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適塾特別対談 安藤忠雄/平野俊夫

「社会に何ができるか」自分で考え行動

平野 安藤先生は、幾度か適塾を訪れてくださっていると伺いました。私塾としての適塾、そして緒方洪庵にどのような印象を持っておられますか。

安藤 私は大阪生まれの大阪育ち。(第7代大阪市長)が造った東西44㍍・南北約4㌔の御堂筋や、岡田信一郎の原案により建てられた中之島の中央公会堂などを見て、「大阪はすごい」と誇りに思っていました。この適塾も大阪人の誇りですね。江戸末期の期待と不安の入り交じった緊張感が、福沢諭吉などの若者を生み出したのでしょう。福沢諭吉の「独立自尊」の精神のように、自分で考えて自分なりに行動するという自立心を持った若者が時代を切り開いたのだと思います。

平野 それに対して、今の若い人たちをどう思われますか。

安藤 適塾の時代は、多くの人たちが新しい時代に対する好奇心を持ち、自分に何ができるかを考え続けていました。今も科学の世界を例にとれば、素粒子などのミクロの世界と宇宙などのマクロの世界の探求が同時進行するなど、好奇心のある人にとっては非常に面白い時代。江戸末期のような不安や緊張感には欠けていますが、次の時代を切り開くため、若い人たちは自分が何をするべきなのか考えないといけないと思います。

均一化された若者もっと創造力を

平野 今の若い人たちも年金や医療など、将来や社会に対する不安は抱えていますね。

安藤 とても現実的な不安ですよね。私の場合は、大学教育や建築の専門教育を受けられなかったことで自分の将来に不安があり、常に自分の立ち位置を見据えながら走らないといけないと考えてきました。若い人が不安を突破するには、まずは一心不乱に、倒れてもいいくらいの覚悟で勉強するしかないと思います。また、地球人口が70億人を超えた時代を生き抜くために必要なのは「創造する力」ですが、その創造力に対する緊張感が薄いように思います。一流大学に入ると将来は安定し順調にいくと、思っている傾向があるのではないですか。

平野 緒方洪庵について司馬遼太郎は「多くの若い有能な人を育てたことが大きな功績だ」と著書に記しています。安藤先生も建築の世界で多くの若い人を育てておられますが、若い時には何が大切だと考えておられますか。

安藤 今の日本社会は固まっています。学歴社会で大企業社会、そして東京一極集中。さらに偏差値教育の影響などもあり、若い人たちの価値観は均一化されています。それを突破して新しい時代を拓くには、我々の時代よりハンディキャップがある。また生きることに対する一番のエネルギーは「自由」なのに、安定した将来の生活のために「不自由」を選んでいます。そして全てがダウンサイジングの時代に入っているのに、親も未だに日本の右肩上がりの時代のイメージに捕らわれています。思い切った方向転換が必要ですね。もう一つは、社会を読む力の前に「自分自身の能力を読む力」が重要だと思います。社会に対して自分が何をできるか。適塾で学んだ若者たちは「夢」を持っていました。夢は、建築家や芸術家だけではなく、医学者や教育者、サラリーマンも持つべきものだと思います。

自分の専門で勝負、「全力で走る」のが青春

平野 非常に均一化された日本社会では、一つの固定観念から脱することが難しいということですね。安藤先生は若い時に世界へ飛び出しておられます。当時の海外経験に照らして、内向きとされる今の日本社会や若者を、どう感じていらっしゃいますか。

安藤 私は建築に関して、勉強の仕方から自分で学ばなければなりませんでした。大阪・奈良・京都などにも優れた建造物はありますが、まずは世界を見たほうが良いのではないかと考えました。シベリア鉄道でヨーロッパに行き、貨客船でアフリカのケープタウンからマダガスカル島へ、さらにはインド洋をムンバイまで渡りました。赤道直下で見た星は言葉にならないほどきれいで、地球は本当に広いと感じました。それが、広い地球における自分の立ち位置を考える機会になったと思います。またその後、大阪の著名な財界人に強くサポートしていただく幸運に恵まれました。大切なのは、そのようなチャンスが来た時、いかにうまくキャッチするか。自分の専門分野について徹底的に勉強しておくことです。私には学歴はありませんでしたが、建築の話をすれば財界の人たちに納得してもらえたので、専門を徹底的にやればいいのだと感じました。特に印象に残っているのは、佐治敬三さん(元サントリー会長)とご一緒されていた小説家・開高健さんの言葉「全力で走れ。それしか君の生きる道はない」です。「全力で走れば摩擦も起きるが、解決する力を持っていれば、その走っている姿は青春だ」とも言われました。

安定に甘んじず心・人間力を磨け

平野 「全力で走れ」、いい言葉ですね。恐れを知らないのは若者の特性。私も医学部を卒業して国家試験を受けたわずか1年後に、免疫学を学ぶためアメリカに行きました。これをやりたいと思えば、やれる場所に飛び込んでいく。すると、今まで見たこともないような何かに出合えます。日本の均一社会に籠もっていてはダメ。世界は多様性に富んでいます。言葉や文化・宗教などの多様性は、人間が心豊かに生活し発展するために必須ですが、一方でコミュニケーションの障害ともなり、対立や紛争が生まれます。そのネガティブな側面を乗り越える力を持っているのが学問。建築や芸術・スポーツなどと同じ人類共通言語ですから、言葉が通じなくてもコミュニケーションを持てます。学問を介して地球上に調和ある多様性を創造することも、大学の重要な役割だと思っています。安藤先生は常に多様な文化に接しておられ、異文化を乗り越えるため大変なこともあったかと思いますが、いかがですか。

安藤 あらゆる民族を超えて対話できるものは「心」しかなくて、その根底には世界中の人が求めている「自由」があります。しかし、今の日本人は安定に憧れて不自由に甘んじ、自由がないため、「心」による国際的な対話ができていません。また地球人としてどのように生きるかという自分の立ち位置を考えているかどうか。私は建築の仕事を通じて、常に自分の立ち位置を確立しながら国際的な仕事をしたいと思ってきました。英語は話せませんが心で理解し合い、お互いの夢を建築という形にしてきました。まずは心、つまり人間を磨くこと。大学生には人間力を磨くための十分な時間があります。学生時代に本気で勉強などと闘わなかった人間は、生涯闘うことはないと思います。

平野 「今闘わなくて、いつ闘うのか」ですよね。それは20歳でも60歳でも同じです。また先ほどから立ち位置が大事と言っておられますが、安藤先生の立ち位置ともいえる大阪に対する思いを教えていただけますか。

安藤 御堂筋の拡張工事などを見てもわかるように、大阪人というのは自由な発想と壮大な構想力を持っていたと思います。そして自分に訪れたチャンスを受け止めるためには「胆力」が必要。大阪で私塾を開いた緒方洪庵にも、新しい時代に自分が何をしないといけないかを考えて全力で走るという相当な胆力があったと思います。

可能性は自分の中にある自分で突破を

平野 東京一極集中に対する関西の強みとして、狭いエリアに大阪・京都・奈良・神戸があり、多様な文化・歴史を持っていることだと思います。そして大阪は、懐徳堂や適塾があったように昔から好奇心が旺盛で、私塾を支える風土をもちます。また、関西には多様で面白い大学が多くあり、未来に対するポテンシャルも大きい。弱点は、大学間で連携がヘタなこと。大学も企業も連携することによって、関西がリーダーシップを取っていく一つのキーポイントにつながる気がします。

安藤 地球レベルで自分たちがやろうとしていることは何か。それをしっかり踏まえた連携をしたうえで、競争もしないといけない。日本の教育のあり方を徹底的に考え直すべき時期だと思います。それに適塾では、みんなが夢を持ち、蘭学の本1冊で勉強していたわけでしょう。福沢諭吉のような独立自尊の精神のない学生、成績の良くない学生は卒業させない、といったシステムも本気で考えたほうがいいと思いますが(笑)。

平野 私は学生に「夢は叶えるためにある」と言っています。実現が難しいからこそ夢なのですが、夢を別世界の話と思うと永遠に夢です。夢に向かって目の前の事を着実にやる事が重要です。安藤先生、最後に大阪大学や阪大生、若い人にメッセージをお願いします。

安藤 可能性は自分の中にあります。自分自身で探してほしい。自分の可能性を追求すると社会ではぶつかることが多いですが、適塾の時代のように、それを突破していってほしい。面白い人生というのは、自分が納得できる人生だと思います。また国力というものは、経済力だけではありません。今の日本にはない「世界から尊敬される力」が、学問の世界から出てきてほしいですね。

平野 若い人は夢を持って「今」という時間に全力投球し、夢を叶えるために目の前の山を一つ一つ登りきってほしい。我々も大阪大学の適塾から世界適塾へ、そして世界トップ10の大学をめざすという夢を叶えたいと思います。今日はありがとうございました。

 

●安藤忠雄(あんどう ただお)

1941年大阪生まれ。独学で建築を学び、69年安藤忠雄建築研究所を設立。イエール大、コロンビア大、ハーバード大の客員教授を歴任。97年東京大学教授に就任し、現在は東京大学名誉教授。代表作は「住吉の長屋」「六甲の集合住宅」「光の教会」「淡路夢舞台」「FABRICA(ベネトンアートスクール)」「アルマーニ・テアトロ」「ピューリッツァー美術館」「フォートワース現代美術館」「ホンブロイッヒ/ランゲン美術館」など。79年に「住吉の長屋」で日本建築学会賞、89年フランス建築アカデミーゴールドメダル、95年プリツカー賞、97年王立英国建築家協会(RIBA)ゴールドメダル、2003年文化功労者、10年文化勲章など多数。

●平野俊夫(ひらの としお)

1972年大阪大学医学部卒業。73〜76年アメリカNIH留学。80年熊本大学助教授、84年大阪大学助教授。89年同教授。2004年同生命機能研究科長。08年同医学系研究科長・医学部長。11年8月、第17代大阪大学総長に就任。05〜06年日本免疫学会会長。日本学術会議会員、総合科学技術・イノベーション会議議員。医学博士。サンド免疫学賞、大阪科学賞、持田記念学術賞、日本医師会医学賞、藤原賞、クラフォード賞、日本国際賞などを受賞。紫綬褒章受章。

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