国立大学法人大阪大学公式ウェブサイトです。地域に生き世界にのびる 大阪大学

最新情報

世界に冠たる大阪大学の免疫学

免疫反応の負の制御に取り組み制御性T細胞を発見

平野 坂口先生、ガードナー国際賞の受賞決定、おめでとうございます。総長としても免疫学者の一人としてもうれしく、阪大そして日本にとっても大変名誉なことです。

坂口 権威ある科学賞をいただき本当にうれしく思っています。私は長年、免疫の制御について基礎的な研究をしてきました。今回の受賞は、免疫をコントロールする制御性T細胞の発見と、免疫における役割の解明、そして自己免疫疾患とガンの治療への応用が評価されたもので、阪大の皆さんのご支援を非常にありがたく思っております。

平野 同じ受賞者として、審良先生は今回の受賞をどのように受け止めておられますか。

審良 オリジナリティーのある研究だと認められたわけで、日本の免疫学研究のレベルの高さを改めて世界に知らしめたと思います。

平野 では、お二人の研究の概略をご説明いただけますか。

坂口  医学分野では免疫力を強めることが課題とされてきましたが、私は逆に、免疫反応の負の制御、つまり免疫反応が起こらないようにするメカニズムの研究を続けてきました。「制御性T細胞」の機能の解明により免疫反応をコントロールできれば、免疫系の過剰反応による関節リウマチや膠原病といった自己免疫病やアレルギーなどの治療や予防につながり、臓器移植の拒絶反応を抑えることにも応用できます。また免疫反応が起きてほしいがん細胞に対しては、免疫の抑制を解除することで免疫反応を高め、がんを拒絶させることができます。

平野 どのような経緯で制御性T細胞を発見されたのですか。

坂口 かつて免疫抑制の働きに関しては、サプレッサーT細胞というものの存在が考えられていました。獲得免疫機能を持つある種のT細胞が抑制的に免疫反応を終了させるという理論で、1970年代後半に盛んに研究されていました。しかし、当時、世界的潮流となっていたサプレッサーT細胞の考えで自己免疫疾患を説明しようとすると必ずしもフィットせず、サプレッサーT細胞の細胞としての実体も見つからず、研究は1980年代始めに急速にしぼんでいきました。

平野 同じカテゴリーで研究されていた坂口先生にとっては大変な逆境となりましたね。

坂口 何らかの制御性T細胞が存在しないと免疫反応を説明できないため、研究を続けていましたが、論文を発表しても、まだこんな研究をしている人間がいるのかという反応でした。しかし当時アメリカで最も待遇の良かった8年間のフェローシップ(研究費付)を獲得でき、生き残ることができました。制御性T細胞の存在を決定づけたのは、80年代に行った実験です。正常なマウスからある種のT細胞のグループを取り除くと自己免疫病が起きました。それは自己免疫病を起こすT細胞が正常な個体中にいること、取り除いたT細胞グループに含まれるT細胞が何らかの抑制機能を持っていたことを示唆しており、制御性T細胞がようやく日の目を見ることになりました。そして90年代半ばに、それを明示するマーカーとしてCD25分子を、2003年に転写因子Foxp3を発見したことで制御性T細胞の研究が一気に盛んになりました。

平野 坂口先生は自分の見つけた現象を正しいと信じ、一つの研究を辛抱強く続けて成果を出されました。その粘り強さは研究者のお手本だと思います。審良先生は獲得免疫の分野から自然免疫に進まれたのですね。

自然免疫の理論を根本から覆す新たなメカニズムを発見

審良 当時の免疫学の主流だった獲得免疫のメカニズム解明から、免疫細胞が出すサイトカイン(細胞間の情報伝達物質)の研究、そして自然免疫へとテーマを変えていきました。兵庫医科大学に移ったという環境の変化により、自分だけの研究テーマを見つけたいと考えたからです。そして様々な分子に対するノックアウトマウスを多数作り、遺伝子の働きを徹底的に調べた結果、自然免疫は従来考えられていたように、侵入者を無差別に攻撃するのではなく、細胞膜にある何種類ものTLR(Toll-like receptor)という受容体がセンサーとして作動し、細菌やウィルスの種類に応じて働いていることがわかりました。

平野 従来の免疫理論を根本から覆す研究成果となりましたね。

審良 ある偶然が大発見のきっかけでした。大学院生がリポ多糖(グラム陰性菌の壁成分で、敗血症ショックの原因となる物質)を、MyD88という分子をノックアウトしたマウスに注射する実験を行っていたのですが、正常なマウスはショック状態になり死んでしまうのに、そのノックアウトマウスは死にませんでした。これはMyD88にいたるシグナル伝達経路の上流に、リポ多糖に反応してショック状態の引き金を引く受容体が存在することを示していました。真剣に取り組む価値があると考え、思いついたのがヒトでの存在が確認されたばかりのTLRでした。そしてリポ多糖を認識するのがTLR4であることを突き止めました。またその後、各TLRのノックアウトマウスとMyD88のノックアウトマウスを使い、ほとんどのTLRのリガンド(特定のレセプターに特異的に結合する物質)を解明することができました。

平野 審良先生の場合、セレンディピティ(思わぬものを発見する能力)というか、基礎研究などで思わぬ結果が出た時に、それを見逃さなかったことが成功のキーポイントと言えますか?

審良 これまでいつも考えてきたのは、何か独自のテーマに取り組みたいということです。今でも面白い結果が出た方向に動いていくことが私のストラテジー。数年ごとにテーマが変わっています。

研究者は楽天的であることが大事 ポジティブシンキングが好循環を生む

平野 物事の本質を突き詰めようとするスタンスは共通しているのですが、お二人の研究姿勢は対照的で面白いですね。研究姿勢を支えている信念や逆境を乗り越えられるモチベーションは何ですか。

坂口 生物学の現象の背景にある、より一般性の高い原理、説明力の高い考え方を見つけ出していくことに価値があると思っています。頑固にやってきたように思われるかもしれませんが、それぞれの時代に登場したドミナント(最有力)な考え方をとつきあわせてみて、それでも自分の考えが正しかろうとして自分の路線を貫いてきたということです。

審良 面白いデータが出てくれば興奮しますし、人が知らないことを見つけ出し、それが評価されるのは研究者として大きな喜びです。また研究にはしんどい部分もあるのですが忘れてしまう。ポジティブに考えると良いサイクルが生まれますから、研究者にとってオプティミスティックであることは大事だと思います。

平野 研究者は物事をポジティブに受け取っていくような性格でないとしんどい。研究は失敗の連続ですから、客観的な解析による反省は大事ですが、ペシミスティックな性格の人は研究センスがあっても潰れてしまいますね。さて、お二人の信念や苦労話をうかがってきましたが、今後の研究目標を教えていただけますか。

坂口 時代のテクノロジーを取り入れながら、免疫応答を制御する研究を前に進めていきたい。また免疫学はヒトの病気に近い学問ですから、マウスで見つけた事象や考え方をヒトに持っていけます。さまざまな免疫疾患などの予防・治療をめざし、新しい道を切り開いていきたいですね。

審良 医学部出身なので、やはり最終的には医療につながる研究をしたいと思っています。最近は線維症やガンなどのメディカル分野にターゲットをしぼった基礎研究にシフトしていて、企業ともコラボレーションしています。

世界の免疫学者に認知されたIFReC拠点として次世代の若手研究者を育成

平野 お二人は阪大の免疫学フロンティア研究センター(IFReC)の拠点長(審良)・副拠点長(坂口)を務めておられます。阪大の免疫学の今後、若手研究者の育成などについて抱負を聞かせてください。

審良 IFReCはすでに、世界の免疫学者に認知されています。米国ハーバード大学やスタンフォード大学と同様に、日本にも免疫学の拠点がないと世界との競争に勝てません。学問は多様な分野のテクノロジーを使うことで融合していきますから、免疫学がドミナントになることは全ての学問の発展にもつながります。また良い環境から優れた若手が生まれますから、IFReCを維持し、考え方や実験のスタイルが伝わることで、必ず次代を担う若手研究者が現れてくると信じています。

坂口 免疫学はどのような病気にも関係していますから、学問として大きく広がりつつあります。その研究拠点としてのIFReCが日本に存在することで、免疫学をさらに高めていける可能性があります。そしてノーベル賞受賞者を生むような流れが各大学にあるように、IFReCからも優れた若手研究者が出現すると思います。

平野 そのような環境や組織をどこまで維持できるかが、その大学の底力。お二人と共に知恵を出し合いIFReCを発展させていきたいと思います。最後に先輩研究者として、若い人へのメッセージをお願いします。

坂口 興味がある事象を粘り強く掘っていくと、その基盤にある基礎的な概念など、必ず他とつながる部分に行き当たります。その意味で自分の興味を大事にして欲しいと思います。

審良 好きなことをして花を咲かせたい、そういう気持ちで日々を送ることが大事だと思います。人生は一度しかないと開き直って生きていくと、運は向こうから近づいてきます。

平野 研究者であろうと、政治家・企業家・芸術家であろうと、今を真剣に生きることが大事。今の積み重ねが人生だと思います。今日はお忙しいなか、ありがとうございました。

ガードナー国際賞の受賞を追い風に─平野総長 対話をおえて

ガードナー国際賞を受賞された審良先生と坂口先生は、大阪大学の免疫学の現在を牽引しておられます。また、大阪大学は創立100周年を迎える2031年に世界トップ10の研究型総合大学になることを目指し、世界から若い人が集まって研究し、再び世界に飛び立って人類の発展に貢献するという「世界適塾」構想を掲げています。総合大学として学問の多様性はもちろん、認知脳科学や光量子科学などの学問分野の強化も必要ですが、阪大の強みである免疫学は、世界適塾の実現に向けた大きな柱の一つになると思っています。その意味で今回の坂口先生のガードナー国際賞受賞は、世界における大阪大学の免疫学のプレゼンスを高めていく絶好の追い風になると、総長として大いに期待しています。

■坂口志文(さかぐち しもん)

1976年京都大学医学部卒業。81年同医学部附属病院医員。83年同医学博士を取得。83年米国ジョンズ・ホプキンス大学客員研究員。87年米国スタンフォード大学客員研究員。89年米国スクリプス研究所免疫学部助教授。91年カリフォルニア大学サンディエゴ校助教授。92年新技術事業団「さきがけ21計画」専任研究員。94年東京都老人総合研究所免疫病理部門長。99年京都大学再生医科学研究所教授。07年同再生医科学研究所長。11年から大阪大学免疫学フロンティア研究センター教授・副拠点長。研究テーマは「免疫応答の制御と治療への応用」。

■審良静男(あきら しずお)

1977年大阪大学医学部卒業。84年同医学研究科博士課程修了。85年カリフォルニア大学バークレー校博士研究員。87年大阪大学細胞工学センター助手(免疫研究部門)。96年兵庫医科大学教授。99年大阪大学微生物病研究所教授。07年から免疫学フロンティア研究センター教授・拠点長。研究テーマは「自然免疫による病原体認識機構と、その活性化メカニズム」。米国トムソンサイエンティフィックの「世界で最も注目された研究者ランキング」で、2004年度に第8位、05年度・06年度に第1位、07年度に第4位と連続でランクインした。

■平野俊夫(ひらの としお)

1972年大阪大学医学部卒業。73〜76年アメリカNIH留学。80年熊本大学助教授、84年大阪大学助教授。89年同教授。2004年同生命機能研究科長。08年同医学系研究科長・医学部長。11年8月、第17代大阪大学総長に就任。05〜06年日本免疫学会会長。日本学術会議会員、総合科学技術・イノベーション会議議員。医学博士。サンド免疫学賞、大阪科学賞、持田記念学術賞、日本医師会医学賞、藤原賞、クラフォード賞、日本国際賞などを受賞。紫綬褒章受章。

このページのトップへ