、最終的に人びとの生活に深く関わっていく。それが私の夢です。暮らしに生かせる新物質の創造を目指して。(図A) 化合物1の構造。赤い点が不対電子。(図B) 水素電子の中途半端な結合状態。(図C) 分子内と分子間のペアリング共存。化合物11の溶液7

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です